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お泊り1

「こっちよこっち――ヒナ!」

 ここ最近で特に耳慣れきた声が聞こえた。同年代と比べたら少し低くて落ち着いている感じの声。

 学院では一緒にいることの多い彼女が王家の一員なのは、この世界に疎い私でもさすがに知っていること。貴族でもない私に、それでも友人だといってくれる彼女は自分よりも年下で。でもそんなの関係なく密かに尊敬したりしている。……はずだった。

「シア様を待たせるなんて、まったくもって考えられませんわ」

 腰に手を当ててリディが声を上げる。シアに対する時とは違って、なんともふてぶてしい。

 入学当初……いいや、入学試験で初めて会った時からこの態度で、友人といえるようになってからもまったく変わらない。

 まぁもし今ここで「ヒナ遅かったわですわね? 何かあったんですの?」なんて言い方されても、戸惑うしかないんだけれど。

 しかし今私は、違う意味で戸惑っていた。顔に現れているんだろう。私に声をかけてきた友人たち――シアとリディが訝しげに顔を見合わせている。

「どうしたのヒナ?」

 再び声をかけてきたのはシアだった。今私たちは街なかの大きな門の前にいる。門に名前はあるのかもしれないが、私は知らない。ただこの門を境に人々の生活様式が違っているのは、知っている。


「どうしたのって……こっちが言いたいんだけど」

 私たちが立っている側はいわゆる庶民の町。もちろんリコット亭もこちら側にある。

 それから半分だけ開いているアーチ状の石橋づくりの橋のような門の向こう側は、豪商や成金、お貴族様の町。同じ王都のはずなのに、まるで全く異なる町が二つある感じだ。もちろん城、王宮は門の向こう側にある。さっきまでいた図書館はその間。学院は……王都とも王宮とも離れているからどちらともつかない。

 それで今日の目的はシアの家に行って、お泊りさせてもらうこと。リディも一緒に。

 

 シアが前々から計画していたように、学院が休日の今日、私はシアの家にお泊りすることになった。シアの家に行くのは初めてだ。一度リコット亭に帰るといった私を迎えに来てくれると言い出したのは、シアだった。だからお昼過ぎ、夕方の前に大きく目立つ場所、この門の前で待ち合わせをしていたのだけど……。


「ああ、これ? 門のところで待ち合わせってことだからそれに合わせたのよ。結構似合うでしょ」

「わたくしのはシア様が選んでくださったの」

 スカートを少し持ち上げてくるりと回るシアに、普段よりさらにふてぶてしさを感じさせるリディ。これだけならば特にいつもと違和感はない。

「え、えっと……似合うよ。まぁ、でも少し違う気もするけど……」

 それでも私の言葉が歯切れ悪くなってしまったのは、二人の姿を確認してしまったからだ。

 二人の、つまり服装を見て無意識に片頬が引きつる。こちらも無意識で瞬きをし忘れたからか、少しだけ目が痛くなった。

「そう? 私はいいと思ったんだけど」

 首を傾げるシアは普段の大人っぽい雰囲気ではなくて、年相応の少女に見えてとても可愛らしいというのは最近気づいた。その真新しい町娘風の服装でなければなおさらなのだが。

「さきほどまでシア様と町中を歩いて回っていたんですのよ」

「この服を着れば私たちも違和感なく見えるでしょ?」

 くるぶし丈のドレスではなくて、ひざ丈のワンピースと下にはズボン。腰に巻くのはドレスのリボンよりも硬そうな紐で。その形だけ、を言えば私を含めた町内の一般的な少女の恰好だ。

 ただシアたちが着ている服にはしわも、布の色落ちも、ちょっとした汚れやシミなんてひとつも見当たらない。当たり前かもしれないけれど。

 ピカピカの平民服を身にまとう二人は正直、かなりの違和感有りだった。

「ま、あ。二人が気に入ったんならいいと思う……」

 シアとリディがその姿で町を歩いたというが、一体どんな感じだったのだろうか。二人のそばには護衛なのか、体格のいい人たちが頭を下げて控えている。おそらくというかもちろん、二人はこの人たちを引きつれて町を歩いたんだろう。そこまで考えて、これ以上想像することはやめることにした。




 門をくぐって、用意された馬車に乗る。二頭引きの装飾された馬車には天井はなく、風が直接当たる。車輪にゴムはないのにこの馬車も、今までの馬車も意外と乗り心地は悪くない。

 しいて言えば、貴族街とも呼ばれる場所で、三人とも平民服というのがなんともいたたまれない。せめて箱型の馬車だったらよかったのに。風は気持ちいが、すれ違う紳士や貴婦人方の視線が痛い。

 シアの家に着くまでに感じた居心地の悪さからか、馬車に乗っている時間が相当長く感じた。

 落ち着けるようになったのは、貴族街のある門をくぐってからだった。門は目線より随分と高いはずの馬車に乗っていても、そこからさらに顔を上げた。目的地であるシアの家の敷地内に入ったのだろう、それから人はほとんど見かけない。


