1日目、夜
外はまだ夕日のおかげで暗くはないが、寮の中は明かりをつけないといけないようだ。
暖炉やソファー、お風呂といった施設のある寮の中央棟では私たちが入るとすでに明かりが灯されていた。
その光はもちろん魔法の光。どことなく暖かさを感じることができるその光は2階まで吹き抜けとなっている中央棟全体を灯している。壁はもちろん天井にもあかりはついており、その明かりの下で授業から戻った学生たちが自由に過ごしていた。
ひとまず自室に戻ろうということでイルとは別れて女子寮につながる扉の中へと入った。
「はぁー、またこの階段を登るのか」
そう呟いたのは私。なにせ7階まで登らないといけないのだ。そう呟いてしまうのは仕方がないと言い聞かせる。
授業では体力的にそこまで疲れなかったためまだ余裕のあった私は先ほどの話で気になっていたことを尋ねた。
「ねぇ、魔法科には私のような、いわゆる平民? の学生は少ないんだよね。貴族の人達は入学する前から、勉強して試験に臨んでいるからって……」
「そうね、もし同じくらいの潜在能力を持っている者が2人いたならより勉強している人の方が合格する確率は高いと思われるわね」
私の質問にそう答えたシアは「あまりいいことだとは思っていないんだけどね」と続けた。
私は階段の手すりを支えに登っている。そして時折「ぎしっ」と階段を軋ませながら話を続けた。
「あまり良い言い方ではないけど貴族と平民だったら、魔法を学んだことのある貴族の方が有利だし、それをほとんどの人が当たり前のように思っているわ」
「でも、私やイアンみたいに貴族じゃなくても、合格、してるよね?」
若干息切れし始めた私とは違い、シアはまったく疲れをみせない。一緒にいるリディもシアと同様、息を乱さず登っている。
「多くはないけれど、毎年数人はヒナのように合格している人はいるわ。……それを受け入れたくない人が多いのだけれど」
「―――どういう、こと?」
「卒業生は望めば何かしら国の中枢、例えば王宮内で働くことが約束されるわ。殆どが魔法に関する場所、軍や魔法士団なのだけど……」
言いにくいのか途中で言葉を詰まらせるシア。先をなかなか言い出さないシアに代わって代弁するようにリディが話し始めた。
「つまり、平民出の者には従いたくないという者達がいるのですわ。そう言うわたくしもその1人なのですけど」
「リディ!」
はっきりとした物言いで説明したリディにシアが咎めるかのように声をかけた。私の知っているリディならシアに対して反論的な言葉は言わないはずだが、今は違うようだ。
「わたくしは幼いころから魔法やその他について厳しく教育されました。それはシア様やイル様をお守りする為もありますが、両親や兄の元、一生懸命に励みましたわ。国の為に、民の為にと言われて励んできたのに平民の下にはつきたくないのです」
話し方は淡々としているがリディの目ははっきりとした意思を宿しているかのようだ。シアもそんなリディの目を見ていた。
「貴族は王族と民の為にあるとわたくしは考えていますわ。民には民の役割があり、……時には例外もあるでしょうが国を成り立たせるためにはそれぞれの役目を堅実に全うする必要があるのです。だからと言ってヒナが平民だからとここで学ぶことを否定はしませんけれど」
そのリディの話を聞いて「だからリディはイアンをよく思っていない感じだったのか」と思った。はっきりとは言葉に出さないもののリディのイアンに対する態度はあまり良いものではなかった。
きっとイアンが「優秀」と言われているのが原因かもしれない。私に対する態度とは違うところがあったから。
それでもリディがこんなことを考えていたなんて。私の中では初めて出会った時の印象とはかなり変わったものになっている。
私がそう思っているとシアが言葉をつけたした。
「リディのような考えの人もいるのだけど、実を言えば単に差別的に見ている人がほとんどなの。恥ずかしいことだけどね。魔法は貴族が使うものだとか、リディの言っていたこととは反対に民が国、貴族の為にあるという考えの持ち主も多いわ」
