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 彼らが指す魔石と私の探している指輪が頭の中で重なる。私は昼にヒースから聞いた話を思い出していた。

 国内でも希少となっている魔石は国がその保有を管理していると言っていた。しかしすべてを国が保持するのではなく、有力な貴族が代々でもって引き継いでいる。それぞれの家の紋様を刻まれた魔石はそれゆえ売買はもちろん国外への持ち出しも不可だ。……話を聞いて私は価値はあるのにまるで価値のない、少し窮屈な、そんなものに思えてしまったのを覚えている。

 ロウはおばあちゃんの指輪を魔石だと言っていた。国の、貴族が持つといわれる魔石だと。

 もしこれまでに聞いたすべての話が正しければ、あの指輪は魔石で、それを持っていたおばあちゃんはこの国の貴族だったということになる。それは何度か思い浮かべたことだった。

 ……いや、とそこまで考えて私は一度空を仰ぎ見た。

 あの指輪の持ち主がおばあちゃんじゃない可能性だってある。

 それはできれば考えたくないことだった。つまりはおばあちゃんが指輪を盗み出したということだ。希少である魔石の価値はこの国ではきっと計り知れないだろう。

 どれが真実なのかまだ分からない。けど、そういうことも無きにしも非ず、そういうことだ。

「――しかし、なぜ今頃。あれはもうこの国にはないものとされていたと思うんだが」

「たとえ偶然でも……いいえ、これは運命なのよ。私たち一族のね」

 男の声に聞き覚えはなかった。でも女性の方は――イザベラ、そう私はその名前の少女を1人だけ知っている。

 頭の中で様々なことが渦を巻く。つばを飲み込んで吐き出した息に、そこで知らず息を止めていたことに気が付いた。

「……消えたと思われている魔石は私たちの手の中。流れた噂はもう貴族たちの話題の中心にあるわ。あとはすべてを真実にしてしまえばいい」

「おい、あまりそういうことを外で話すのは」

「ああごめんなさい。特に今夜は何だか気分がよかったから。それに誰も聞いてないわ」

 クスクスと笑う声は確かに聞き覚えがあった。私の記憶が正しければ彼女はイザベラ・シスル・タイナート、私と同じロータス学院の1年だ。


 

 虫の声も風の音も今は自分の吐息以外、他には何も耳に入らなかった。

 小さな妖精たちはいまだに私のそばでその纏っている光に強弱をつけながら周囲を飛び続けている。イザベラと男性はしばらく前からここにはいない。だからもう隠れなくていいはずなのに、私は体を丸めたまま動くことができないでいた。

