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 私は手に取ったお菓子を口に、しっかりと味わうように噛みしめる。

 口にしたそれはクッキーのようにさっくりとしてて、中にアーモンドか乾燥させた果物か……小さく噛みごたえのあるものが入っているみたい。甘さは控えめでなんだかクセになりそうだ。

 ただパサパサとしているから飲み物と一緒にとらないとすぐに口が渇いてしまう。

「――あ、このお茶おいしっ」

「これを入れたら面白いですわよ」

「え……これってリディ……花?」

「虹の花、ですわ」

 リディがテーブル上に置かれた大皿に菓子と並んでいた花を一つ摘まんだ。真白の花弁が清楚に見せているその花は小柄で可愛らしい、虹という名前からは想像のつかない花だ。

 花を浮かせて飲むお茶があると――まぁそれは日本にいた時だけど――聞いたことがあるから、それと同じようなものかもしれない。

 傾げる私の顔をチラリと横目で視線だけをよこすと、リディは少し笑って私の手の中にあるカップへと花を落とした。瞬間――

「――花が黄色になった!」

 驚くことにカップに半分ほどとなったお茶の中で、白の花弁が黄色く染まっていったのだ。

「すごいすごいっ。花の色が変わったよ! え、え、なんで……あ、もしかしてこれも魔法?」

 色の変わる一瞬を目の当たりにして、興奮した私の腕が揺れる。赤に近い茶色のお茶は波紋し、カップの中を覗き込む、目を見開く自分自身と目があった。

「……ヒナはたまにおかしなことを言いますわね」

 リディからぽつりと、呟かれた言葉に私は顔を上げた。

「貴族の出ではないのにあっさりと魔法を使えたり、かと思えば『虹の花』を知らなかったり……」

「え?」

「この花は国内の大抵の場所で見ることができますわ。確かにお茶に入れて楽しむのは貴族だけかもしれませんが……それでも虹の花を知らない人がいるなんて」

 しまった、と心の中で舌打ちをした。

 この国では常識なのであろう花のことを私は知らなかった。当たり前だ。私はこの国、いいやこの世界とでも言うべきか……とにかくここには存在しないであろう日本で生まれ育ったのだから。

 動揺した私の心の声が聞こえたかのように、リディの形よい眉が眉間に寄って皺を作っている。ぱちりとした二重の目からは困惑の色が窺えた。

 

 私が困ったように視線をリディとその周辺に彷徨わせていると、それまでじっと扉の方を見ていたシアが口を挟んできた。

「まぁ中にはそういう人もいるわよ」

「シア様」

「……シア」

 突然聞こえてきた声に、私とリディはほぼ同時にシアへと視線を移した。

「うん、虹の花はね、水分に浸すと色が変わるの。それが冷たいものだったら水色、熱かったら赤色という感じで温度によって色が変化するから虹の花っていうのよ。あ、これは摘み取った花だけなんだけど、どうしてかっていうのは私にも分からないから聞かないでね」

「へぇ、おもしろいね」

 丁寧に述べられたシアの説明に私は素直に感想を伝えた。

 別段気にしていない、かそれとも何か気づいているのかもしれないシアとは反対に、納得がいかないという様子でリディは唇をすぼめている。でも私はそれを視界の端でとらえながらも気づかないふりだ。

 不満そうなリディには申し訳ないが、今はシアへと会話の流れを向けることにした。


「――そういえばシア、誰か来るの?」

「誰か?」

「さっきずっと黙ったまま扉の方見てたから。誰か来るのかなぁって」

 先ほど私とリディが話をしていたその間、シアはじっと扉へと顔を向けていた。会話に加わろうとしない様子に、私は一体誰が来るのかと気になっていたのだ。

「来る、というなら来るわね。そろそろかと思うんだけど……準備に手間取っているのかしら」

「準備?」

 ってなんの?

