初めての授業1
「へぇ、授業はこの建物内でするのね」
「今からあるのは言語の授業か、もう行ってみる?」
シアとイルの会話を聞きながら今、授業が行われる建物の入り口までやってきた。
そこはもう馴染みのある場所、入学試験や歓迎会の行われた広い中庭を持つ建物だ。
その建物の扉からたくさんの学生が次々に入っている。先を歩いていたリディが「さぁ行きましょう」と建物入り口すぐの位置からこちらを振り向いた。
朝食中に会ったイアンと殿下は私たちよりも先に教室へと向かっていった。残った1年組の私たち4人はまだ時間もあったので、特に急ぐわけでもなくゆっくりと食べ、教室のある建物へと向かったのだ。
私は建物内の廊下を歩きながら周りを見回す。友人たちと話しながら教室へ向かう学生に、忘れ物でもしたのか、走って私たちが入ってきた扉から外へと出ていく学生もいた。学生以外を見る。明かりは魔法でできているみたいだがそれ以外は予想外に魔法を感じさせない。建物の中は入学試験の際に1度入ったことがある―――でも実を言うと動く階段とかあるかななどを期待していたのに……。昔読んだことのある某小説に影響されているとは思うのだけど、少し残念……。まぁそれは初めて学院内に入った時から気付いていた。
私は友人3人の後ろを歩きながらぶつぶつ言っているとその声が聞こえたみたいで「動く階段……? 何を言っているのです?」とリディが話しかけてきた。他の2人も不思議そうな顔をしている。
あわてて何でもないと伝えると「そう?」と前を向いてくれた。―――ただリディが変な子、とでも言うようにあきれた顔をしていたのには気づかないふりだ。
「―――ここかしら。……新入生はこの教室に入るように、と書いてあるしやはりここね」
シアがある教室入り口前に貼ってある紙をみて立ち止まった。イルとリディ、私の3人もシアの後ろから紙を見る。どうやらこの教室らしい。初めての授業だから丁寧に教室を教えてくれているのだろう。
昨日歓迎会が終わり、部屋に戻ると置いてあった院内の地図、今シアが持っている地図には時間割と教室の名前が一応載っている。でもその地図だけで目的の教室にたどり着くには少し困難かもしれない。どこも同じような扉が並び、一見しただけでは見分けがつかないからだ。
私たち4人は同時にホッとため息をつく。
そして一度互いの顔を見合わせると教室の扉を開いた。
教室の中には教卓と黒板、そして机と椅子。これだけ言えば私が知っている教室と同じだ。
しかし私はその教室をじっくりと眺める。壁には呪文だろうか、貼り付けてある紙の上にぎっしりと文字が書かれ、壁一面に埋め尽くされている。窓以外の壁がそのようになっていて少し異質な感じ。
壁を見ながら3人の友人の後に続き、席に着いた。私が座ったのは1番前、隣にはリディが座った。
固定された長机は隣の席と繋がっていて、椅子だけが自由に動かせるようだ。教卓を中心に、左右に分かれた机が並び、1つの机に4人が並んで座れるようになっている。
私たちは4人で1列に座らず、後ろにシアとイルが座った。席につき、手提げを机に置いた私は後ろに座る2人に顔を向けて話しかけた。
「ねぇ言語の授業ってどんなのかな? 他の国の言葉とかかな?」
「んー、僕は呪文のことだと思うけどどうだろう?」
魔法を使うには普通、呪文を使用するのが一般的らしい。イルが言うには、古の時代は言語と呪文が同じものだったそうだ。そのため今からある言語の授業とはその呪文を学ぶのでは、と思っているみたい。確かにここは魔法科、というくらいだしどの授業も魔法に関係するのかもしれない。私はイルの言葉を聞きながらそう考える。
「教科書を見る限り、イルの言うとおりだわ……」
イルの隣に座っているシアが私と同じ教科書をパラパラとめくりながら話す。昨夜のうちに予習でもしたのか、まっさらの私の教科書とは違ってすでに折り目がついている。
教科書を見ていたシアは目線を私とイルに向けると「もちろん事前に教科書を読んでいるはずよね」とでも言いたげな目で見てきた。
「う、うん。私もシアと同じ考えだよ」
