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 背丈の倍以上ある高さの本棚は、しかし絵本や子供用の本はせいぜい私の腰辺りまでしか並んでいない。もう見慣れてしまった本の並びに目線を落としながら歩く。

 図書館の出入り口まで連れてきてくれたアスフィは少し離れたカウンターにいる。そしてアスフィの腕から顔を出したロウも。図書館の人にロウのことで話をしているのかもしれない。ここで犬はもちろん、動物を見たことはないから。

 だから何か話をしている彼らを放って外に出るわけにもいかない。私は話が終わるまでの間、時間をつぶすように本に視線を巡らせた。

「――あれ?」

 棚の隅に古ぼけた表紙の絵本を見つけた。何度か来たなかでも、初めて見るそれは日に焼けているのか、表紙の絵も文字も薄い。残念ながら表の文字は薄くてほとんど読めない。しかしだからか、その一冊に気を引かれた。

 私は床に膝をついて腕を伸ばす。本に触れようとしたとき、背後から聞き覚えのある声が掛かった。 

「何か気になる本でも見つけたのかね?」

 振り返って、声の聞こえた方へと顔を上げる。――あ、と声を上げる前に立ち上がった。

「あ、いえ――気になるというか。ただ何となく……」

「ここには君の好きな絵本も豊富にあるからな。気に入るものが見つかるじゃろう」

「そうですか――」

 私は数度、瞬きを繰り返すと途中で口をつぐんだ。傾げて、ロータス学院の院長であるエーヴァルトを見上げる。

「何度か見かけたことがあってな。だいたいこの辺りでじゃったか」

 学院長のいうこの辺り、とは絵本が多く置いてある棚周辺である。学院長が私を見かけたことがあると言っているが、図書館へ来るたびにここに立ち寄っているのは確かだ。

「何度か……そんなにですか? 気付かなかったです」

「遠目でな。見るたびに違う本を持っているのをチラリとな」

 学院長の目が弧を描いたように細くなる。私は自分の頬が熱くなるのを感じて瞳を横にずらした。

「え、絵本の他にも借りたりします。授業、で参考になる本とか」

 言い訳がましいと思いながらも口は止まらなかった。小さな子供ではないのに絵本ばかり借りていると思われるのはさすがに恥ずかしいから。


「君は本当に――――だ」

「え……?」

 かすかに呟かれた声のせいか、よく聞き取れなかった。私は聞き返すために学院長の顔を見返えした。

 私自身の癖なのか、普段話す相手の目を見て話すことは少ない。それに遠目では見たことがあった学院長の顔をこんな間近で見るのは初めてだ。まじまじと見たわけではないが目じりに見えた多く重なる皺は、学院長の人となりを表しているようだと思った。

 それから、視線は合っているはずなのに学院長の目はどこか遠くを見ている気がした。



「ヒナ」

 離れた場所から私を呼ぶ声に反応したのは学院長だった。

「呼ばれているよ?」

「あ、はい。――失礼します」

 場所が図書館であるため小声で、首を軽く下げただけの挨拶をした。――おそらく学院内であっても格式ばった礼をするわけでもないが。一応の挨拶をしてから学院長から離れた。

 

 歩いてアスフィの元まで戻ると、まるで用意していたかのように質問された。

「何を話していたんだ? あの人と」

 あの人――とはつまり学院長である。アスフィが自分の祖父であるはずの学院長をあの人と呼ぶのがなんだか可笑しくて、でも顔には出さず笑いを飲み込んだ。

「何か気にいった本でもみつかったのかって。学院長もやっぱりここに来るんだね。私のことも見かけたことあるって」

「……それだけか?」

 そうだ、と言えばアスフィはひとり頷いて、それ以降口を閉ざした。もともと口数の多いわけでもない事を知っていたから私も会話の続きを求めることはしない。

 図書館の出入り口へ向かうアスフィの後ろに続く。ロウはまだアスフィの腕の中だ。姿ははっきりと見えないが、アスフィの腕の隙間から垂れる尻尾がゆらゆらと揺れている。

 

 扉から外へ出る際、背後を振り返った。学院長の姿はもう見えない。

「……そういえば」

 誰の通りのない出入り口に向かって独り言を漏らした。その際に風が揺れて、私は空に顔を上げた。図書館から数歩外へ出ただけで空気は軽く、深呼吸すれば様々な匂いが鼻を通っていく。

 そして太陽の眩しさに顔をしかめながらも思い出した。学院長の瞳が自分と同じ紫色だったのを。

 本来はひとりひとり違うはずのその色合いは、でもどこか似ていた気がした。自分や遠くの家族と重なるようで、不意に懐かしさがこみ上げる。


「――どうした?」

 先に進んだはずのアスフィが途中で立ち止まり、振り返っている。まだ図書館の出入り口付近にいる私を不思議に思ったのだろう、ロウも普段は立ち上がっている耳をしな垂れさせて私を見つめていた。

「んー、なんでもないっ」

 言って、私は跳ねるように土を蹴った。瞳にこみ上げていた懐かしさを気づかれないように腕で拭って。

 にっこりと笑うのが、いつもの私だ。 


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