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1日目、朝


 からりと晴れた空。春独特の暖かさを含んだ空気が辺りに広がっている。

 ふと、窓から外を見ると鳥の群れが空を自由に飛んでいた。窓を閉めたままの空間なので鳴き声は聞こえないが、鳥たちが風の妖精と戯れながら気持ちよさそうに飛んでいるのは分かる。

 

 私は窓から目を離すと、昨夜準備しておいた手提げの中身をもう一度確認することにした。指定の教科書に書き込み用の用紙。これは私が知っている教科書やノートと比べると古臭く感じる。記憶にあるきれいに製本されているものではなく、中の紙が少しずれていたり紙の色がまちまちだったりとしている。また、革張りの本だったりし、もしかしたら1冊1冊手作業で作られているのかもしれない。


 荷物を確認し終わるとそれらを持ち、玄関へと向かう。玄関で一度、今着ている制服を軽くチェックし、手提げを持ったまま空いた片手で髪を整えた。この世界では靴を履き替えると習慣はなく、地球でいう西洋のように土足で家や部屋へ入る。最初こそ戸惑ったが私の中で今では当たり前だ。―――部屋にお留守番となるロウに「頑張ってくるのだぞ」といわれると、靴を履いたまま部屋の中にいた私はそのまま外、寮の廊下へと出たのだった。


「おはよう、ヒナ。今日からね」

「シアおはよ。そうだね、どんな授業かちょっと楽しみ!」

 

 廊下には私のお隣さんであるシアが立っていた。初日の今日は4人みんなで一緒に行こうと昨夜の歓迎会の帰りに話し、待ち合わせしていた。あとは向かい部屋のリディと階下へ降り、男子寮のイルと中央棟で落ち合うのだ。


「おはようございます、シア様、ヒナ」

「おはよう。リディ」

「おはよ、……じゃあ行く?」


 シアと話しているとリディが荷物を持って出てきた。シア、私の順でリディと挨拶を交わすとイルの待つ1階まで降りることにした。



「おはよー、3人とも」


 女子寮から中央棟へとつながる扉を開けると、私たちの姿に気がついたイルが声をかけてきた。周りにも私たちのように昨日の内にできた友人なのか、同じ1年生が数人でかたまり外へ出ていた。

 同級生である1年は40人という人数と何度か顔合わせしたということもあり、先輩と同級生の見分けはつく。それは年齢の差もあるがウキウキというか新しい未来が始まるというキラキラしたものがある気がするから。……まぁ私もいくらかは浮かれているのだけれど。


 もちろん1年の他に2~7年生もいる。その先輩たちの中には新入生の私たち1年に気がつくと親しげに挨拶をしてくれる人もいる。私たちは待ち合わせしていたイルに挨拶を返すと、たくさんの人で溢れかえる中央棟を後にした。


「え~と、どこに行けばいいんだっけ?」


 外へと足を踏み出した私たち4人は最初の目的地である食堂を探す。食べ物の持ち込みは大丈夫だが、朝昼夕の食事は基本、今から向かう食堂だ。なんせ無料なのだ、時間の指定はあるものの、無料ならば私は絶対に食堂を利用する!

 

「えぇと、これによると……あちらかしら?」


 どこだろう、と言い合っていると紙を手にしたシアがある方角を指差した。指が指した方にはあまり大きくはない建物。シアが見ていた紙は昨夜、歓迎会の間に扉の隙間に挟んであった学院内の地図だ。


「さすがシア様ですわ。それでは行ってみましょうか」


 リディの言葉に私は頷くと食堂であるはずの場所へと向かった。



「……ここって食堂だよね?」

「あーお腹すいた。僕何食べようかな」


 目指していた建物へ近づくと、そこは多くの学生で賑わっていた。どうやら決まりの時間はあるようだがそれ以外は自由なようで、先に食べたものは授業の教室にでも移動するのか、寮とはまた違う方角へと歩いていた。

 前を歩いていたリディとシアは先に建物の中へと入った。扉はこの時間、常時開いているのか両開きに固定され、中の様子が外からでも分かった。そういえば入学試験でみたレストランと勘違いした食堂はここか、と思い出した。あの時も外から見て驚いたが、もっと近くでみた今日はさらに驚いた。 


 そして先に入った2人を気にもずに私は立ち止まる。そしてまた考える……ここは食堂、だ。

 

「なにしてるの、ヒナ。2人とも中に入ったよ。僕も先に行っちゃうよ?」

「え、あぁと、待って!」


 開かれた状態の扉の片方に手をつきながら私の方を振り返るイルを追いかけ、私も中へと入っていった。


 

 学年、男女関係なく朝食をとる学生たち。バイキング形式なのか、入ってきたところから一番奥に列ができている。イルを追いかけるように入った私は、辺りを見渡しながらイルの後を歩く。昨夜の歓迎会が催された中庭まではいかないけれど、かなり広々としている。ここの全生徒数は約300人くらいだと思っているが、その人数は余裕で入るのではないだろうか。特に窮屈感はなく、逆に広々と感じるくらいなのだし。


 中庭も寮のある棟も私にとって規格外とは思っていたが、ここも規格外とは。なんだかここまできたら他の施設も予想がつく。それでも慣れるまではやはりじろじろ見たりするかもしれないが。


 先に入ったシアとリディを見つけたらしいイルは「あっちだ」と急かすように私の腕をつかんできた。 広いとは言っても、イルに腕を掴まれ早足の私は料理を持った人にぶつからないために注意しながら人の間を縫うように進んだ。


