お泊り計画 1
「―――え、シア達の家に?」
私は口に含んでいた果物をごくり、と飲み込むと目の前に座るシアに聞き返した。
今私たちは1日の授業が終わり、食堂で夕食をとっている最中だ。入学当初よりも若干暑くなったからか、中には半袖の人もいる。確かに最近は夕食の時間帯になっても肌寒さを感じることはなくなった。
私はシアを見ながら冷えた果物に手を伸ばす。
「そうよ。ようやく学院の生活にも慣れてきたし、次の休みは一度家に戻ろうと思って。それでヒナもどうかしらって思ったの。もちろんリディも一緒よ」
シアはそう言いながら首を横に傾げる。実年齢はともかく、見目が私よりも大人っぽいシア(自分で思いながら少し悲しくなってきた……)は時折かわいらしい仕草をする。そして今、そのかわいらしい仕草でシアが問いかけてきた。
「……ごめん、その日は用事があるの。あ、嫌ってことじゃないから! また誘って!」
私が断りの返事をすると、シアは少し肩を下げる。そんな様子のシアに私はあわてていい繕う。
「まったく、シア様のお誘いを断るだなんてどういうことですの? 信じられませんわ!」
「~だからぁ、ごめんって言ってるじゃん。本当に用があるんだよ」
シアに向かって両手を合わせながら、謝りのポーズをしていると横からリディが声を張り上げた。
シアの隣に座っているリディはシアの肩に手を添えながら私を非難するような目で見る。そしてリディに慰められているシアは、というと……
「いいのよ、リディ。ヒナにはヒナのやりたいことがあるのだし。……友人だから休みの日まで一緒にいたいだなんて、しかも家に呼ぶだなんて、ずうずうしいわよね」
「―――シア様! なんてお可哀そうにっ」
2人はそういいながら肩を抱きしめ会う。
なんだかシアの言葉がセリフじみているような気がするのは思い過ごしかな? リディにはそんな気配はまったくしなかったけど。
少しわざとらしいシア達を見ながら私は苦笑いする。
「んー、夕方とかなら大丈夫だけど。……でも迷惑でしょ? 遅くな―――」
「―――そうだわ。家に泊ればいいのよっ!」
私が再度、断りの言葉を言っていると、途中で遮るようにシアが声をあげた。
「……え?! シアの家に?」
「どうして思いつかなかったのかしら。お茶会などを催したことはあったけれど、……私としたことが……」
シアはそういいながら「いいわね」なんて1人で納得している。リディも、「わたくしもご一緒してもよろしいのですか?」なんて聞き、シアも「もちろんよ」などと答えている。
「えーと、私の意見は……?」
進んでいく計画に、置いてきぼりの私。でも楽しそうな2人を見ながら「まぁいっか」と息を吐いた。
「そういえばさヒナって……」
私の隣に座っているイルが話しかけてきた。イルはお泊りの話を女子3人でしているときには特に横から口をはさむわけでもなく、もくもくと食事をとっていた。お泊りの話がシアとリディの間で盛り上がってきた今、私に顔を向ける。
「ヒナって休みの時はいつもなにしてるの? 学院の用事ってわけじゃなさそうだし」
「あぁ、リコット亭に帰ってるのよ。お世話になったし、休みの日くらいは手伝いたいと思って」
イルの問いに小さく笑みを浮かべながら答える。
私たち1年が学院に入学して1カ月が経つ。大分、授業や寮での生活には慣れてきた。まだ戸惑うことはあるし、実を言うと同級のシア達3人と先輩のイアンや殿下達しか友人と呼べる人物はいないのだが。
それでも魔法や豪華な建物、7階まで登らなければいけない寮の階段にも徐々に慣れてきた。宿題や学院の用事などではまだ不慣れな部分もあるが、随分ましになったのではないだろうか。
「ふ~ん……。それはイアンもってことだよね?」
「あー、イアンは時々、かな」
口を濁すようにいう私に、イルは「そうなんだ」と言うとそれ以上は聞いてこなかった。
まだお泊りの話で盛り上がっているシア達の話に加わったイルを横眼で見ながら内心、ほっと息をつく。
今、イルと話していた通り、休みの日になると私はリコット亭のある王都へと行く。それはもちろん、さっき話していたように手伝いをするためだ。店のみんなは「たまには遊んだらいいのに」と言われる。それでも休日のたびに行くのはお世話になった、というのもあるけど1番は居心地がいいからだ。
というのも学院では貴族階級などの人達が多く、話をするだけで疲れを感じたりするのも原因かもしれない。学院に入学する前に王都でお世話になっていたリコット亭のみんなやお客さんたちとは違う、話しかけにくい、とでも言うのだろうか、そんな雰囲気を漂わせているのだ。
