おばあちゃんの故郷
砂浜に15歳の女の子が一人、口をあけてぽかーんと固まったまま立っている。
ここにお兄ちゃんがいたなら、確実にバカにされそうだ。
今の自分はそれくらい残念な顔だって思う。
でもそんなこと関係ないよ!
だって……、だってさ!
「ありえないでしょーーっ!」
その場につっ立ったまま、今までの驚きをすべてを絞り出すかのように思い切り叫ぶ。
誰もいない砂浜に私の声だけが響いた。
+ + + +
「本当についてない……」
今、私がいるのは森の中。右を見ても、左を見ても、もちろん後ろも前も森だ。この森の木は私が日本で見たことのある、どの木よりも大きく枝や幹も太い。
だからか、もちろん元々道自体ないのもあるが、ある程度歩きやすい日本の森のよりもかなり歩きにくい。
地面いっぱいに木の根っこが飛び出していて、大きいものになると階段5段分くらいのものもある。
すでに今日は朝から移動しっぱなしで筋肉痛なのに……と思いながらも、ここで止まるわけにも引き返すわけにもいかないのでもくもくと歩く。
なぜ私が森の中を歩いているのかというと、単にあの何㎞あるか分からないような浜を歩きたくないと思ったから。それに森の方が妖精に会えて、人がいるところまで案内してくれるかなって思ったからなんだけど……。
「全然妖精がいない。それに森が静かすぎる……」
森には普通、樹や風、土や水といった豊富な種類の妖精たちがいるはずなのだ。
風自体は感じることはできるのだが、そのなかにいるはずの風の妖精がいない。ありえない、と思い私はその場に立ち止まり、神経を研ぎ澄ませてみる。
するとわずかにだが、小さな本当に薄い気配を感じることができた。
同じように近くにある巨木に手を当て目をとじる。……うん、やっぱり本当に小さいけど妖精がいる。
「でもどうしてこんなに弱弱しいんだろう?」
彼らは私の近くに来ることも出来ないくらい弱っているようだ。
今までこんな妖精たちみたことないよ。
そんなことを考えていると後ろの方でいきなり、がさがさっ、と草木がかき分けられる音が聞こえた。何かくる。
あまりにもいきなりだったので、振り向くこともできずに顔だけ後ろを向いた。
かなり深い森だから、もしかしたら熊とか? 犬とか猫くらいだったら、はっきりと会話をすることまではできないが互いに意思の疎通はできる。
でもさすがにこんなとことに犬や猫はいないではず。異世界だからもっと凶暴な奴だったらどうしよう。
そう思いながら後ろを見るといたのは、
小さな仔犬だった。
「かわいーー! もしかして君も迷子? お母さんとはぐれたのかなー」
後ろにいたのは、大きさは小型犬くらいで、黒い毛で全身を覆われた仔犬だった。
やわらかそうな毛で見た目は柴犬っぽい。耳や顔つき?とか柴犬に似ているけど、毛の色が違って、毛も柴犬よりは長めで尻尾も長い。
その仔犬は私をみて、立ち止まっているようだ。
こっちにおいでー、という感じに私はしゃがんで手招きをする。
「迷子なのはお前だろう、ヒナ」
私は仔犬に手を伸ばしたまま今の声を聞き、「えっ?」と周りを見る。
でも、もちろん誰もいるはずがない。
「どこをみておる。馬鹿者め」
また周囲を確認するが誰もいない。
……だって、信じられるわけないよ。この仔犬がしゃべってるなんて。
しかし、次の仔犬の行動で、しゃっべっているのが本当にこの犬というの分かった。
「まったく、ヒナはいつみても成長せんな!」
そういって仔犬はとことこと、私のところまできて左前足をぽんっと膝の上に乗っけたのだ。
普通の人間ならここで逃げ出すか、騒ぎ出すか、まぁ取り乱すのだが、
「仔犬がしゃべってるー! もふもふしてて、かわいー!」
あいにく、私は普通の人間ではない。魔法を使えるし、会話は初めてだけど動物とだって簡単な意思疎通はできていたから。
私は自ら仔犬がやってきたのをいいことに、上から思いきりぎゅっと抱きしめる。
仔犬にとって予想外だったのだろう、「ッキャン」とかわいらしく鳴き、じたばたと暴れる。
「離せ……、離さんかー!」
私は仔犬ではなく、狼だ! と言いながらなんとか腕の中から抜け出そうともがいている。
そんな声もお構いなしよ、だってしゃべるんだよ。
今までの犬や猫たちは意思は通じても話すことはできなかった。もしかしたらこの仔は妖精の類かもしれない。
ぎゅーーって抱きしめ続けるからなんだか、くたっ、てしてきちゃったみたい。ごめんねー。
地面に離してやると、とたんに私と距離をはなす。ちょっとーあやまるから離れないでよう。
「まったく、お前は私が誰だか気づかんのか?」
「えっ? うん。だって犬の友達は何匹かいるけど、君の話は聞いたことないよ」
そもそも、ここって異世界のはずだから日本の仔犬がいるわけがない。
「馬鹿もん! 私は常に雛と行動していたではないか」
「常にって? 全然わからないよ。もっと分かりやすく言ってー」
「ハァ……、菊も阿呆なところがあったが孫まで阿呆とは……」
仔犬はしゅーんと、耳としっぽを下げうなだれる。
いや、本当に分からないから。
「菊? 孫って、……私のおばあちゃんのことよね。でも常に行動してる??」
私の言葉を聞いて、仔犬は顔を上げる。
「学校でも家でも、外でも、もちろん風呂とトイレも一緒だったではないか!」
これでわかるだろう、というように私の顔を見る。
「まさか、……おばあちゃんのゆびわ?」
嘘だと思いながらおそるおそる聞くが、
「やっと気づいたか! 雛も兄の一と一緒に幼いころ菊から聞いたことがあるだろう? 『魔法のゆびわ』の話だ。私は元は菊のもので、今はヒナが持っているゆびわに宿っている。そして私は狼だ!」
ふんっ! と、狼らしいこの仔はどうやら、おばあちゃんの形見であるゆびわの妖精? ということらしい。なんか、最初よりも最後の言葉の方が強調されていたような気がするんだけど……
でも、常に一緒? 学校や家はともかく、お風呂とトイレも?!
「うそーーっ!?」
今度は砂浜ではなく、静かな森の中で私の声が響いたのだった。