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そのペンダントは数多くの装飾品と共に飾られていた。中央で輝く石は小指の爪ほどの大きさもないのに、どの装飾品よりもひときわ引き込まれる魅力がある。首にかけるためのチェーンも白く輝いていて、もしかしたら銀でできているのかもしれない。
私の記憶にあるおばあちゃんのゆびわも大切にされていたけれど身に着けていることがほとんどだったから傷もいくつかあった。その分、目の前でキラキラと輝きを放っているペンダントとの美しさとは比べ物にならないだろう。
それでもこのペンダントとおばあちゃんのゆびわはどこか似ていた。もちろん見た目ではない。
気づくことができたのは学院で魔法を学び始めたからだと思う。
実際、私には石がふわりふわりとかすかに光を放っているように見えていて、それはただの光ではないのを今の私には分かる。
周囲に浮かぶほんの小さな光は、もしかしたら妖精の子供なのかもしれない。そこらに落ちているのはもちろん、一般的な装飾の類の石ではありえない光景で、だからこそその青い石が普通ではないとはっきり分かったのだ。
ペンダントの中央にある青い石からはは今現在行方の分からなくなっているおばあちゃんの魔法のゆびわと似た雰囲気を感じた。おそらく魔石なのだろう。
注意して覗いてみると石の表面ではなく内側に、模様のようなものが見えた。今日の昼間にヒースから聞いた魔石の話と同じなら、意識してみないと見えないそれはこの家の家紋のはずだ。
ロウがゆびわから出てきたのを見ていた私は指輪、魔石を知識としては理解していたつもりだった。でもこうやって自分で感じとると、なんだか不思議でたまらない。
以前は無意識に使っていた魔法。
それを学院で学んで、意識的に使えるようになって魔法というものを感じられるようになってきたと思う。何も知らない時だったら気にもしなかったことが、今はまるで視界が鮮やかでいてクリアになりつつもある。
「……あれ、でもそういえばこの感じどこかで……」
このペンダントに似たものをどこかで感じた気がした。それもつい最近のことだ。私は独り呟きながら、記憶を探る。
だから魔石に魅せられていたのか、それとも私の思考する声が大きかったからか、声をかけられるまでその存在に気付けなかった。
「――これは魔石をペンダントに加工したものなんだよ」
「え……? あっ」
勢いよく後ろに振り返った私は、いつの間にか背後に人がいたことに驚いてうまく返事をできなかった。見上げてしばらくは、あっ……というように喉を鳴らすだけだ。
「――なんと……これは……」
私よりも随分背の高いその男性は反対に見下ろす格好で、私と視線が合った。
なぜか驚くその人は、目を大きく見開いたまま私から視線を外さない。
「あの、何か?」
ようやく落ち着いた私は問いかけながら男性の様子をうかがう。
このペンダントと同じく透き通った青の瞳だと、私の方も男性をついじっと見つめていた。初対面の人の顔を正面から見ることに普段は抵抗があるはずなのに。
驚きの余韻に浸っていたのだろうその人がようやく言葉を発するまでの間、私もその瞳をそらさず視線を重ねた。
「――ああ、いいや。ヒナちゃんが私の知っている人に似ていたからね。驚いただけだよ」
「そうですか……って、名前。私の、どこで?」
「ヒナちゃんの名前かい? ああそうか、私はねシアとイルの父親なんだよ」
聞いてすぐになるほどとうなずいていた。
言われれば確かに顔形がどことなく似ている。父親と名乗る男性と同じように2人とも羨ましいくらいに顎や鼻筋が通っているし、なによりその瞳が彼は2人の父親であることを確信させた。髪は薄い金茶色だから、2人の金髪はおそらく母親譲りなのだろう。
「そうなんですか……。あっと……私は学院で2人の友人になったヒナです。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ2人が世話になってるね。今夜は楽しんでいくといい」
優しそうなお父さんだ。王族ともつながるはずなのに、そんな風には見えない。もちろんいい意味で。
シアとイルは私が平民出だというのに、最初からそんなの気にしなかったのはもしかしなくともこの父親がいたからに違いない。
じっくり、まじまじと見つめられる。雲ひとつない空と同じような澄み渡った瞳と視線が合わさったまま、友人の父親だというその人は目尻に皺を作って笑いかけてくれた。
シアとリディに再び会えたのはもう夕日も姿を隠してしまうころだった。