「今、リディとイルと話したのだけど、本当にヒナも今度の休みの日は家に泊りにこない? 確かその日の夜、父様や母様はいないとおっしゃっていたから、そんなに気兼ねしなくても大丈夫なはずよ」
もちろん数少ない友人であるシア達はまったくそんな雰囲気を感じさせない。身分からして違うのに、気さくに接してくれる。それと同時に気を使ってくれているのも分かる。
「うん、それじゃあ参加しようかな」
「ヒナが夕方からなら、王都のどこかで待ち合わせするといいんじゃないでしょうか」
私が参加するという言葉を聞き、うれしそうに笑うシアに向かってリディが話しかける。
リディは平民と貴族を区別している。しかしそれは差別的な意味合いではなく、貴族は国の名を背負っていて国民を守るものという考え方からきているのだと今では分かる。最初こそは、リディの言葉に不快な気持ちを抱いたりしたけど、そんなリディの考え方を知って見方も変わった。
ただシアやリディ達のような見方をしている人間は多くはないということもこの学院に入学して分かったけど。
「わざわざ待ち合わせって……、迷惑かけちゃうし。住所と何時に行くかっていう時間さえ決めてたらなんとかなると思う」
「そう? まぁ王都にある家は分かりやすい場所にあるし、私やリディが迎えに行かなくても大丈夫かもしれないわね」
シアはそう言いながら小さな笑顔を見せる。
「そうだよ。んー、後で一応簡単な地図とか書いてもらうとうれしいなぁ」
「それじゃあ……」
着々に進んでいく計画に時折頷きながら話を聞く。しばらくそのまま話を続けていると隣でイルが「ふわぁ」とあくびをした。
「ねぇ、僕そろそろ寮に戻るよ」
「あらもうそんな時間?」
「シア様、続きはまた後日にして、わたくしたちも戻りましょう」
テーブルにある皿をまとめながら寮へと帰る支度をする。そしてイスから立ち上がったリディが私に顔を向けた。
「わたくしたちは先に寮へと戻るけれど、中央棟で待っていてもいいわよ?」
「ううん、部屋に帰っていいよ。お風呂の時間とかもあるし。あ、ロウはシアかリディの部屋に連れて行ってもらえると助かる」
わかったわ、と返事をするリディに手を振りながら見送る。シアとイルも「頑張ってね」と私を振り返っていた。
私は入学して数日たってから学院の雑用……アルバイトをしている。入学手続きなどはリコット亭のラネさん夫婦に手伝ってもらったがお金に関することは断った。遠慮するな、と言ってくれたのだが卒業までの7年間もの長い間、お世話になり続けるのは心が痛いからだ。
幸いにもロータス学院には私のように何か事情がある人間のために、奨学金制度が存在している。それには条件が存在するのだが、それさえ承諾すれば学院の生徒なら誰でも奨学金を受け取ることができるのだ。
「さあて、さっさと終わらせますか」
扉の外へと出ていく友人たちから目をそらすと私は扉と反対側、調理場のある方へと体を向ける。
奨学金を貰う条件の1つである仕事をするためだ。今からするのは食堂を片づける手伝い。その他にも先生からの用事で外に行くこともあるし、授業のアシスタントのようなものもある。1年の私にはそういった仕事は少なく、今からする片づけや掃除の手伝いが多いらしい。
そしてこれらにはお給金がある。仕事の内容で変わるらしいがそれでも働いた分だけ貰えるのはありがたい。……それにシア達も私のことを応援してくれているし、冷たい視線や言葉にも慣れた。
テーブルにまとめられた食器を持ち、今夜の仕事場である調理場へ行く。
『―――あの子でしょ? セレシア様方と一緒にいたのって……』
『そうよ、なんであんな子と……。それに殿下と話しているのを見た人もいるらしいわよ』
こそこそと、それでもはっきりと聞こえるように言っている。
『入学当初から優秀で学年上位なわけでもない、なんの取り柄のない平民が……』
シア達のいないときに、あえて聞こえるように囁かれる。入学して数日は突き刺さるような視線だけだったけれど最近ではこういった言葉をよく聞くようになった。
『さっさと辞めればいいのに』
ぐさり、と突き刺さる言葉。
きっとシア達にいえばすぐにでも収まるだろう。でも言えなかった。理不尽な言葉だと思っても言われていることは正しいと私自身感じているから。
さっき計画したお泊り計画。数少ない学院の友人と過ごす休日はきっと楽しいものになるだろう。
……何も起こらなければいいけど。私はこそこそと話している人達に視線を送ることもせず背を向けた。