迷子??
「やぁっとついたー」
寒空の下、はーっとため息をつくと白い息が漏れ出る。随分と歩いたので疲れた。舗装をされていない地面にしゃがみこむと、兄から檄を飛ばされる。
「しゃがむと余計きついぞ。まだもう少し歩くんだから」
置いて行くぞーと言いながら兄は私の前を歩いていく。
それにしてもお兄ちゃんはお弁当やらお花やら線香やらといった荷物を持っているはずなのに、全然疲れてないみたいだ。私なんて携帯や財布、飲み物とちょっとしたお菓子を入れている小さめのバッグしかもっていないのに。2~30分ほどしか歩いてないが、でこぼことした山道にため、冬のはずなのに少し汗っぽい。
よいっしょ、と言いながら勢いをつけて立ち上がる。先に行った兄をみると、もうお墓のあるお寺の奥へ行っているようだ。
しゃがんで中途半端に休んだせいか、それとも舗装されていないでこぼことした山道を歩いてきたせいか、すでに少し足が筋肉痛になったみたいだ。
「こりゃ、明日は本格的に筋肉痛になるかも」
私は独り言を言いながら、兄の後を追いかけてお寺の入り口から境内に歩いていく。
そこはあまり大きくはないお寺で、お墓の数も少ない。私たちはバスに1時間程度乗って、途中から徒歩できた。私たちの住んでいる町もそこまで都会ではなくて、近くに大きなショッピングセンターがあるくらいなんだけど、ここは降りたバス停の目の前にコンビニが1軒だけしかないようなとこだ。
簡単に言うと、田舎ってこと。
でも、空気は澄んでるし、森の中は鳥や虫、そのほかの動物たちの鳴き声が聞こえ、私は思わず足を止めてしまいそうになる。森と反対に位置するところには海がある。バスで海沿いの道を進み、停留所で降りた。そこから海に沿って少し歩き森に入り、車一台分くらいの幅の道を寺まで歩いてきた。
私たちは鳥たちのさえずりをきき、町中よりも自然の中に多くいる彼らの声を聞きながらお寺まで行ったのだ。
+ + + +
着いて早々、枯葉やコケなど墓標からゴミを取り除いていく兄。手際の良さに入り込む余地はない。
「ぼーっとしてないで、なんか手伝え」
「いや、逆に私がいたら邪魔じゃない?」
その勢いだったら手伝う必要ないんじゃ、と思いながら言う。て言うか、なんでそんなに体力あるわけ?
「私はもう足が痛いのに、お兄ちゃんは疲れないわけ? その体力少し分けてよ」
男女の差があるにしても、まったく疲れをみせない兄に向かって言う。私だってほかの人よりは体力ある方なんだけど。
「雛と違って鍛えてるからな。それと、こういうときは頭を使わないと」
冬なので枯葉が多かったが、兄の動きのおかげで随分早く終わりそうだ。私も一応手伝って、集めた枯葉を森へと捨てに往復した。この分だとあと少しで休憩だ。来る間にお昼を食べていなかったから、この様子だともう少しでお弁当をたべれるかもしれない。
「頭を使うって……お兄ちゃん魔法使ってる!」
「俺だって魔法使わなきゃ、もうへとへとになってるよ」
今まで気づかなかったのか? って感じでいじわるな笑顔を見せる。その兄の手元にはほうきと、一生懸命お墓をきれいにしようとする小さな妖精たちがいた。はっきりとした姿は見えないが、細やかな風が起きて、枯葉が一箇所に集まっていた。
「もしかして、ここに来るまでも魔法使ってたの?」
「ま、要は人にばれないように要領よく使えばいいんだよ」
得意げに笑う兄に無性に腹立たしくなるのは当然だろう。
「いつもは家以外で使うなって言うくせに」
私は唇を尖らせ文句を言う。だって、私だけ疲れるなんて。
確かに平日の冬である。墓参りする人は私たち以外誰もいないようだ。
兄を手伝っていた妖精たちの中の何匹(匹と呼ぶのかは不明だが)かが、「どうしたの?」っていうように、私たちの間をふよふよと浮かんでいる。少し癒された。
まだにやにやしている兄に腹が立ったので、ここから見える海まで行ってお昼を食べる時まで遊んでようと思い、お寺を出ていく。ぜぇったい手伝わないんだから!
「おいっ! どこまで行くんだ? あんまり遠くへ行くなよー」
「海まで! お弁当残しといてよ!」
もう歩き始めていたからか、最後の方はあまり聞こえなかった。
お墓からもすぐ近くに見えるように、このお寺は歩いて行ける距離に海があった。しかも人気の少ない田舎のせいか、夏でもプライベートビーチのようらしい。今年は高校生になるんだし、家から少し遠いけど夏に友達と来てみたいな。
春までまだ先ということもあって、吹く風は肌を刺す寒さだ。この様子だと長時間いるのは少々厳しい。
しばらく歩いたら戻ろうかななんて思いつつ、砂浜を歩く。
私が今歩いているのはそこまで広くはないけれど、ゴミなどがまったくないきれいな浜辺。一人で歩いてるって思ったら、兄を手伝っていた妖精の何匹かがついてきていた。彼らはおばあちゃんのゆびわをしている私の右手人差指あたりを飛んでついて来ている。
私たちが言う魔法とは、妖精たちの力をかりて行うもの。たとえば、枯葉を集めていたのは風の妖精たちの力だ。兄が寺まで歩くときに使った魔法も風の力をもった妖精たちのものだろう。
そうやって私と兄は妖精の力を借りて、魔法を使うことができる。
でも一方的に彼らの力を使うことをしたりはしない。私たちは力を借りる代わりに、魔力を与えるのだ。彼らは力を使うために魔力を必要とし、私たちのその魔力は食べ物、野菜や肉といった大地が私たちに与えるものに含まれている。そして妖精たちが魔力を得ることで水や風といった自然の源である彼らの力が増し、自然が潤っていく。
そうやって力はめぐりめぐっていくのだ。決して一方的ではいけない。
もし、どこかが止まったりしたら力の均衡がとれなくなり、妖精たちは消え、私たちは力を使えなくなり、大地は枯渇してしまうだろう。
だがらこそ、私たちは彼らに力を借りたらお礼に魔力を与えるのだ。
これらのことを教えてくれたのは私たちのおばあちゃんだった。
おばあちゃんは私たちに物語を語りながら、魔法の使い方を教えてくれた。
生まれたときたら妖精を見ることができて、それを言うと友達に変に思われたり、瞳の色のことでいじめを受けたこともあるけど、おばあちゃんはいつも笑って受け止めてくれたのを思えている。
おばあちゃんがいなかったら、人の目を気にして外に出られなかっただろうし、一方的に奪うだけの魔法を使っていたかもしれない。いじめを受けても頑張って学校に行ったから親友にも出会えたのだ。彼女は初対面の私に向かって「きれいな瞳ね」と笑ってくれた。
今頃おばあちゃんは天国でおじいちゃんとお母さんといるのかな、と考えながら歩いていた足をとめる。もうお兄ちゃん掃除おわったかもと思い、お寺に戻るため来た道を戻ろうと振り向こうとした。
「えっ!?」
そのとき、右手にはめているおばあちゃんのゆびわが私を包むように光を放った。
ゆびわの周りにいた妖精たちは驚いたのだろうか、すでにどこかへ行ったようだ。
「な、なに!? 助けてっ、お兄ちゃん!」
そして、浜辺には私の姿はなく、声だけが残った。