私は案内された部屋にいたのだが、結局ほとんどひとりで時間を過ごした。途中シアとイルの父親が来てあいさつ程度の会話をし、それが終わってから1時間近くは経ったのかもしれない。
随分前にこの屋敷のメイド……使用人の女性が用意してくれたお茶はもちろん空っぽで、お皿に盛り付けてあったお菓子や果物もいくつかは私のお腹の中だ。
陽が落ちて徐々に暗くなる室内では、ひとつ、またひとつと部屋の各箇所にあるランプに明かりが灯っていく。
自然とつく明かりは学院にあるものと似ているもののようだ。
ゆらゆらと動く光はまるで、本物の炎のようであるが、あれらは魔法の光だというのを知っている。ランプに手を近づければほんのりと温かく、しかし実際は中には宙に浮くぼやけた暖色の球が光を放っているだけなのだ。
ロータス学院に入学して初めて見たときには本当に驚いたのを覚えている。なぜなら最初にお世話になった村はもちろん、リコット亭にも私が知る限りの王都にも、そんなものはなかったから。
国の一部以外、城下である王都にさえ魔法はほとんど浸透していないのは何だか不思議で、改めて考えれば違和感さえも感じるが。
ランプの影が壁や天井に映り込んで不規則に揺らめいている。それらはあまり強くない光のためか、なんとも儚げな影絵のようだ。
私は部屋の雰囲気にも慣れ、その様子を見ながらソファで足をプラプラとさせる。天井をぽやっと見上げているところに、ようやくと待ち人たちが現れた。
「待たせちゃったわねヒナ」
「うん、待ったよ」
「シア様になんて口のきき方ですの!」
素直に言えば、私に声をかけてきたシアではなくてリディが横から口を出してきた。
私に向けて唇を尖らせるリディと肩をすくめながらも笑顔のシア。いつもの会話の流れに、なんだかほっと落ち着きを取り戻すのを感じた。はじめてくる場所できっと気付かない間に気を張っていたんだろうと今更ながらに思う。
「ごめんね、支度に少し手間取っちゃって」
「ううん。私も待ってる間いろいろ見せてもらったから」
出入り口のドアから2人が並んで近づいてくる。
着替えた服装はしっとりと落ち着いたドレスで、それだけで見た目もぐんと大人びるものなのかと私はひっそりと感嘆の息を漏らした。
ソファの真ん中に座っていた私の両端に、分かれて腰を下ろした2人からは甘い香りがした。お風呂にでも入ってきたのか入らされたのか……おそらく後者だろうが、遅くなったのはきっとそのせいだろう。
リディが前かがみになったと思うと、残っていた菓子類に腕を伸ばして手に取り、そのままパクリと口に入れた。丸るくてひと口大のお菓子だからぷくりと片頬が膨らんでいる。
リボンやレース、色合いなどに派手さがまったく見られない服装と、幼さの残る顔のしぐさや表情とのずれは、2人より年上の自分から見ると何だかほほえましい。
お菓子を食べている姿を私がお姉さんのような気分になって見ていると視線に気付いたのか、リディが頬を膨らませたまま首をかしげていた。なにか言いたげに瞳をぱちぱちと瞬かせているが、唇を閉じてもぐもぐとしているせいで話せないのだろう。
「……いつもこんな感じだったらいいんだけどなぁ」
「あらヒナ、時々だからいいのよ」
振り向くと隣でシアがにこりと笑っていた。
「そんなもんかな?」
「そうよ。普段と違う姿って人を惹きつけるのよ」
シアもテーブルにある皿に手を伸ばすとリディと同じお菓子をつまんだ。それからリディとは違って半分に割る。
「――ちなみに、リディはこれくらいの大きさならそのまま口に入れちゃうの」
「へぇ……あ、そういえばここにあったお菓子、全部同じくらいだね」
手でつまめるようになっているお菓子たちは、人差し指と親指で輪っかを作ったくらいの大きさ。だからひと口で食べるとリディと同じく頬がぽこりと出てしまう。なんだか小さな動物みたいだ。
「だってわざわざそう用意してもらったんだもの」
「へ……?」
それってわざとってこと?
笑顔のシアを前に、聞こうと出かかった言葉はなんとか出さず飲み込んだ。だってもしもそうだったら……。
私の頭にお腹の黒いシアが浮かび上がって、それを慌てて消すようにふるふると頭を振った。
「休日は有意義に過ごさないとね」
「うん……だね」
そういえば今回のお泊りを言い出したのはシアだった。
私は数日前のことを思い出して、先ほど小さく割っていたお菓子を口にしているシアを横目でちらりと伺う。可愛らしく微笑む表情は何かたくら……普段よりもどこか楽しげだ。
今夜、少なくともシアにとっては有意義な休日になるに違いない。