2
「あれ? その犬どうしたの?」
中央棟へ入ると、先に来ていたイルが暖炉の前にあるソファーに座って待っていた。夕食時だからだろうか、周りにはあまり人はおらず閑散としていた。
私たちが来たことに気付いたイルはシアが抱いているロウに興味をもったみたい。
「ロウって言うの。私の部屋で飼っているんだけど一緒に夕食へ連れて行こうと思って。……って犬とか食堂に入れても大丈夫かな?」
そういえば、と思った私は3人に聞く。シアに抱かれているロウの頭を撫でながらイルが答えた。
「大丈夫なんじゃないかな。ヒナのように動物を飼っている人も多いみたいだし」
イルはそう言いながらシアの腕からロウを抱き上げた。ロウは特に嫌がりもせずに、されるがままのようだ。イルがロウの前足を「にくきゅう~」とぷにぷに触っている。
肉球を触られるのは嫌なのか、ロウは若干身体をよじらせる。しかしイルだけではなくシアにももう片方の前足を掴まれ、身動きが取れなくなってしまったらしく、諦めたようだ。
ロウの肉球を触る2人を見ながらリディはもう耐えきらないという感じで「わ、わたくしも……!」と言いながら、シア達に混ざっていた。
+ + + +
私たちが寮の棟から外へ出るとすっかり夜になっていた。歩きながら今日の授業のことや夕食のことなど、他愛のない話をしながら食堂へと向かう。部屋を出てからシアに抱きっぱなしにされているロウは先ほどイル達に肉球を含め、体のいたるところを撫でられた為か、疲れてぐったりした様子だ。
私はロウを伺いながら、3人と共に食堂の中へと入っていった。
「本当に大丈夫なのかな? ロウを連れてきて……」
私は中へ入ってすぐに3人に再度問いかけた。するとイルがある方向を見ながら「ほら、あそこ」と視線で示した。イルの視線の先にいたのは―――
「あ! ……鳥?!」
私の知っている鳥の中でいうなら、例えば鷹のような鳥が天井付近を飛んでいた。
その他にも猫がテーブルの下から出てきたり、ロウと同じ(本当は狼なのだけど)犬も見かけた。鷹のような鳥はともかく、その他は注意しなければ気がつかないと言うほど数は少ないが確かにいる。
たくさんではないけれど動物がいることが分かり、私は安心して中に入ることができた。
他の学生たちも私たちが動物を連れていても特に気にしないようだ。これなら朝や昼も連れてくれば良かったと思いながら座る席を探す。たくさんの人で賑わっているが、それ以上に中も広いので座る場所に困ることはない。空いている席もいくつか見つけたが、私たちは出入り口の奥、朝と同じ場所に座ることにした。
「あら、先客がいるみたいね」
私たちが座ろうと思っていた場所には先客がいた。そしてその先客の正体に1番に気がついたらしいシアが声を出した。
「私たちもご一緒してもいいかしら? ラン兄さま」
シアが話しかけた先にいたのは、シアとイルの従兄弟である王子2人だった。シアに声に気がつき「あぁいいよ」と、優しげな声で返したのはラン兄さまと呼ばれた王子殿下だ。確か名前はランセルだったな、と思い出しながらシア達に倣って席に着いた。
「ラン兄とヴェル兄だけ? イアンはいないの?」
椅子に座るとイルが対面するように座っていた2人に話しかけた。私たちがいるテーブルは長方形で、その端に腰をかけている2人に対して話しかけるため、イルは体を横に向けた。
「イアン? 今の時間は見ていないな。ヒースとアスならさっき見かけたけど」
「そっか、ならいいや」
どうやらイルとイアンは今日1日で結構仲良くなったようだ。ランセル殿下の言葉に返事をしたイルは「料理持ってくる」と言って席を立った。私も、とイルの後に続く。……シアとリディはここでもロウを撫でくりまわしていたので、おいて行くことにした。
「うわぁ……どれにしよう」
ズラリと並ぶ料理に「ごくり」と唾を飲んだ。手に持っているのは2枚のお皿。私はそのお皿を持ったまま何を食べようかと思案する。
「あー、どれもおいしそう~」
独り言を言いながら料理を物色していると背後から声がかかった。
「それ以上皿のどこに盛るんだ?」
「……ぅえ?」
