友達
寮の中へと足を踏み入れると、そこはまるでお城のようでした……
と、言いたくなるような内装。いや、お城なんて入ったことはないから想像なのだけど。
「うあー、広ーい!」
私たちは先輩の後に続いて男女の寮の間にある中央棟へ入った。中へ入るとまず目に入るのが奥にある螺旋階段。2手に分かれている階段はそれこそ物語のお城にありそうだ。
2階まで吹き抜けになっているみたいで、天井も高い。
入ってきたところから1階部分は中学の時の修学旅行で泊ったホテルのロビーよりも立派で、先輩も合わせると50人近くいるのに全く窮屈感を感じさせない。
「この1階部分が寮で1番広い談話室となってます。周りにあるソファーやテーブルなんかは自由に使っていいから。暖炉はやけどに注意してね」
先輩の1人が今私たちがいる場所について説明していく。
あと、1階にはお風呂場があり前にある階段の両脇に男女別で入り口があった。
2階部分は吹き抜けの周りが談話場所や食事をとれる場所になっていた。
寮の管理人さんもいるらしく、その人は2階の隅にある部屋にいるそうだ。
私たち新入生は周りをきょろきょろしながらも先輩の説明を聞いた。
この中央棟には夜や休みの日には多くの生徒がいるらしく、自由に過ごしているとのこと。
壁にはテストの日程だとか、授業休講のお知らせだとかが無数に貼ってあり、それを見るとやっとここは寮なのだと感じることができた。
「それでは男女に分かれて部屋の案内をします。女子は私に着いてきてね」
そういうと2手に分かれて寮の部屋へと移動することになった。
この中央棟から寮がある棟に入るには、中央棟にはいって右奥にある大きな扉を開くだけ。
扉を開いたその先には2階へと続く階段。左右には廊下が伸び、離れた間隔で扉が続いている。
「1年生は7階に部屋があるから。部屋わりはもう終わっていて、扉の前に名前が書いてあるからそれを見て入ってね。ドアは開いてて、荷物は届いているはずで、鍵も一緒に置いてあるはず。それとトイレは各自部屋にあるから」
女子だけで移動しながら、先輩がいろいろと説明してくれる。
洗濯や部屋の掃除なんかはいつの間にかしてあるらしいとか、部屋にお菓子を置いていると寝ている間に消えているとか……。
「聞いたことがありますわ。この寮には妖精がいて、彼らが掃除や洗濯をしていると」
「それなら私も聞いたことがあります。その妖精たちは私たちに隠れているから知らないうちに掃除がされているように見える、と言う話でした」
リディとシアが先輩の話を聞いて答えていた。他の子たちも聞いたことがあるのだろう、うんうんと頷いていた。
「ふふ、有名な話だものね。でも実際に洗濯なんかされていたら少しびっくりするかもね」
そう話しながらいくらかすると、やっと7階に着いた。
2,3階は話ながら登れていたが、7階に着くころにはみんなへとへとだった。
「あら、だらしないわね。ここで体力は男女関係なしに必要よ。まあ、嫌でも毎日上り下りしていたら体力はつくけれどね」
ええ~、という声が聞こえてくる。私もその悲鳴に同意。毎日上り下りするのを想像するだけで疲れそうだ。シアとリディを見たら、意外にも2人ともケロッとしていた。
先輩は最後にいくつかの説明と次に集まる場所の確認をすると階段を下りて行った。
「それじゃあ、部屋探そっか」
周りでお互いにそんな風に言いあうと、みんなそれぞれ自分の部屋を探していった。
「あ、私ここだ」
最初に見つけたのは私。廊下突き当たりの角部屋だ。
階段から離れているけど、分かりやすいからまあいっか、などと考える。
「私はヒナの横の部屋みたい」
「わたくしは向かい側ですわ」
どうやらシアは私のお隣でリディはお向かいさんのようだ。
偶然か分からないが、知り合いが近くにいると思うだけで安心する。
また後で、と2人と別れるとさっそく部屋の中へと入っていった。
+ + + +
「遅かったな」
「ロウ! やっぱりいたんだ。よかったぁ」
部屋に入るとロウがとてとて、と走ってきた。
私はロウを抱えて、奥へと歩いていく。
「おおぉっ! 想像以上……」
部屋は想像以上の広さだった。1人部屋だとは聞いていたがここまで広いとは正直驚きだ。
部屋に入るとすぐに居間があり、テーブルやソファ、勉強机などのが備えてある。
入り口ドアのすぐ隣には個室のトイレもあり、中も清潔に保たれていた。
居間を歩き、右の部屋に入ると寝室があった。
ベッドはもちろん、チェストやクローゼットも備えてある。
「ベランダまである。しかもこれまた広いー」
居間と寝室にベランダがつながっていた。外を見ると遠目に学院の建物が見える。
辺りは自然な林が生え、寮の周囲は庭が整備されどこかの庭園のよう。
なんだか旅行に来た気分になってしまう。
買い物などは王都の街まで行かないいけないのが唯一の不便、今のところ本当に不便はそれくらいしか思いつかない。
「ここは住みよいな。魔力が安定し、私のような妖精には快適だ」
