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1年の同級生たちは思い思いに魔法を繰り出していた。そして先輩たちが後輩たちに注意や助言、褒めたりもしている。
先生は最初に「今日は朝学習した基本的な魔法を練習すること」とだけ言うと後は5年生に任せ、自身は歩きまわりながら生徒を見て、時々指示をしているようだ。
同級生たちは時折教科書を確認したり、先輩のお手本を見ながら練習している。
そして私も朝習ったことを思い出しながら呪文を唱える、のだが――――――
「もう一度だ」
「え、……はい」
「……はぁ」
慣れない呪文に私自身気付かずに戸惑っているのか、なかなか上手く出来ない。「もう一度」と言われるのは何度目だろうか、一緒にしているリディはあきれたようにため息をついている。
「ルーメ」
私が練習しているのは光魔法の初歩中の初歩。同じく練習していたリディは1回で殿下の満足いく魔法を出したが、私が何度も失敗しているため、ずっとこの調子だ。
呪文を唱えると周りにいる光の妖精が淡く光り、成功したように見える。しかし光ったと思ったらすぐに消えてしまい、また光の強さもとても儚いものなのだ。
そしてお昼の時間に私が1人で練習していた時もこんな感じだった。
私よりもかなり背の高い殿下から「ふざけているのか」とでも言いたそうな眉を寄せている顔で見下ろされる。
そんな風に見られれば誰だって緊張して失敗するよ、とは言えずただただ呪文を唱え続ける。
「魔法について少しは習ったんだろう? どのようにして魔法を唱えている」
リディがため息をついてからまた何度目かの光魔法を練習していると、殿下が私に聞いてきた。
どのようにして、というのは朝の言語の授業で勉強したやり方だろうか? そう解釈した私は先生に朝教わった通りのことを言った。
「まず自分が使いたい魔法、例えば光魔法だったら光の妖精を感じ取り、……すぐ近くにいないときは呼びかけたりします。そして、必要な呪文を唱えます」
模範とまではいかないにしても、大体は合っているはず。呪文も短く、間違えてはいないはずだ。
何がみんなと違うのだろう、この学院に入学してもよかったのか、と不安になりながら私の前に立っている殿下を見上げた。
「……おい、確かパッセル家の者だったな」
殿下は伏し目がちに何かを考えると、私の横にいたリディに声をかけた。リディはいきなり殿下に話しかけられて驚いたのか声を裏返しながら返事をしていた。
「な、なんでしょうか?」
「手本を見せてやれ」
殿下にそう言われるとリディはおどおどしながらも、私に光魔法の手本を見せるため呪文を唱えた。
リディが片方の手を挙げ「ルーメ」と言うといくつかの光が私たちの周りに灯る。リディとの違いを見極めようとするが、特に違いが見つからず私は途方に暮れる。
すると殿下が私の手を掴み、手を挙げているリディの手に触れさせる。急に手を掴まれた私は最初「な、何?」と驚いたが、リディの手に触れた瞬間その驚きは違う驚きへと変わった。
「……暖かい?」
それは人の体温とは異なる暖かさ。言葉では言い表しにくいけど、なんというか、体中を満たすような、心地よい暖かさ。
手に触れているだけなのに、ずっとこのままでいたいとも思う。
「それは『魔力』だ」
「魔力、ですか?」
殿下が声を出すのと同時に、リディは魔法を止めたらしい。リディの手は通常の体温に戻っていた。
名残惜しみながらその手を離すと、私は殿下の方に顔を向けた。
人が妖精に魔法の力を求めるように、妖精は人の魔力を求める。それは人なら誰にでもある力。
人は自然から食物を得ることで、魔力といわれる力を手にすることができる。いつの時代から魔力と言われ始めたのかは定かではないが、古から伝わっている。
目にははっきりと見えるものではないが、感じることはできる。今、私が呪文を唱えたリディの手を暖かく感じたように―――
「―――そして、魔力は妖精が魔法を使うための力だけではなく、人にとっても大切なものなの」
「な、なるほど」
私と殿下、リディのやりとりを見ていたらしい先生が、途中から入り込んできた。魔力についての説明をにこやかに教えてくれる。
横にいるリディが「いつの間に……」と言っているのが聞こえた。言語の授業でも急に現れて驚いたが、もうそろそろこの登場に慣れてきたかも……。
私はそう思いながらも、先生の説明に耳を傾けた。
「だから本来なら誰にでも魔法は使えるのだけど、その魔力を留めるための容量が小さかったり、うまく制御できない人は魔法を使うのが苦手ということ。魔法を使えないと言われている人のほとんどは、容量が小さいから妖精に与える魔力自体がないか、とても微量なのよ。無理して魔法を使おうとすれば命に関わることもあるほど」
詳しいことはこれからの言語の授業でやるから、と言うと先生は「頑張って!」と言いながら他の生徒たちの元へと向かっていた。
「……だから俺が言いたいのは、呪文を唱える際に魔力が伴っていないのではないかということだ」
立ち去る先生を見送った後、殿下が改めて話を始めた。……何だかため息が聞こえてきたのは気のせい?
呪文に魔力をのせ、それを妖精に渡す感じだそうだ。
昔、まだおばあちゃんが生きていた頃、私と兄はおばあちゃんに魔法の使い方を教えてもらった。その時も確かそんなことを言っていた。しかし私は魔法を使い終わった後、妖精に私の力である魔力を与えていた。今の説明を聞く限りでは魔法を使う前に魔力を与える必要がある。
もしかして知らないうちに渡していたのか? ということは、魔法を使う前と使った後、2回も魔力を与えていたということだ。……多分そうなのかも。
とにかくやってみるべし!
そう思うと私は一回深呼吸して周りにいる光の妖精を感じ取る。私は呪文を使わないで魔法を使う時のように、どんな魔法を出すか想像する。そして魔法を使い終わり、妖精に魔力を渡す時に自分の魔力を一点に集中させるのと同じ要領で、手に魔力を集めた。
妖精を感じる、魔法を想像する、魔力を手に集める、……そして呪文を唱える。
「……ルーメ」
私は今日何十回と唱えた呪文を、今度は魔力をのせ妖精に届けた。
すると辺りにいた妖精たちが次々と光り出す。今までは心許ない光だったのが、昼の今でもはっきりと確認できる強さの光だ。色は黄色に近い色だけだが、最初よりは確実によくなっている。
「やるじゃありませんの!」
「へへっ……、ありがと」
リディがはっきりと褒めてくれるのがうれしくて、なんだか照れてしまう。
それでも目に見えて成長するのが分かると、とてもやりがいを感じる。
私は成功するきっかけとなった殿下にお礼を言うため顔を少しあげた。
「殿下、ありがとうございました!」
私は歯が見えるくらいの笑顔を殿下に向けた。私の笑顔につられてか、口ではそっけなく「まぁまぁだな」とは言っていたが、殿下もほんの少しではあるが口角があがったように見えた。
周りでまだ光っている妖精たちが私の気持ちに応えるようにふわふわと浮きながら輝く。
それを見た私はまた頬を緩めてはにかんだ。