 もうどれくらいこうしているだろう。まるで時が止まってしまったかのような、そんな感覚だ。手足は冬でもないのに震え、でも意外と心臓の鼓動は落ち着いていて。

「これは……前進じゃない。そう、だって、はっきり言ってたんだから」

 ――魔石は私たちの手のなかにある。

 イザベラははっきりそういっていた。その魔石をこの目で見られれば、私が探している指輪なのかすぐに分かる。だから彼女に問えば一番早いのだが、

「だからって」

 そんな素直に話がうまくいくはずはない。そんなこと私にだって分かることだ。

 イザベラたちは隠れるようにして会話をしていた。それはきっと他人に聞かれてはいけない話だからで。

 ――彼女に直接問うことはできない。ではどうやったら指輪のことを調べられるのか。

「……噂」

 先ほど彼女たちが話していた。消えた魔石についての噂を。出元はおそらくイザベラだろう。その噂について調べればおばあちゃんの指輪に近づくことができるかもしれない。

 私は夜風で冷え切った両手を合わせてぎゅっと握りしめた。立ち上がって空を見上げる。いつの間にか一片の雲もなくなっており、あるのは月と幾千の星だけだ。

「でも本当に見つけることできるのかな」

 風が通り過ぎるたびに額にかかる髪を揺らす。

 私は指輪を見つけ出せる自信なんてこれっぽちも持っていなくて、月を見つめながらぽつりとそう言葉を漏らした。


「何をだ?」

「きゃあ!」

 突然現れた声は背後からだった。驚いた私の口から大きな声が飛び出て、それからさらにまた自分の声に驚いてしまって、とっさに両手で口を抑えた……が遅かったらしい。

「……っおい」

「び、びっくりしたあ」

「……それは俺のほうだ」

 背後で低く男がため息をつく。私は口に手を当てたまま、後ろから現れた人物を振り返った。

「あなた――」

「幸い今は広間に注目が集まっているからよかったものの……いや、これではせっかくの水の精もどこかへ行ってしまったか」

 月を遮る雲がなくなったからか、星明りが強いからか。夜の闇の中でも眉を寄せる彼の表情をはっきりと捉えることができた。

「なんで、ここに殿下が……」

 ――殿下、ヴェルリル王子殿下。学院内でないここでまさか彼と顔を合わせるなんて思いもよらなかった。

 驚嘆して言葉の続かない私にヴェルリル殿下がふう、と呆れたように息を吐く。

「イルディアとセレシアは私の従兄弟だ。ここで開かれる夜会に招待されても何らおかしい事ではないだろう」

「あ……そういえばそう、でしたね」

 たった今思い出したかのように――いや確かにそうなのだが――そう言えば今度は本気で呆れた顔を向けられてしまう。

 それからヴェルリル殿下が視線をそのまま上から下へと顔を動かした。

 見られているという感覚に私はつい後ずさるように身じろぐ。

「あの何か――」 

「その恰好……」

「はい?」

「今夜の夜会に参加したんだな」

 見下ろすように呟いた殿下に、私はパチパチと目を瞬かせた。

「あ……ドレスですか。はい、シアに誘われたというか、うまくのせられたというか。でも結構楽しんでます。美味しい食べ物とか、素敵な音楽とか、それに綺麗な人たちばっかりで、まるで小さいころよく聞いたお伽の世界みたいでびっくりしました」

 今はちょっと休憩中なんです、最後に私がおどけて言うとヴェルリル殿下が小さく笑ったように見えた。

「つまり初めはシアに騙さてきたということなんだな」

「……言い方を変えれば、そうとも言えるかもしれないです」

 実際、シアから泊まりの話が出たときはこんなパーティーになるだなんて思いも寄らなかった。本当に最初とは随分と違う話だ。……と思いつつ、楽しんでる自分がいるから怒るにも怒れないんだけど。

だから 語尾を濁して言えば、ヴェルリル殿下が今度は確かに声を上げて笑った。

 そんな殿下の様子に私はぽかんとした。だってこんなにはっきり笑う姿なんて初めて見たから。

 反応に困って私が眉を下げると、殿下は「わるい」と腕で口元を抑える。

「俺も同じだ。とはいってもいつものことなんだが、どうもこういう場所が苦手らしい」

「……なんだか分かります」

 肩をすくめるヴェルリル殿下はほとほと困った様子で、つい私も同意するように頷いてしまった。

 ホールにいた正装の男性たちのように、学院での制服姿とは全く違う姿。元々スラリとした体躯と長身のせいか雰囲気もまるで大人の男性のようで。これはきっと女性たちも放っておかないだろうことは簡単に予想できる。それが誰もが憧れる王子さまならきっとなおさらだろう。

「大変なんですね」

 本音でそういえば、なぜかため息をつかれた。

「だがそれを苦にしていない奴もいるんだがな」

「え……それって」

 頭に浮かんだ人物を上げようとしたその時だ。歓声のような、人のざわめきが耳に届いた。

 つられて私たちは声のする方――ホールの方を見た。

「本当に血がつながっているのかと、本気で考える時がたまにある」

 兄であるランセル殿下のことを言っているんだということは気付いているんだけど、なんとも返事のしようがない。私は苦笑いを堪えながら、ヴェルリル殿下の表情を伺うようにそろりと視線を移した。

「すごく似てると思いますよ」

「……」

「その……顔が、……はは」 

「まぁ、いいが」

 じろりと睨まれて、私は慌ててそう付け加えた。事実、そうだし。性格なのか、表す表情で雰囲気はだいぶ違うけど。でもじっと見れば目や鼻筋なんてそっくりで、初対面であっても兄弟かそれとも親戚なのかと分かるくらいに2人は顔が似てると思う。

 ――ああ、でも確か瞳の色は違ったな。ランセル殿下はキラキラと太陽のような色で、ヴェルリル殿下は対といえそうな銀色だ。

 でも今夜のように月明りの下では銀ではなく淡い琥珀色にもみえて。その瞳に気付いた私の胸は小さく跳ねた。




 月明かりを頼りに林を抜ける。歩いた先にはリディからも聞いていたように湖が広がっていた。水鳥たちの寝静まった湖には、空と見まがうばかりの星空が水面に映り込んでいる。その光景に私はおもわず立ち止まった。前を歩いていたヴェルリル殿下も足を止めて振り返る。その時にはすでに、私は笑われるのも構わず大きな口で「わあ……」と声をあげていた。