 敷地内をしばらく進んで到着したのはこれまた立派な建物の前だった。つい先に訪れたヒースのところと並ぶくらいの大きさだ。

「ようこそ我が家へ」

 出迎えてくれたのはシアと双子のイルだった。イルは学院内でも見られていた一般的な貴族の服を着ている。差し出された手に、私は自分の手を重ねて最初に降り立った。

「イルが出迎えてくれるの?」

「ん、まあね。出迎え……というよりはこの二人の服装をどうにかしたいだけなんだけど」

 イルが言いながら次にシアにも手を差し出している。並ぶ二人は綺麗な黄金の髪で、似ている顔は改めて双子なんだなと実感させられる。

「あぁ、なるほどね……。最近私、イルと気が合うって思うことが増えたかも」

「僕も思う。……ヒナには悪いけど助かるよ、いろいろと」

 最後を少し強調させて、イルが肩をすくめる。それに私は声を出さずに笑っていると、使用人の人たちに押されるようにして、シアとリディが屋敷へと連れて行かれていた。彼らは慣れているのだろう、駄々をいうシアたちを受け流しながらあっという間に屋敷中へ入ってしまった。

 

「はぁ、やっと……来て早々慌ただしくてごめん。ヒナは僕が案内するから」

 扉が閉まると周囲には控えていた使用人の人たちがいなくなっていた。馬車も気付かない間に移動して、もういない。

「え? あ……うん。――うん、イルのほうが安心かも」

 学院内では真面目なシアやリディだが、今はイルと一緒にいた方が安心だろう。なにかとだ。

 それにしても、シアは意外に抜けているところがあるのかと新たな面を知った。完璧な人間はいないってことだ。

「ヒナ、入らないの?」

 先ほどの光景から抜け出せずにいたところへ、イルが声をかけてきた。いつの間に移動したのか、イルが扉を開けて待っていた。

「あ、ううん。お邪魔します!」

 小走りで扉をくぐる。使用人の人が扉を開けるわけではないんだと、何となく思った。ヒースの所ででもだったが、全てを使用人任せというわけではないみたいだったし。

 そんなことを考えながら足を踏み入れた私は目の前に現れた光景に、入口で歩みを止めてしまった。


「わ……ぁ、なにこれ、すごい……」

 自然と感嘆の声がでた。顔を上げてぐるりと見渡す。はぁ、と出したため息のまま、私の口は渇ききるまであけっぱなしになっていた。

 中に入って広がる広間は一言で、豪華だ。対称な2股の階段はいつか見た映画のよう。所々に置いて……飾られている花瓶や像、宝石などはまるで美術館だ。実をいうと私は日本でもだが、美術館なんて行ったことはないのであくまで想像なのだけど。

 行ったことがあるのは修学旅行で何かの資料館くらいで、しかしそれともまったく違った。たとえば教科書で見る西洋のお城の内部とかに近い。目線を下げれば床も、雨の日なんか土足では絶対に居心地悪く感じるだろうほどにきれいに磨かれている。

「どう? 気に入った?」

「うん……すごい。なんかよく分かんないけど、すごい」

 くすくすと笑うイルの声が広間に響く。天井は高くて、窓には当たり前にガラスがついている。指紋なんてもちろんついてなさそうで、結構な広さがある広間だけれど窓ガラスのおかげで中も十分明るい。

「この家は何世代前から受け継がれているから実はとても古いんだ」 

「そうなんだ。でも全然分かんないよ」

 そう、まったくわからない。イルに言われなければ、気付かないかもしれないくらいに。

 それは丁寧に手入れが行き届いているからか、大切に使われているからか……うん、その両方だろう。

 私がひとりで頷いているとイルが壁を指さした。

「絵を見て。壁に描かれてる。所々で絵が違うのはわかる?」

「ほんとだ」

 壁には直に絵が描かれている。床近くから天井までだ。

「あれは少しずつ書き足したものなんだ。少しずつって言っても世代ごとだから数十年の差があれらの絵の違いなんだよ」

「へぇ」

 色使いとか、線の大きさの違いとか、まったくの絵の素人の私でもそれは気づいた。絵の違いが描かれた時代の違いというならば、イルの言っていた通りにこの建物はずいぶん昔たら使われているのは事実となのだろう。

 


「――日頃からそれくらい熱心だと私どもも安心でございますのに」

 天井付近を見上げていた私たちのすぐそばに、いつの間にか女性が立っていた。私やイルの母親といっていいほどの年齢であろうその女性はきっちりと結い上げた髪に、シアたちを連れて行った使用人の人たちと同じ服を着ていた。ただ少し、目の前の彼女は他の人たちより大きめな体格である。