 そう聞こうとした私の声はかき消された。扉の開く音とシアの声で。


「来たわ!」

 シアが大きく声を上げた。それと同時に開いた扉から次々に人がなだれ込んでくる。様々な大きさの箱を持ったメイド……使用人の女性たちだ。

「へ?」

 呆けた私の声を聞いた人間はいないだろう。

 両隣に座っていたシアとリディはいつの間にか立ち上がり、床に置かれていく箱の中身をメイドの女性たちと確認している。

「いったい何事……?」

 目をぱちくりと見開いて呟くが、私の呟きを返すものは誰もいなかった。


 部屋全体に敷き詰められている絨毯の上には無数の箱が乱雑している。片手で持てる程のものや、2人係で運んだであろう大きさのもの、細長のものだったりと大きさは様々。

 共通するのはどれもただの木箱なのではなく、色づかいの美しい布や植物などの絵柄で装飾されているということ。輝く石がちりばめてあるものもあるが……きっとただのきれいな石だろう。と思いたい。


 私は箱が運び込まれるのを茫然と見ているしかななかった。

 箱を持ってきた人たちが出て行ったかと思うと、入れ替わるように最後にきたのは大き目の鏡。 

 持ち運ばれた箱は数人残ったメイドの女性たちによってひとつひとつ開けられていく。箱の中には、今シアとリディが着ているようないわゆる「ドレス」があった。

「ドレス……って、なんか嫌な予感がするんだけど」

 私が色とりどりのドレスたちに呆けている間、部屋の奥では置かれたテーブルやソファが端へ寄せられていく。空いた空間の中央には鏡が置かれた。仕事の素早さに私はただつっ立って、何かの景色を眺めるかのようにただぼんやりと見ているだけだ。


 メイドである彼女たちの仕事は本当にてきぱきとしたものだった。

 本物のメイドなんて今日初めて見たものだから、ついまじまじと見入ってしまうのは仕方がないはずだ。

 動きの素早さに感心していると、なんだか違和感を感じた。自分自身に意識を戻せば、その彼女たちに着ていた上着を脱がされそうになっていたところだった。

「ちょ、ちょっとぉ!?」

 突然の出来事に驚いて掠れた声にならない声が漏れ出た。だがそんなこと、今の私は恥ずかしがっている場合なんかじゃない。

 私は腕で自分の体を抱きしめながら、服を脱がせようと手を伸ばす彼女たちに必死に抵抗した。体を丸めるように猫背になって身を守るが、そんな私の抵抗よりも彼女たちの方が何倍も素早かったらしい。

 ものの1分もたたないうちに、私は上下の下ばきのみ……という姿になっていた。


 今の私は下着だけという無防備な姿をさらしている。

 まるで大勢の人間の前で毛を刈り取られてプルプルと震える羊のようだ。――実際、私の体は外気に直接触れているということと、羞恥――きっと大部分はこのせいだ――のせいか、プルプルと震えているに違いない。

 たとえこの部屋にいるのが同性だけだとしても、顔に熱が上がってくるのは抑えられない。

 少し涙目になりながらも助けを求めようと、私はこの中で唯一の知り合いであるシアとリディを探した。

 黒いワンピースに白のエプロンというメイド服の彼女たちの中で、上品なドレスと纏った2人はすぐに見つかった。見つかったが、2人は部屋の端に寄せられたソファのひとつに並んで腰掛けており、しかも優雅にお茶を飲んでいるではないか。

 浮かんでいた涙は引っ込んで、代わりにぎろりとした睨みを送ってやった。




「想像した通り、ヒナにとっても似合ってるわ」

「もちろんですとも、シア様が選ばれたのですから」

 メイドさん達に囲まれてから数十分、ようやく解放された私は肩の力を抜いて息を吐く。広げられていたドレスやアクセサリーなどが片付けれられている横をよれよれとした足取りで通り抜けながら、私はシアたちの座るソファの目の前に立った。

「なんか……お腹苦しい……」

 圧迫感に手をお腹の部分に当てる。ツルリとした肌触りの手袋越しにあるウエストは普段よりもかなり細くなっているであろう。

「初めは慣れないかもしれないけど、そのうち慣れるわよ」

 クスクスと聞こえる2重の笑い声にはっと顔を上げる。――そうだ、この2人は私を助けてくれなかったんだ。

 色んなドレスをあてがわれて、腰をしめられて、たぶん薄らだとは思うが顔もいじくられて。服をはぎ取られた時には驚きよりもずっと大きな羞恥のせいで顔が熱くなったのを覚えている。

 私がそんな状況に陥った原因である2人に、まだ許してないんだからという気持ちを込めて思いっきり眉と唇を中心に寄せたしかめっ面で示してやった。

  