「そういえば、中に戻らなくていいんですか?」  

「あちらはランたちがいるから大丈夫だろう」

「ヴェルリル殿下は?」

「ランと、もちろんだが当主もいることだし。それから他にはヒースもいたな、あいつがいると随分助かる。なにせヒースの周りには人が絶えんからな」

「確かに」

「だから俺が抜けてもすぐにはばれんということだ」

 私はヴェルリル殿下と偶然会ったその流れでこの湖まできていた。初めはふたりきりだったから少し緊張したけど話す内にその緊張もほぐれてきた。

 こうやって話すのは何度目かだからか、それもあるけど何だか今夜は話しやすい。気さく……というのか、もちろんシアたち程まではいかないんだけど。

「他のときもこうやって抜け出したりされるんですか?」

「時々だな――そして抜け出すんじゃなく息抜きとしてだ」

 私はくすくす笑いながら湖の岸辺にしゃがみ込む。静かに浸した水は、想像したよりさほど冷たくはなかった。

「じゃあ今夜も息抜きで?」

 次にそう尋ねると、しばらく間が空いた。水面から顔を上げると視線が重なった。

「――光が見えた」

「光?」

「妖精の」

「え……」

 そこまで聞いて私ははっとした。光というのは私の周りにいた妖精たちの光のこと?――傾げる私のまわりでは、未だポツポツと光が浮遊しているのが確認できる。

 ヴェルリル殿下は近づいた小さな光たちに手を差し伸べたかと思うと、顔は湖の奥へと向けた。

「水の精は知っているか」

 私はわずかに眉をひそめる。

「水の……?」

「昔からこの湖に住んでいる妖精だ。人がその下半身に魚の尾びれを纏った姿だと聞いたことがある」

「え、それって」

 ……人魚! 妖精って、人魚って、なんでもアリな感じってこと……。いや、確かにロウも普段は子犬だけど巨大化するし、ありなのか、そうか。

「だからもしかすると、と思って来てみたら」

 ヴェルリル殿下が私を見る。周りの妖精たちの光が強くなった気がした。

「お前がいた」

「え、……ええと」

 ごめんなさい、と私はそう続けた。何んとなくというのか、その眼光の強さに負けて。

「なぜ謝る」

「だって……」

 私はもごもごと俯いた。だって何となくとか言えるわけない。

 こんなうじうじしてる自分が子供っぽいっていうのは分かってるけど。

「自覚はないのか」

 う、と言われた言葉が胸に刺さった。自覚はあった。十分すぎるほどに。

ヴェルリル殿下の前ではいつもこうだ。私だってこんな風に接したいわけじゃないのに。

「――ヒナッ」

 肩を落として落ち込む私にヴェルリル殿下が再度慌てたように声をかけてくる。でも私は今の顔を見せたくなくて、ずっと地面に視線を向けていた。

「――だから顔を上げろ! 本当に自覚ないのか」

「ごめ……ごめんなさいっ」

 ヴェルリル殿下に肩を揺さぶられてようやく顔を上げた。それはもう勢いよく。だから私の視線のすぐ前には麗しいほどの顔があって。

「目をつぶるな」

 言われて、掴まれていた肩をぐるりと回された。

 私の体が向けられたのは湖の方。だれもいないはずの静かな暗い湖。……のはずなのに、

「泳いでる」

 人が……いいや違う。だって音もなく湖の中心にいたのは人なんかじゃなかった。月明りにその影が見えたかと思うと、次の瞬間には真っ暗な湖へ沈んだ。恐怖か驚嘆か、それだけで声を上げそうだったのに、私の声は喉の奥ギリギリで止まった。

 影の沈んだその場所から魚の尾が水しぶきをあげながら跳ね上がった。

 今まで時が止まったかのような静けさだった水面に波紋が広がる。空中へ舞いあがった水が不規則に小さく音を立てて落ちる。最後に尾が水面を叩いた。私の耳にまで届いたそれらが目の前の出来事を嘘じゃないと伝えてきているようだった。

「……信じられない」

 言ったのは隣に立つヴェルリル殿下。彼の言葉に私もまさしくその通りで、まったく同意見だ。

「水の精……あれが?」

「そうだ」

 簡潔な回答が推測を確信へ変えた。もう一度顔をあげた彼女――彼かもしれないけど――は再び尾を優雅に水上で広げてみせると、今度は暗い水中へ消えてしまってもう姿を見ることはなかった。

「――きれい」

 ものの数分の出来事だった。まだその光景は目に焼き付いている。

 私の胸の鼓動は体中が震えるほどに高鳴っていた。足が地面に張り付いて離れない。こちらへきて初めて見たものはたくさんあるけどそれらとはまた違う。空想の生き物だとおもっていたから。驚いたのだ、とてつもなく。

 だから突然言われた言葉にも、うまく返事ができなかった。

「自覚、ないのか」

「なに……?」

 ただ、かけられた声は低く真剣さが伝わって、感じた視線に振り向くとヴェルリル殿下は言った。

「妖精に好かれてる自覚を」

 夜闇の中、私は自分をまっすぐ見つめる眼差しをはっきりとらえることができていた。月明りのせいだけではない。それに先ほどまで感じていた肌寒さはこれっぽちも感じていなかった。だってずっと前から私のまわりに浮かぶ光たちが温めてくれていたから。

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