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「ただの動物じゃないよね――意思を持った妖精だ」
太陽のような輝きの瞳を細め、ランセル殿下はそう言うと私からロウへと目を向ける。言葉は発さないものの、同じようにヴェルリル殿下もロウを見ていた。
あえて隠していたわけではない。それでもロウが動物ではないと言った事はなかった。
ランセル殿下の言った言葉に私はごくり、と息を飲む。
抱きしめているロウからほんのりと熱が腕や胸に伝わる。トクトクトク、と感じるのは私自身の心臓。
どんなに強く抱きしめても、ロウの心音は伝わってこない。
それはロウが動物ではないからなのか、それとも違う理由があるのか。
「……何も言わない、ということは否定しないととる」
口をつぐんだままの私とロウにヴェルリル殿下が堅い口調で言う。その雰囲気や言い方に出るのは意味のなさない声だけ。
「あ、……え、と」
「だまってないではっきり言え」
言われて、逆に口をつぐんでしまった。
緊張か恐怖か動揺か、視線を逸らすことができない。私は何も悪いことなんてしていないはずなのに、なぜかすくんでしまう。
視線の端には肩をすくめるランセル殿下。
きっかけはランセル殿下のひと言だというのに、今はあきれ顔でヴェルリル殿下を見ている。しかし、呆れた顔とはいってもヴェルリル殿下に口を挟もうとはしないようだ。
「――おい、」
何も言わない私にヴェルリル殿下の声がしだいに険しくなる。おそらく、私が何かを言わなければこの状態が続くのかもしれない。
私は覚悟を決め、一度大きく深呼吸すると口を開いた。
「ロウは――」
「うるさい奴らだな」
私の声に重なったのは聞きなれた声。
それまで黙っていたロウがけだるげに、しかしはっきりと言葉を発した。
「ロ、ロウ……?!」
「まったく、黙って聞いておれば」
ほとんど自ら人前で声を発したことのないロウのためらいもない様子にロウではなく、私があわてる。
「……やはりな」
ロウ自身が動物ではないという明らかな証明――話す、ということをしたため、手間が省けたと言わんばかりのヴェルリル殿下。ロウから視線を移すとにやり、と口角があがっていた。
「あんな風に、ヒナに問わずとも気づいていたのだろう? 私のことを」
「……そう、気づいていたんでしょ……って、え?」
「あぁ。だが、確信をもったのはついさっき、だが」
「……『あぁ』って、え……?!」
私を無視してのやりとりに、ただ困惑してしまう。だがその間にも話は進んでいく。
「国で地位のあるぬしらが1人の人間、しかも平民出の人間を気にかけるのは妙だからな」
もぞり、とロウは身じろぎをする。私の腕から離れ、地面に足をつけた。
「なるほど、な」
ロウの言葉にヴェルリル殿下が目を細める。気のせいかもしれないが、ロウを見下ろすその目は面白そうに笑っているように見える。
「確信をもったのはついさっき、ということは前から感づいていたということか」
「……さすがに賢いな」
笑みが深まる。顔の表情は大きく変わっていないはずなのに、声やちょっとした顔の動きで伝わってくる。
ロウとヴェルリル殿下の話に耳を傾けていると、前からロウが妖精だと気づいていたようだ。なぜ分かったのか、今の私には想像がつかない。
授業で習った? そう考えてみたが、自分とロウに関係する事柄なのだから、そういった授業があれば忘れるはずがない。もしかして、学年が上がれば勉強することがあるかもしれない。
まだまだ分からないことだらけだ。学院に入学してから少しは知識をつけたはずなのに。
私にはまだ学ばなければならないことがたくさんあるらしい。授業で、自分で、図書館で。
無知のままでは分からないことも勉強すればきっと分かるようになる。そしてそれがゆびわやおばあちゃんの家族につながるかもしれない……。
「――ごめんね?」
「え……?」
ひとりでふけっていると、私と同様あまり口を開かなかったランセル殿下の声が降ってきた。いつの間にか隣に立っている殿下に驚きながら傾げる。
「突然だったし、驚いたかもしれないと思ってね。ヴェルの言い方も、怖かったでしょ?」
だからごめんね、と申し訳なさそうに詫びる殿下にあわてて首を横に振る。
「い、いえ。私こそ隠したりして……。や、少しだけ、怖かった、ですけど……」
うろたえる私にランセル殿下は数度瞬きをしてくすり、と肩を揺らした。
「少しだけ、ね」
「ちょ、ちょびっと、……これくらいです」
親指と人差し指で隙間を作る。面白かったのか、言い繕うために言葉を言いかえるとさらに笑われてしまった。ランセル殿下の笑い声につられて、私も口を緩める。
「……多分、僕らは気にかけたと思うよ。妖精のことがなくても」
「はい……?」
少しの間の後、小声でつぶやかれた声。言葉は聞き取れても、どういうことなのか分からずにランセル殿下を見上げるようにして聞き返した。
「いいや」
そう言ったランセル殿下の返事に首をひねりつつも、私は笑い返した――見上げた先にあった優しいほほ笑みに。
「――何を見惚れておる。行くぞ」
笑いながらランセル殿下を見上げる私をどう思ったのか、ロウが声をかけてきた。
「なっ、何言ってるのっ」
ロウに言われてランセル殿下から視線を外すと、ロウとヴェルリル殿下が視界に入った。表情では分からないが面白がっている口調のロウと、こちらも同じように見ただけでは分からないがなぜか険しい目つきのヴェルリル殿下が私たちを見ていた。
「そっちも終わったようだね」
言いながら、ランセル殿下が前にでる。ロウやヴェルリル殿下の視線に気が付いているはずなのにまったく動揺しないようだ。
「それじゃあ、行こうか」
ランセル殿下が振り返る。言葉と同時にぽん、と何かが頭を撫でた。
「あ……」
気づいた時には背を向けて、私の前を歩く殿下。
殿下の背を見ながら触られた場所にそっと手を当てる。――とくん、と心臓が跳ねた気がした。