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 扉が開け放たれ、そこから溢れだした光の波に私は眩しさから目を細めた。

 それまでの深い夜の闇と淡く優しい星明りの世界から比べると、あまりの明るさに一瞬目の前が真白く霞む。それほど豪華で煌びやかな世界がそこには広がっていた。

 真昼と同じような明るさは広間のあちこちにあるランプや蝋燭、シャンデリアのためだろう。見上げればキラキラと輝く光が明るく眩しい。天井は2階を通り越して3階部分にあり、細かな絵や彫り物の装飾が明かりの揺らめきで幻想的に映し出される。扉が開かれる前から聞こえていた人々のざわめきの中に小さく音楽が耳に届いた。どこかで演奏されているのだろうが、着飾った大勢のなかですぐには見つけることは難しい。それでも高く開放感のある天井とそれ全体を覆うほど細かな装飾、微かに響く美しい旋律、昼と紛うほどの明るさ、それに負けないほどに美しく色とりどりに着飾った女性たち……目の前の光景に私は驚きと興奮と、そして感動するのには充分であった。

 小さなころよく聞いたお伽の世界が現実ここにあって、私は今そこにいるのだ。


 それまでに感じていた緊張はすでに小さく萎んでしまった。代わりに緊張で高鳴っていた胸は、今では興奮でさらに強まっている。冷や汗はとっくに引いて、きっと今は頬が赤くなっているに違いない。

 扉の向こうへ足を踏み入れた途端止まりそうになった足は、腕を組んでいたヒースのお蔭でなんとか止まらずに済んだ。それでも入室してすぐ驚きと興奮に、つい足をよろめかせてしまった。色々な意味でヒースに笑われているかもしれない。はっきりと顔を見たわけではないが、すぐ隣上から笑いを堪えたような鼻から抜ける音が聞こえてきたから。

「色々見たいとは思うけど、ひとまず奥へ行こうか。入口よりも人が少ないみたいだ」

「……そう、だね」

 見慣れない光景に興味を持っていかれて、つい気の抜けた返事になってしまう。これではまるで小さな子供のようだという自覚はあるが、でもやっぱり見てしまうのだ。

 声を出したことがきっかけで、私はぽかんと口を開けていたことに気が付いた。慌てて口を閉じる。

「人が少ない奥の方は料理が並んでる。壁際で椅子もあるからゆっくり眺められるよ」

 ヒースが隣で苦笑いするのがわかった。

 見上げると手の甲で口元を覆っている彼と視線が重なる。口元は手で隠れていてよく見えない。それでも可笑しそうに細められた目からどことなくヒースの表情を伺うことができた。

 私は気まずさを紛らわせるため、頬をきゅっと引き締めた。

「うん……ごめん、ありがと」

「んー? どういたしまして」

 あちこちへ視線を彷徨わせる私が大勢人の集まる中で誰ともぶつかることもなく歩き進めるのは、エスコートをしてくれているヒースのお蔭だった。添えた腕を頼りに、ヒースが人混みの中をうまく先導するのを私はただ必死についていくことしかできない。

 途中、ヒースは何人かに声をかけられていた。彼らの多くは同年代のようだった。私たちと同じロータス学院の生徒、なんだと思う。というのは誰もが大人びて見えたから。それは彼らだけではなく私の隣に立つヒースも同様だ。

 それなのに私は一体どうだ。なんだか無性に先ほどまでの自分がすごく恥ずかしく思えてたまらない。だから、意識して唇を引き締める。下がり気味だった顔は上げて背筋をまっすぐに伸ばした。


「まだ来たばかりだというのに随分と疲れた顔ですわね」

 人混みを避けて壁端にたどり着くと、そこには私たちの前を歩いていたリディとイアンが並んでいた。

「人と――この雰囲気に呑まれたんじゃない?」

 眉を下げて心配そうにイアンが言う。

 私はそれに言葉では答えず、肩をすくめながら小さく笑って返した。

 この煌びやかな集まりの中にいるのは給仕のメイドやフットマンを除いてその全てが貴族やそれに準ずる人間がほとんどだろうから。私の知っている限りでは、イアンは街でリコット亭という宿屋を営んでいる平民だ。だからこの大勢の人間の中、今の私の気持ちを一番理解できているのは彼なのかもしれない。

「――まぁでも、そういう訳でもないかもしれないよ?」

「そういう訳でもないって?」

 ニヤリと含み笑いするヒースにイアンが不思議そうに傾げた。

 ヒースのその表情を見て私の頭には先ほどまでの自分のあの顔――呆けた顔でキョロキョロとあたりを見回していた時の自分が浮かんだ。多分それだ。絶対そのことだ。

「ちょっ、ヒース……」

「――まぁ大体は予想がつきますわ」

 上擦った私の声にリディの声が重なる。同時に流し目でリディがこちらを見た。別にヒースのように笑ってるわけではない。でもだからこそ、リディの呆れ具合が十分に伝わってきた。

「リディはヒナのこと随分分かるんだね」

「ほぼ毎日顔を合わせておりますもの」

 何となく自慢げに聞こえるのは気のせいだろうか。でもリディの言うことは確かにそうかもしれない。私だってそうだし。例えばさっきのリディの流し目、あれは結構呆れている顔だった。

 まぁリディの表情で呆れの度合が分かるようになったっていうのも何だかなぁとは思うけど。

「……ていうか俺はのけ者?」

 話に入れず面白くなさそうにイアンが唇を尖らせている。それに気づいたリディとヒースが目を見合わせて小さく笑った。

 さっきのことは訂正しないといけないかもしれない。気付けば前よりも近くなっていたリディとの距離になんだか嬉しくなる。

 視線の端で窓辺から入り込む大きな月明りを見た。こちらの生活も悪くないと改めてそう思った。 

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