 まぁ結果的に私の行動、というか顔は2人をさらに笑わせただけ……ということで終わりを見せたのだが、

「ごめんごめんヒナ。でもそんなに驚くだなんて思わなかったんだもの」

「驚くよ! だって突然……」

「ままま、とりあえず鏡を見てみたら?」

 言い寄る私にシアが「まぁまぁ落ち着いて」と両手を上下に揺らし、鏡の方へ指をさした。


 等身大の鏡は立っている私の目から自身の姿がちょうど映る場所に置かれていた。

 鏡の周囲にも積まれていた箱などはもうスッキリとなく、そして今までいたはずのメイドの女性たちとたくさんの荷物もいつの間にかなくなっていた。

 あまりの素早さに私はきっとメイドなんてなれそうにないなと、感心しながらもシアに言われたように鏡に映る”自分”を見た。


「ね、すっごく似合っているでしょ?」

「え? ま、まぁドレスは可愛いけど……」

 そう言ってもう一度見る。

 薄い青が重なっているドレスが腰のリボンより下から柔らかく膨らんでいる。どうして膨らんでいるのかなんてドレスを着せられているときに注意して見ていなかったから私にはよく分からなかった。

 たくさんの布を使っているように見えるのだが、重さはさほど気にするほどでもない。逆に何枚もの薄い青が重なっているためにドレスが揺れる際、青い濃淡も一緒に揺れるから透明感のある水面のように軽さを感じさせる。

 

 自然に上がる頬は仕方がない。どんな経緯があってドレスを着たか、どんなに恥ずかしかったか、そう頭で思っていてもニヤついてしまう。

 仕方ない、そう仕方ないことだ。こんなドレス着させられたらニヤニヤするに決まってる。私だって女の子なんだし。


 しかしそんなこと心の中で思っても口で言うのはさすがに恥ずかしい。

 私は上がった頬を誤魔化すために「ごほん」と大きく咳払いをして顔を引き締めてから2人に向き直った。

「でもさ、どうして急にドレスなんて用意したの?」

「あら、だってもうすぐ夜じゃない」

「――え、うん? 夜だから?」

「そう夜だから、なんだけど……」

 シアと私は今互いに見つめ合って、互いに首を傾げた。

 頭に疑問符が浮かぶ。

 分かるのは私たち2人が意思疎通し合えていないっていうこと。

 

 しばらく話が進まず顔を向き合わせながら「えーと、えーと」と呟きあう。人差し指をほっぺにさしているシアを可愛いなと私が密かにデレていると、リディが大きく「あっ!」と突然声を上げた。

「なに?!」

「リディ? どうしたの大きな声で」

 リディが急に叫んだからびくりと肩を揺らした。シアも私と同じだったらしく、でも私のように大げさに驚いてはなかった。

「……ごほん、失礼いたしました」

 驚かせてしまったという自覚のあるらしいリディが小さく謝る。ちなみにリディが気まずそうに眉を下げることなどめったに……いや初めてのことかもしれない。

「今日はここで夜会が開かれるのですわ」

「そう、夜会ね。――って、はい?!」

 珍しいこともあるもんだとリディをマジマジと見つめていた私は、そのリディの言った言葉に目を見開いた。

「あら、リディ……ヒナに伝えてなかった?」

「聞いていないよ!」

「あらそう? まぁいいじゃない」

 ――まぁいいじゃない、などと呑気にシアは言っているが、私にとっては大ごとだ。

「私シアみたいにお姫様じゃないし貴族じゃないし、礼儀とか知らないしっ。だからそんなの出れないって」

 綺麗なドレスを着ていたって中身は夜会なんかに無縁だろう平民だ。いや、生まれも育ちもこことは異世界の日本である私はこの国の平民よりもさらに常識は低い。そんな私がお貴族様方の夜会なんてものに出たら……考えたくもない。

 しかしそんな私の思ってることなんてこの2人が分かるはずもなく……。

「大丈夫よヒナ。夜会といってもドレス着てちょこっと覗くだけだから」

「そうですわ。ヒナもロータス学院の学生なのですから夜会くらいでオドオドせずにいかなければなりませんのよ」

「や、ロータスの生徒って関係なくない?」

 そんなただの平民が貴族の中で堂々とできるか! 

 着慣れないドレスや靴は体の動きを鈍らせるし、このまま夜会なんて行ってしまったら緊張のあまりに体が固まって動けなくなること必至に違いない。

 きつく締められて圧迫されたお腹の苦しみとは別の意味で胃がキリキリと痛くなりそうだった。

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