「僕も、……最初から呪文の授業だと思ったよ!」
少しだけどんな教科書かと思って昨日の夜ベッドの上で見ていたんだけど、眠気に負けて眠ってしまった。朝も結局教科書を見ておらず今を迎えている。……多分イルも同じ感じだろう、私と似たような反応で言葉に詰まりながらシアに返事をしている。
私の横ではリディが「さすがシア様とイル様ですわ」と褒めている。そんなリディの教科書もしっかりと開いた跡があった。
「ほら、静かにしなさい!」
私たちが話していると女性の声が教室に響いた。
声のした方向は私の後ろ、シアとイルにとっては前から。私は体を前に戻すといつのまにか教卓にいた女性を見る。
ここの先生って気配を消して急に現れるのが当たり前なのかな? エーバルト学院長も入学試験や昨日の歓迎会の時、急に現れてびっくりしたから。
先生だと思われる女性が教室にいる同じ1年生に着席するよう声をかける。その同級生たちも私と同じようにぱっと姿を現した先生に驚いていた。
それまでに散り散りになっていたみんなは急いで椅子に座る。ガタガタと椅子を引く音が教室に響いた。
「みなさん、おはようございます。……言語の授業がみなさんにとって初めて受ける授業ですね。人によっては家庭で勉強したことがあるかもしれませんが、この授業は全員基礎から学んでもらいます」
それではさっそく始めましょうか、と言葉が続いた。そして自己紹介などもなく、ロータス学院魔法科1年の初授業が開始した。
魔法を使うには妖精の力が必要だ。これは誰にも変えることのできない大原則。
そして呪文とは妖精と人とを繋ぐもの。人は呪文で妖精に頼み、妖精は魔法という力を与える。また、呪文には人の持つ魔力を妖精に与える要素も含まれる。
人以上に修業したものや相性の良い妖精に対して魔法を使う際に呪文を必要としないときがある。
それはいわゆる無詠唱といわれ、呪文というものが無くとも人と妖精が意思疎通できる場合のみ、発現できるそうだ。
しかしほとんどの人は呪文を唱えて魔法を使い、この授業では先ほどシアやイル達と話していたように呪文について学ぶみたいだ。
「それではなぜ呪文学ではなく、言語学という授業なのか分かる人はいますか?」
先生は教卓に手をのせ、みんなの顔を伺っている。私は先生の問いに疑問符を浮かべたように首を傾げた。
先生が「あら、誰も分からないの?」と教室を見回す。私は1番前の席なので後ろの様子は分からないが先生の言葉からすると誰も手を挙げるなど、解答への意思表示をしていないようだ。
それともまだ慣れない間柄で分かっていても目立つ行為は避けたいのかもしれない。―――そう思っていたら後ろから「はい」と声が聞こえてきた。
「今では『呪文』という括りですが、昔、妖精が私たち人と共に暮らしていた時代、その頃は誰しもがその呪文を日常で使用していたからです。そして―――」
その声は私の後ろの席にいるシアの声だった。12歳であるシアの声はその年頃の少女独特の高い声ではなく、幼さが見えない大人の女性のような声だ。その声が教室全体に広がった。
「―――今は魔法を使用する際に呪文を使います。ですが、当時はその呪文が人や妖精の共通語であったため、当時の名残を残して呪文学ではなく『言語学』といわるのだと思います」
さして長くはない説明が終わると同時に今度は先生の声が響いた。
「えぇ、そうね。今答えてもらったように呪文は大昔に使われたいた言葉で、古代語または妖精語ともいわれます。この授業では呪文を使うために、呪文について学んでいきます。もちろん呪文というくらいだから、魔法も少しは使うわよ」
シアの解答が満足いくものだったようで、先生はにこりと笑顔で話す。
周りでは「おおっ」というような感じで小さく歓声が上がった。声の中には「さすがセレシア様だわ」なんていうのも聞こえる。そしてその少しざわついた生徒たちを静かにするため、また先生が声を出した。
今度は声で注意するだけではなく、持っていた教科書の背表紙で机をカンカンと叩く。少ししてざわめきが落ち着いた。そして教卓の上に置き教科書を開くと本格的な授業が始まった。