後ろを振り向くと同じように料理をとりに来たイルとヴェルリル殿下がいた。それで私に声をかけてきたのは殿下の方。イルは「意外に食べるんだ」と目をぱちくりさせている。
そんな2人のお皿を見ると……そんなに変わらないんじゃないかと思う。……うん。
確かに私の持っているお皿にはすでにたくさんの料理で溢れていた。でもこれくらいは普通じゃないのかな、と思いながらイル達のお皿を覗いた。するとあまり変わらない量に私のことを言えないじゃん、と言いたいところだが心に留めた。あともう少しのせようと思ったけどまた何か言われるかもしれないので席に移動した。
「あら、わたくしたちの分まで持ってきてくれたの?」
「ありがとうヒナ。ロウが可愛くって料理とりに行くの忘れてたわ」
「えっ、えっ……?!」
そう言いながら私が持ってきたお皿から料理を小分けにしていくリディとシア。私はそんな2人を交互に見ながらあわあわとするだけだった。
「―――あれ? 量減ってない?」
後から来たイルが私のお皿を見て言った。「もうそんなに食べたの?」と、また目をぱちくりさせている。
「ま、まあね」
せっかく自分好みのものを選んだのにと肩を落としながらぱくり、と少なくなった料理を口にいれた。
「おいしー!」
私は料理をおかわりすればいっか、と考え直して食べることにした。
「君が今日ヴェルと授業で一緒になったんだよね?」
「……え? あ、はい」
お腹が空いていたために、目の前にある料理にばかり集中していたので少し遅れて声の主の方を見た。もぐもぐと口に含んだ状態だったので一度飲みこんで返事をする。ちなみに料理はお代わり済みだ。
「ヴェルから聞いたよ、すっごい下手なんだってね」
「え、……」
くすくすとランセル殿下は肩を揺らす。私の横に座っているイルはランセル殿下の言葉を聞くと「そうなの?」と不思議そうに私を見てきた。
片方の口角をあげて、ひくひくさせるが何も言葉を返さない。いや、返せない。色々な意味で……。
私は言葉の原因となったヴェルリル殿下をチラリとみた。澄ました顔をしながら料理を口に運んでいる。その流れるような動きはまさに王侯貴族といえる……じゃなくて。
ランセル殿下の話は聞こえているはずなのに、話の始まるきっかけとなった本人はちらりとも私を見ようとはしない。
「でも『これからに期待だな』とも聞いたよ」
「え、……」
「おい、ラン」
私がヴェルリル殿下へ目を向けているとランセル殿下が続けて言った。
そしてさっきはピクリとも反応せず、料理を口に運んでいたヴェルリル殿下がランセル殿下の言葉を止めるように口をはさんだ。
「うん、ヴェルが他人のことを話すなんて珍しかったからね。あ、君のことも言ってたよ」
ランセル殿下はヴェルリル殿下を流して話を続けた。リディにも「なかなかやるみたいだね、さすが、と言うべきなのかな……」と言っている。
「……おい」
「珍しいというのはイアンの時以来だからかな? あの時は『あいつ誰だ?』なんて聞いてきたんだよね」
ヴェルが知らないなら僕も知るわけないのに、とランセル殿下は歯切れよく続けた。
終始にこやかに話し続けたランセル殿下に対し、気に食わないことでもあったのだろうか、ヴェルリル殿下はむすっとした表情になった。
「そういえば2人のこと名前で呼んでなかったよね。イルやシアのようにヒナ、リディと呼んでもいいかな?」
「で、殿下にそのような呼び名で言われるのは……」
「だめってこと?」
ランセル殿下の提案にもちろんだめですっ、という雰囲気のリディ。しかしどうやらランセル殿下の提案に反対できなかったようで……。
「イルとシアもそう呼んでいるんだし、いいよね?」
「……はい、もちろんです」
最終的には頷くことになったようだ。
イルとシアも2人の殿下の従兄弟、つまりは王族なわけだが直系ではない。だが、王子と言われる殿下たちは違う。さすがにいづれ未来に王となるであろう人物から愛称で呼ばれることは抵抗というか、恐れ多いのではないのだろうか
あまりそういった感覚が分からないという私もその気持ちはなんとなく理解できる。
しかしそんな私たちの気持になんか気付かないのか、笑顔で「僕のことはランでいいから」なんて言ってくる。……これに対してはリディと本気で遠慮させてもらったのは言うまでもない。