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3

 

「一見、ただ並んでるように思うけど、よく見ればそうじゃないって分かるんだよ」

 出入り口近くには絵本や雑誌。奥に進めば小説や詩、学問書など。さらに2階には専門的な書籍がある。

 私がつい今までいた中央にあるカウンターには常時、図書館員がいる。そこからまっすぐ左右に分かれた本棚は数こそ膨大で、冊数でいえば驚くべき数字なんだろうと見ただけで想像できる。

 何度か訪れてみて、ようやく迷子にならないようになってきた。とはいっても、全てを把握しているわけではないのだけれど。

「……小さな子や親子づれを入口近くでみるのはそのせいなんだ」

「そうだねぇ、奥へ行けば学生なんかが多いしね」

 説明を聞きながら私の視線はきょろきょろとさまよう。本棚や本棚の前で立読みをする人、梯子にのぼって本を探す人などに向かって、せわしなく動き回っていた。

 

 

 ――さきほど、リコット亭の使いで図書館に来ていた私の前に現れたヒース。彼とは何度か会ったことはあったが、それはイアンや殿下たちなどと一緒のときであって、1対1は初めてだ。

 ヒースと私は個人的な知り合い、友人ではないが、見ず知らずの他人ではない。

 この何とも言えない奇妙な関係に、世間は意外と狭いなと前を歩くヒースの背中を見上げた。


「あんまり見つめられるとドキドキしちゃうなぁ」

「な……! 見て、……や、見たけど!」

 前を行くヒースが歩みを緩めて私に振り返った。その際に艶やかな銀髪がさらりと揺れる。

 私の反論を面白そうにヒースは唇に弧を描く。男であるはずの彼に私はつい見とれてしまった。

 もちろんそんなことを口にするはずもないが。

「やっぱり君っておもしろいよね」

「おもしろくないです」

 ふい、と顔をそらせば「くくくっ」とヒースが笑いをこらえる声が聞こえる。やっぱり苦手だ、そんなことを思う私の横で。

「…………が気にするのもわかるよ」

 ぼそりと呟かれた言葉を全て耳に入れることはなかった。私は空いた両手を後ろ手にくみ、そっぽを向いていたから。



 

 奥へ奥へと進む。2階には上がっていない。

 何度か角を曲がり、すでに一人では戻れないところまで来てしまったようだ。

 扉も何度かくぐっている。書棚はどの壁にも設置してあり、本もびっしりと並んでいて、改めてその数の多さに息をのんでしまった。

 

 利用者の姿が見当たらないのに気付いたのは、3度目の扉を通ったときだ。

 鍵を使い、重厚な扉を片方だけ開く。キィ、と金属音を鳴らしながら閉まる扉を振り返りながら見ると、家紋のようなものが刻まれていた。

「あの、どこまで行くの?」

 そういえば何も聞かされていない。ただ、私の前に現れたヒースの後についてここまで来てしまったのだ。

「うん、あともう少しだから」

「……答えになってないよ」

 はぁ、と息をつく。ヒースとのまともな会話はほとんど諦めることにした。

 

 先導するように私の前を歩いていたヒースは今では横に並ぶように歩いている。手には私が持ってきた料理の入ったかご。

 料金だけ貰って帰ればいいことに気が付いたのはついさっき。

 でもこんなところで一人にされても出口までたどり着ける自信なんてないから、そのことは口にしまった。





「ここからは限られた人しか入れないんだ」

 一応ね、と突然言い出したヒースに、目の前にあらわれた景色に、私はぽかんと口を開けた。

「――わ、あ……。なにこれ、図書館にこんなところあるなんて」

 4番目の扉をヒースが開けたら、美しい庭園が広がっていた。

 人工的に刈り取られ、形作られた草木や花ではない。木の一本一本がどっしり根を張り、草や花が気ままに風に揺れている。

 人によっては手入れがなっていないと言うかもしれない。

 だけど、のびのびと枝葉を伸ばすこれらの木や花は、そう、とても素敵じゃないだろうか。

「ふふ、図書館にこの庭があるんじゃなくて、ウチに図書館と庭があるんだ」

「へ、え……。こんな素敵な…………って。え! ウチ?!」

「そ。この庭の奥にある建物、あれが家」

 ヒースが言いながらある方向を指さす。

 いくつかある巨木の隙間から、建物らしきものを見つけた。

「家、っていうか城!」

 ヒースはさらりと、何でもない風に言うが、私の頭は大混乱だ。

 図書館の裏に広大な庭だけではなくお城のような建物。外にあった王都とは比べ物にならない。

「うーん、さすがに王城よりはかなり小さいよ。ロータス学院よりも小さいし」

 比べるものが規格外すぎてついていけない。

 首をかしげるヒースに対し、私は苦笑いを送った。 


 話によればヒースの一族は魔法に精通しているそうだ。長く続く家柄は、その知識を図書館として開放した。もうずっと昔の話だ。

 また、内政はもちろんロータス学院にも一族の人間が少なからずいるという。

 それがどういう意味か私にわかるはずもないが。

 それにしても。ヒースも貴族ということか。

 ヒースが平民だとか思ってたわけではない。ただ見るものすべて、私が知っている場所とは違いすぎたから。

 その違いにうまく対応できていないのだ。



「――さ、ヒナこっち」

 呼ばれてヒースを見る。

 まだ図書館の扉付近にいる私から離れた場所にヒースは移動していた。

「でも……ここって限られた人しか入れないんだよね?」

 この景色を見たばかりに聞いた言葉。

 限られた人物とはたぶん家族や使用人なんかだろう。もちろん私は含まれていない。

「僕がヒナを呼んで連れてきたからいいの。さ、こっち」

「えぇ、本当にいいの?」


 内心、興味があったからついて行くことにした。

 素敵な庭、お城のような館。わくわくしないという方がおかしいに決まってる。

「すごい! 広い!」

 だから興奮が声にあらわれてしまうのも仕方ない。

「その分、家の中の移動が大変なんだよねぇ」

「何それ! 羨ましい!」

「じゃ、僕のとこ、お嫁さんに来る?」

「遠慮します!」

 やっぱりねー、と言うヒースの顔は楽しそうだ。

 

 

 


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