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照らす月

 それでも今更帰るわけにもいかず、結局はその夜会とやらに出ることになるのだろう。

 立っているとソワソワと動き回ってしまいそうだから一度落ち着くためにもソファへ座った。大きく息を吐くとなんだか気が抜けてしまって。

 本当に濃い1日だ。

 さすがにこの世界へ来たときの状況とは比べ物にならないけど。今日はこれ以上に何か起こっても驚かないでいられる自信がある……と、私は心の中で自分に言い聞かせた。




 着替えも終わったのにまだ部屋にいたのはこれが残っていたからだった。 

「花、の髪飾り?」

「ええ、そうよ」 

 入れ替わるようにして立ち上がっていたシアがリディからテーブルに置かれていた花を受け取る。

 置物だろうかと思っていたのは装飾品だったみたいで、それをどうやら私につけてくれるみたいだ。

「ヒナにつけるからちょっと頭下げてくれる?」

「あ、分かった」

「そう、少しそのままね……。ドレスの装飾でもいいけどヒナには髪飾りがいいと思って」 

 大き目の花弁を持った花を中心に、小柄な花が周囲を囲んでいてすごく可愛らしい。

 本物なのか作り物なのか……一見だけでは造花には見えない。まぁどちらにしろ、この髪飾りも何かしらどこかに魔法がかけられていそうだ。例えば枯れない、はさすがに無理にしても花弁が落ちないとか、飾りの花は風が吹いても崩れないとか。

 

「紫?」

「ヒナの瞳と同じよ」

「ふぅ~ん。……ね、ついた?」

 頭は動かせないから瞳だけを上にあげる。瞼が痛くなるまで見上げてみたが、シアの腕と動く指しか見えない。

「んー、よし。我ながらいい感じね」

 少し離れるように背中を下げたシアが腕を組んでじっくりと私を……というか私の頭を眺める。

 真剣に見つめられるのが照れくさくて、まだ隣に座っているリディへ顔をそむけた。

「何ですの?」

「あ……リディはバラのコサージュなんだ」

 自分でつけたのか、リディの胸元には赤いバラのコサージュが飾られていた。

 

「こういったパーティや夜会ではみんな花を着けるものなのですわ」

「みんな? 男の人も?」

「ええ。これは男女関係なく」

「へぇ~面白いね」

 そうか、貴族の男の人は花で着飾るのか……。やっぱり貴族というのは私の常識の範疇を超えていくものらしい。

 それにしても、本格的にこういう状況に慣れてきたかもしれない。やはり多少なりとも驚きはするが……もう色々と受け入れている自分がいた。

 横へ振り向くと、シアが両腕を上げて後頭部に私と同じように花飾りを挿していた。手つきは十分に手慣れたものだった。 


 互いに向き合って身なりを整えあっていると、不意に扉を叩く鈍い音が私たちの耳に届いた。それから扉の向こうから入室の許可を求める声が続く。

 シアの許しとともに開かれる扉を、私は少しだけ鼓動の早まった胸に手を添えながら見つめた……が、

「やあやあお嬢様方! 準備は整いましたか」

 ――それは現れた人物を見るまでのことだった。

「は? ……って!?」

「あら、お迎えがきたみたいね」

「ちょっ……シア、なんでヒースたちが?」

 大きく開かれた両開きの扉からヒースを先頭に、彼の従兄弟でもあるアスフィと今日はリコット亭で会うことのなかったイアンの3人が入ってきた。

「こんなに可愛い女の子が3人もいるんだもの。エスコートしてくれる紳士が必要でしょ?」

 突然彼らが現れてぽかんとしていた私を、シアはくすりと笑って説明してくれた。

「エスコートは……ま、あ、分かるけど。でも自分でか、可愛いって……。いや、確かにシアは可愛いけどさ」

 戸惑っていたのは私だけのようで、ヒースたちはドレスに身を包む私たちを認めると歩み寄ってきた。

 もちろんのことだが、彼らもまた正装をしている。

 イブニングコートに首元のホワイトタイ。それがこれまで見慣れた学院の制服の時よりも、彼らを大人びてみせる。

「お久しぶりです、セレシア様。お目にかかる度にさらにお美しくなられる」

「ありがとう。今夜のヒースも一段と素敵よ」

「光栄です」

 腰を低く落としたヒースが、腕を伸ばしたシアの手の甲へキスを落とす。

 流れるようなこれらの一連の動きを黙って見ていた私だが、まるで芝居が今目の前で行われているんじゃないかと、そんなことが一瞬頭をよぎった。

「う、わぁ……なにこの動作、なにこの会話のやり取り」


 

「――ヒナは今日初めてパーティに参加するんだけれど頼んでもいいかしら?」

「もちろん、喜んで」

 それからは瞬く間もなかった。

 ヒースの後に続いてアスフィとイアンがシアへの挨拶を終えるとすぐに、私たちは今夜開かれる舞台の間へ向かうこととなった。

 

「さあヒナ」

 エスコート、とはまさに言葉通りらしい。

 ソファへ座ったままだった私に手が差し出される。

「手を」

「あ、ありがとう」

 寒さなんて感じないのに、腕が震えてぎこちない。

「どういたしましてお嬢様」

 ただ、からかう様なヒースの言葉が私の気持ちを軽くさせてくれた。


 シアとアスフィ、リディとイアン、その後に私とヒースが続く。

 歩く廊下から窓越しにうかがえる空の暗闇は夜の帳を伝えている。晴れの日の夜空は存外に明るいと知ったのはこの世界へ来てからだった。月と星たちの輝きが長く濃い影を作り出す。


 階段を降り、廊下をいくつか曲がるとその先にひと際大きく立派な扉が見えてきた。

 近づく度、この穏やかな夜空に似つかわしくない程のざわめきが徐々に大きくなる。私にだってその扉の向こうが目的地であることくらい気付いている。

 心臓はざわめきに比例するように高まっていく。掌なんて冷や汗で、腕から指先を包み込んでいる手袋を湿らせてやしないだろうか。


 ただ友達の家に泊まりに来ただけなのに……。

 目の前に迫った扉まっすぐ見つめたまま、そう思うが全ては今更だ。

 それにしても胃が縮む思いというのはこういう状況のことを言うのだろうか。

 先ほどまであれほど苦しかったウエストが少し楽になった気がする。


「緊張してる?」

 組んでいる腕の震えが伝わったのか、それとも心臓の音でも聞こえてきたのか、ヒースがひっそり尋ねてきた。

「もちろん」

 小さく即答で返す。

 緊張のせいですでにお腹はへこんでしまっている。代わりに緩んだ腰のおかげで深く息が吸えるようになった。

 ……これだったら無理かもしれないと思っていた料理が食べられるかも。

 そんなことがふと頭に浮かんで、私は苦笑いした。

 心臓は確かに強く鳴っているのに、私の神経は思っていたより図太いらしい。


 扉を目の前にして、組まれていた腕はヒースによって少しだけ引き寄せられる。力が加えるのを感じられて、布越しに伝わってきた温かさは私を勇気づけるようであった。  

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