「そうなんだ……」
まだそういった差別されるような場面(リディと初めて会った時は除いて)には運良く? 出くわしていない。
そうこうと話していると部屋のある7階へ到着した。廊下を歩きながら私の前を歩くシアが後ろを振り向いた。
「私たちはそんな考えを無くしたいの。だからヒナやイアンには頑張ってもらいたいわ」
「わたくしはイアン・リザーズの下では働きたくないですけれど」
「それならリディがイアンよりも上にいけばいいじゃない」
なんだか話が違う方向へ進んでしまったけどシアとリディが楽しそうに(多分)話しているのでそのままにしておいた。
それにしてもイアンのことばかり話している2人に「私は?」と思い、言葉を投げかけた。
「ねぇ、私は? 私はイアンみたいに優秀になれると思う?」
先ほどまで話していた内容を思い出すと、私にも魔法の力が伸びる可能性がある、ということを言っていた。だから2人に聞いたのだけど…………、
「うーん、リディの話を聞く限りまだ先は長いと思うわ」
「今日共に授業を受けてみて、わたくしも先は長いと思いましたわ」
お互いの部屋の前で立ち止まり、2人は私に向かってそういった。
シアはから目をそらして、リディは苦笑いで。
「そんなぁ~」
私が悲しむように言うと、2人は「まだ始まったばかり」と励ました。励ましながらなぜか笑いをこらえているような顔をしているのは気のせいではないみたい。
私が「ははっ」と笑うとつられてシアとリディが笑った。
「ただいま~」
がちゃり、と部屋に入るための扉を開いた。部屋の中は夕方、夜近くになっているために暗いと想像していたがなぜか明るかった。
明るさの理由はどうやら光と火の妖精たちがいるためらしい。昼、とまではいかなくとも仄かな明かりが私を出迎えてくれた。
「ようやく帰ったか」
「ロウただいま。……これってロウの仕業?」
私は部屋の中をふわふわと浮かぶ妖精たちを示しながら聞いた。妖精たちは私の視線を感じたのか、「なになにー?」とでも言うように周りに集まってきた。1つ1つは蛍の光のような小さな光だけど集団になると結構な明るさだ。
私はそんな妖精たちに少しあたふたしているとロウが「気がついたら集まってきたのだ。丁度暗くなってきたし、集まっていたこやつらは明かりにするのに適していたからな」なんて言ってきた。
「そんな理由で……。ま、まぁ部屋の明かりに困らなくてすんだけどね」
妖精たちも嫌がっているわけじゃなさそうだし、いいか、とそのままにしておくことにした。
私はロウに「これから夕食に行く」と言ったところ、ロウもついて行くことにしたらしい。部屋にいる妖精たちはそのままに、持っていた荷物を置き、身軽になった私はロウと部屋の外へ出た。
「あら、ヒナも準備できたのね?」
「うん。シア達を待たせちゃった?」
「いいえ、私たちも今出てきたところだから大丈夫よ」
部屋を出るとシアとリディが待っていてくれた。シアは私と一緒に出てきたロウを見ると「夕食に連れて行くの?」と聞きながら抱き上げた。
「今日は1日部屋にお留守番させっぱなしだったしね」
私はそう言いながらシアに抱き上げられているロウの頭を撫でた。私以外の人がいるため、仔犬のふりをしているロウはしっぽを振りながら「くぅ~ん」と鳴く。
そしてなぜかロウを見つめたまま黙っていたリディはロウの鳴き声を聞くと、ぴくり、と反応していた。
もしかして苦手なのかな? と思った私はリディにロウも一緒で大丈夫かと尋ねた。
「リディ……もしかして犬苦手?」
「えっ?! い、いえ、大丈夫ですわ」
その言葉に私はほっと息をつくけど、リディ本当に大丈夫なのかな?
そう思っていると「さ、イルも待っていると思うし行きましょう」とシアがくすくす笑いながら歩きだした。私はそのあとに続きながら後ろを歩くリディをチラリと振りかえった。
……その時、先頭を歩くシアに抱かれながら揺れるロウのしっぽを見てリディが「しっぽ……もふもふ」と小さく言っていたのは私の聞き間違いだろうか?