 おそらく1階のどこからか来たのだろう。階段も玄関も人が通ったのは見ていないから。

 私が彼女を見ていると、視界の端でしまったと顔を歪めるイルが映った。

「げ……いたのかマリアンナ……」

「げ、とはなんですか。私は初めからおりましたよ」

「いやぁ、まぁ……」

 どうやらマリアンナという彼女に顔が上がらないのだろう。イルはここの主人であるはずなのに変なの、と私は心の中で笑った。

「それより。イル様、レディをいつまでここに立たせておくんですか?」

「え、あ? 分かったよ。ヒナ、こっちだ」

 早く逃げ出したいのか、イルが私の背中を軽く押してくる。その際2人を交互に見ていた私は偶然、マリアンナと目が合った。

 前髪も一緒に上げているからか、釣り目気味にもみえる目が私を数秒、じっくりと捉えているのを感じる。見られているのが気まずくて腰を曲げてお辞儀をしたら、彼女にも深く頭を下げて礼を返された。

 

「――まったくかなわないよ、あの人には」

「怖い人なの?」

 並んで廊下を歩きながら私が聞くと、イルは片腕を首裏にやりながら「うーん」と唸る。

「怖いっていうより厳しいんだよ。マリアンナは侍女頭で、僕らが幼いころは教育係もしていた。僕はいっつも勉強から抜け出してたんだ――シアみたいに真面目な生徒じゃあなかったってこと。だからマリアンナにはその度に怒られて……。今でもその時のことが忘れられないのか、どうも苦手」

「ああ、それで。でもイルは今もそれほど真面目ってほどじゃないよね」

「いや、ヒナに言われたくないよ。この前授業で寝てたの見たから」

 互いに顔を見合わせて吹き出す。どっちもどっち、五十歩百歩だ。結局はイルと私、似ているところがさらに増えたということになった。

 ある扉の前でイルが立ち止って、私も一歩斜め後ろで立ち止まる。

「ここでしばらく待ってるとシアたちも来ると思うから」

 イルが片方のドアノブを握って扉を開けた。玄関の豪華さとは違って落ち着いた部屋だった。

「イルは?」

「ちょっと用事。夕食までにはもどるけど……ま、女性同士の方がなにかとゆっくりできるんじゃない?」

「なにそれ」

 イルの言い方に笑ってしまった。

 室内に入ってソファまで案内される。ソファの前にあるテーブルには私たちが来るのを知っていたのか、焼き菓子や果物が置いてあった。飲み物はないけど、シアたちがきたら先ほどのマリアンナさんのような人たちが用意してくれるのかもしれない。

 私は座ってイルは立ったまま、互いに「後で」と手を振った。


 

 テーブルに並ぶお菓子を眺めてごくりと喉を鳴らす。それほどお腹がすいているわけではない。

 ただおいしそうに並ぶお菓子からの甘くて少し香ばしい薫りとか、色とりどりの果物とか、視覚だけではなく嗅覚も合わさってお腹が刺激されているみたいだ。リコット亭や外の出店で見たことのあるものや、まったく見たことのないものまである。

 じっくりと眺めていると、お菓子にかなり顔を近づけていた。ソファから前のめりになっていたのを慌てて背筋を伸ばす。首を回して辺りを見回してほっと息を吐いた。誰かに見られていたら、とても恥ずかしい恰好に違いない。

「……立って待ってよ」

 座ってまっててとは言われなかった。そう思って立ち上がった私はとりあえずお菓子のあるテーブルのそばから離れることにした。

 

 私は部屋の中を歩きながらきょろきょろと視線を彷徨わせる。来客用なのか、家具ではなく観賞用の置物があるので時間がつぶせそうだ。

 真白の壁には大小の絵画が飾られていた。額縁に納められている絵は私の見たことのないどこかの風景や、人物画などである。人物画はおそらくシアやイル――家族の描かれているものだ。私が知っているよりもう少し幼い姿の彼らに自然と顔がほころんだ。

 その他もゆっくりと歩いて見て回っていた私は途中、足を止めた。

 私の目の前には大きな暖炉があった。壁に備え付けの暖炉は今の季節柄、最近使われてはいないようで、中に灰などはなくきれいに掃除してある。大きさはしゃがめば私がひとり、いやふたり分、簡単に入り込めるくらいに大きい。だが私が足を止めたのは、その暖炉を見るためではなかった。

 暖炉の高さは私の目線丁度か、それより下程に位置している。暖炉の火をたく部分は壁から出っ張っていて、上の部分には物が置けるようだ。

 その暖炉に乗せられ、飾られているものに私は見覚えがあった。

「――え? これ」

 正確には私が知っているものに似ているのだ。外観ではなく雰囲気が。


 私の見つめる先にあるのは青い石が美しいひとつのペンダントだった。透明感のある青色は、真っ青な空のような色。シアやイルの瞳と同じだ。

 他の置物同様、飾られるように箱に入って立て掛けられている。もちろん触ることはせず、しかし代わりに顔を近づけた。

 きっと高価なものに違いないそれはでも、私が知っているものに、似ているのだ。

「――おばあちゃんのゆびわと似てる」

 知らず、私は呟いていた。

 

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