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5

 その夜、なかなか寝付けなかった私はベッドの中で何度か寝返りをうったあと諦めて目を開けた。それからむくりと起きあがると、隣で眠るリディの様子をそっと伺った。ゆっくりと深い寝息が聞こえる。きっと慣れっこなんだろう。当たり前だけど私と違って。

 

 パーティーの後でシアにもう遅いからと、私とリディは客室に案内された。入ってすぐに応接室があって、奥には寝室。天蓋のついたベッドに壁や天井には幾何学模様が描かれて、寝室にはさらに庭園が見渡せる広々としたバルコニーまであった。

 窮屈なドレスを脱ぎ、それぞれベッドへ潜りこんだのはもう何時間前か。普段ならリディ同様、深く眠っている時間だ。

 眠いはずなのに眠れない。私は柔らかな枕をぎゅうと胸に抱きこんだ。ここにいないロウの代わりに。

 今日一日いろんなことがありすぎたし、初めてのパーティーでまだ興奮が覚めていないようだ。

 

 ベッド横には腰高のチェストが置かれており、天板にはコップと水差しが用意されている。私はその水で喉を少し潤してから床へ足を下ろした。チェストを挟んだ横にはもうひとつベッドがあって、そこではリディが私に背を向ける格好で眠っている。リディを起こさないように靴を履き、寝間着のワンピースの上からカーディガンを羽織る。カーテンの隙間から漏れる月明りを頼りにバルコニーへと足を向けた。


 外へ出ると夜風が体を撫でた。昼間は少し汗ばむようになってきたが、夜はまだ涼しい。石造りのバルコニーは手すりに触れるとひんやりとして、私の中にまだ残っていた熱を夜風と共に冷ましてくれるようだった。

「さすがに夜じゃ見えないよね」

 灯りもなく、うっとりする様な星空とは正反対の真っ暗闇の地上を見下ろしながら私は予想通りの光景に苦笑いした。

 もしかしたらあの湖が見えるかと思った。いや、正確には人魚をもう一度見たかった。

「好かれてる、かぁ」

 ひとり、ヴェルリル殿下に言われた言葉を呟いた。私は妖精に好かれてるんだろうか、そしてそうだとしても、それが何か役にたつんだろうか。

 疑問ばかりが頭に浮かぶ。明日にでもロウに聞いてみようか……。

 無造作に浮かぶこと考えながら、ぼうっと遠くを見ながら考えていると、星空がふわふわと降ってきた。

 ……と思ったら、小さな妖精たちだった。

 空から降る雪に手を伸ばすように私が掌を広げると、柔らかな光たちがそこに集まった。光なのにまるで意思があるみたいに。

 私は小さく笑った。ヴェルリル殿下の言葉が本当だったら嬉しい。温かな彼らは近くにいてくれるだけで時に励まし勇気づけ、私に力を与えてくれるようであるから。

 それから、それを教えてくれたヴェルリル殿下も。彼を姿を、声を気配を思い出すと何だか胸がほわほわした。夜風で体が冷えているはずなのに、肩に手を置くとぬくもりを感じる気がした。

 夜を奏でる虫の音色の中に遠くで、あの時と同じように水の跳ねる音が聞こえた。






 次の日、豪華な朝食を終え、屋敷を出る頃のはすっかり陽の高い時間となっていた。

「それじゃあヒナは一度王都へ帰るのね」

 用意された馬車へ乗り込もうとした時、私はシアに声をかけられた。踏み台へ足を伸ばそうとしていた足を地面に戻して、後ろを振り返る。

「リコット亭にあいさつもまだだったし、それにロウも連れてこなくちゃいけないから。それから、ありがとうね」

 シアには行きと同じように帰りまで馬車を用意してもらっていた。大きな玄関先に装飾のないシンプルな1頭馬車は、王都の街中でもよく見かけるものだ。これから王都へと行く私にはその心遣いはありがたい。

「いいのよ馬車くらい。また今度も泊まりにきて」

「その時はパーティーがない夜にお願いするかも」

 私が肩をすくめていうと、笑いながらシアが頷いた。

 このあとまっすぐとロータス学院へ戻るシアとリディとは違い、私はその前にリコット亭へと帰ることにしていた。 

 来た時と同じように馬車を用意してもらった私は1人乗り込むと、窓から顔を出して見送りに来てくれたシアたちに手をふる。そのままふたりの姿が小さくなっていくのを眺めていたけれど、道ゆく木々で見えなくなると体を前に向けた。

 ガタガタと揺れる振動がお尻と背中から伝わる。正反対に流れる景色は緩やかだ。進む道は整備されている。街路樹のように並ぶ木々やその奥に広がる庭園は行き交う人々を飽きさせない。

 ゆっくりと庭を見せてもらう時間はあいにく今回なかったけれど、それだけでも十分だった。

「聞かなきゃな……ロウに」

 馬の手綱を握る御者の耳に届かないように小声で呟く。

 王都へ帰ったら、リコット亭にいるロウに話さないといけないこと。そう、探しているおばあちゃんの指輪はもう近くにあるかもしれない。

「イザベラ……」

 同じ1年の中でも評判の彼女。実際、話した時も話しやすく雰囲気が良かった。だから最初はもし彼女がおばあちゃんの指輪を持っているんだろうと、そう推測した時も何かの偶然で彼女が手にしたのかもしれないと考えた。でも昨夜、ひと気のない庭園での彼女はいつもと違っていて、その考えもすぐに消えた。

 ただ話されていた内容に、私の頭は混乱するばかりで。指輪は魔石という他に何か意味が……、疑問に頭を悩ませても答えが浮かぶことはない。

 今、全てを相談できるのはロウだけ。改めてそれを考えると、とてつもなく不安になった。

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