「あ、やっと来たわね。2人の分もとってきたわよ」

「ありがとシア。あぁ~やっと食べられる」

「ありがとうシア、リディも。大変だったでしょ?」


 4人掛けのテーブルの上にはおいしそうな朝食。すでに準備を終えたらしいシアとリディは2人並んで座っていた。イルは私の腕を離すと椅子に座った。私もイルの隣に座り、みんな揃ったところで朝食を始める。



「あれ、ヒナ?」

「ぅんっ……、イアン? おはよー……」


 今日からの授業などについて他愛のない話をしながら朝食を食べていると、後ろから声がかかった。

 口に食べ物が入っていた私は一度それを飲み込むと、声の主であろうイアンの方を向いた。


「―――っあ、」


 後ろにいたのはイアンだけではなかった。


 イアンと共にいたのは金髪に銀目である殿下の1人。私が振り向いた丁度目線の先にいたのがその殿下で、目が合ってしまった。昨日も思ったが目つきが悪い、……じゃなくて鋭い。そのため私は目があった瞬間息を飲んでしまった。


「おはようございます、ヴェル兄様にイアン先輩」


 2人に気がついたシア達3人が挨拶をした後に私も簡単に挨拶をすると、急いで顔をそらした。

 昨日、彼は私に「以前会ったことがあるか?」と聞かれたが横から違う人物の声が入り、結局答えていないままだ。そのあとも会話をすることもなく解散してしまった。もう一人の金眼である殿下は「この前村でヒース達といた?」と聞かれた。しかしやはりその前夜のことは覚えていないみたいだった。

 

 私は殿下から顔を背け料理を口に含む。しかしなんだかまだ見られている気が、殿下の視線を感じる気がする。私はその視線を振り払うようにイアンに話しかけた。


「イアンたちも朝ごはん?」

「いや、もう済ませたところ。で、これから教室へ向かおうとしたときにヒナ達に気がついたんだ」


 だから声をかけたんだよ、と続けて言うイアンに私は相槌を打つ。そしてイアンの話を聞いて思ったのだが、この2人は友達なのだろうか……?

 ―――イアンには悪いが友達には見えない。というのも、イアンの隣にいる殿下は正しく王侯貴族っていう雰囲気というか、見た感じ偉ぶった人に見える。そしてイアンは昨日両殿下の友達だと言っていたが、貴族などにつき従う人、侍従や傍仕えとでも言うのだろうか、そう言った人に見えるんだけど……。


 ……ということなど本人の前で言えるはずもないが、一見ではそのように感じた。

 しかし私と同じことを考えていたのだろう、友人の1人が戸惑いもなく質問をした。


「ヴェル兄ってイアン先輩と友達なの?」


 そしてそれはイアンでなく、もう一人の先輩である殿下に質問していた。

 質問したイルは思ったことをそのまま口に出したようで、先輩2人の返事を待っている。


「そうだ、……その前に俺にはどうして先輩と言わない」

「えーだってヴェル兄はヴェル兄だし。ラン兄のこともそう呼んでるし」

「まぁいいじゃんヴェル。……イルだっけ? 友達だけど一応俺は4年でヴェルが5年ね。先輩後輩でもあるかな」


 私は男子3人の話を聞きながら「ふーん」と頷く。私を入れた女子3人は朝食をとりながらもそのやり取りを見つめる。そして今度は彼らの話を聞いていたシアが話しに加わった。


「それにしてもヴェル兄様がラン兄様以外といるなんて珍しいわ」

「僕もそれ思った。だってヴェル兄はなんだか近づきにくそうだし、友達出来てよかったね!」

「おい……、それはどういうことだ」


 先輩である殿下とシア、イルは従兄弟だからか、言いにくいことまでつっこんでいる。

 その言葉にこの場にいるリディと私だけがハラハラし、殿下の横にいるイアンはイルの発言に声をあげて笑っていた。


「いやぁ、ヴェル達の従兄弟だからどんな子たちかと思ったけど素直でいいと思うよ。あ、それと俺のことは別に『先輩』じゃなくてもいいから」


 イアンが声をあげて笑うのが珍しい。それだけ仲がいいのだろう。身分では王族と平民である2人は学院という繋がりが無ければきっと知り合いにもなってなかったはずだ。私と3人の友人たちにも言えるだろうが、出会いとは不思議なものだ。


「じゃあ僕は遠慮なく、イアンって呼ぶね。シアとリディもそうしなよ」

「イ、イル様? わたくしは……!」

「そうよ、イル。そんな勝手に―――」

「まあまあ、ヒナも俺のことイアンって呼ぶし深く考えなくてもいいよ」


 イアンの話を聞きながら「私はイアンと同い年だから」と思ったが、盛り上がっている彼らに口は出さなかった。

 ―――あ、そう言えば私みんなに自分の年齢言ってないかも。ふと思い出したがいつでも言えるか、と考え意識を友人たちの方へと戻した。


 みんなの方をみると、どうやら結論がでたみたい。渋っていたシアとリディもイアン、と呼んでいた。ただリディはイアンと話をする際にその他のシア達とは違って、高慢な言い方に聞こえるのは気のせいだろうか……?

 なんとはあれ、私の友達同士が仲良く? なれたのはやはりうれしい。

 もう一人の先輩である殿下とは結局挨拶だけしか言葉を交わさなかった。



 


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