「妖精だけじゃなくて人間も住みやすいと思う。同じ王都の中なのにここまで違うんだ……」
活気に満ち溢れていた王都とは違って、ここは物静かな自然あふれる場所。
ロウが言うように、妖精たちが住みやすいのかいたるところに気配を感じることができる。
また、妖精だけではなく動物たちも住みやすいようで、小鳥たちが私に挨拶をしてくる。
「7年間って長いなとは感じていたけど、ここなら頑張れそう」
そう1人呟くと、部屋に届いた荷物を確認することにした。
「ヒナ? 片づけ終わった?」
私が持ってきた服などをチェストに入れていると、トントンというノックと外から声が聞こえてきた。
「丁度終わったとこー、入ってきていいよ!」
寝室にいた私は大声で外にいるであろうシアに声をかけた。
どうやらシアも荷物をまとめ終わったようで私の部屋へと来たようだ。
「部屋の内装は一緒のようね。リディのところにも行ったのだけど、なんだか色々と音が聞こえてきて入れなかったわ」
肩をあげてリディの部屋の様子を話すシア。
なんだかすごそうなので聞かないことにしよう……。
「シアは早かったのね。荷物は少ないの?」
「ええ、特に持ってきてないわ。荷物になるだけだし」
意外になことにシアは少ない荷物で来ていたみたいだ。
今までの様子からシア達は貴族だと分かっていたのでかなりの多荷物なのだと思っていた。
貴族のお姫様って色々必要そうなので。
「それに、必要になれば買ってくればいいでしょ?」
……やはりシアもお嬢様だったらしい。
「ねえヒナ、」
「なぁに?」
ねえ、と話しかけながらシアはロウを膝に抱き撫でている。
私の部屋にロウがいるのに気づいたシアは「かわいい仔犬ね」と抱き上げていた。
仔犬、という言葉にピクリと反応していたロウには気づかなかったふりをしよう。
「なんと言えばいいか分からないけれど、これからよろしくね」
真っ直ぐに私の眼を見るシアに私も「うん」と頷いた。
私の返事にほっとしたのか、にこりとシアが笑う。初めて見るシアの笑顔は、それまで大人びていた雰囲気とは違って年相応の満面の笑みだった。
+ + + +
「さぁ! もうすぐ夕刻ですわ。セレシア様、まいりましょう!」
ようやく部屋の片づけが終わったらしいリディがやってきた。
私は今、シアの部屋にいる。最初は私の部屋で話していたが、シアの部屋の様子を見たいと言って入れてもらったのだ。
「分かったわ、ちょっと待って頂戴」
シアがリディにそういうと、私の方へと振り向く。
そして「お願いね」と言いながら私にウインクするとシアはリディの元へと歩いていった。
「イルディア様!」
女子寮の扉を開け、中央棟へと入るとリディが急に声をあげた。
リディが名前を呼んだ人物は女子寮扉前にいて、「あ、リディ」と言って話している。
「イル、もしかして待っていたの?」
「まあね、シア達の様子も聞きたかったし」
彼女たちと話しているのはシアによく似た男の子。顔や髪色なんかがよく似ていて、2人ともきれいな金髪碧眼だ。そしてどこかで見たことある顔だった。
「……あ、もしかして試験の時の」
よく見ると試験で同じ最後だった男の子だ。あのとき見とれてしまうほどの容姿を忘れるわけがない。
そう思って彼をじっと見ていると、
「ん? 君は一緒に試験を受けた……?」
「イル、ヒナを知っているの?」
私が見つめているのに気がついたらしい彼が私の方を見る。うれしいことにその彼も私のことを覚えてくれていたみたい。
「まあね。もうシア達と友達になったの?」
「あ、はい。私はヒナ・フローリスです。これからよろしくお願いします」
やっぱり美少年だ、と思い緊張しながらも彼に挨拶をする。そして彼も私に自己紹介をしてくれた。
「僕はイルディア・マム・デモールでシアの弟。同級生なんだし敬語じゃなくていいよ。それと僕はイルでいいから」
「え、シアの弟?」
「そうよ。私たち双子なの。容姿なんかはよく似ていると言われるわ」
確かに男女の差はあるにしても2人はすごく似ている。きれいで流れるような金髪の2人は並ぶと天使のよう。そんな彼らと知り合えて幸運だと思いながら「よろしく」とイルに挨拶をしていると今まで黙っていたリディが声を出してきた。
「ちょっと、お2人に馴れ馴れしすぎよ! ここが学院だからわたくしもあまり口には出さなかったけれど、お2人は高貴な方なのだからもう少し話し方など気をつけた方がよろしくてよ」
私に向かって怒ったように話すリディに私は目をぱちぱちとする。シアとイルは苦笑いをしながらリディをなだめていた。
「リディ、『友達』なんだからこれくらい普通よ」
「シアの友達なら僕の友達だ。それに友達は身分に関係ないと思っているし」
2人はリディに向かってそう話す。でもリディは納得がいかないみたい。
「しかし……! わたくしは、」
「リディ、僕たちは君も『友達』だと思っている。だからヒナみたいに僕たちに接してほしいけど」
「そうね。これからは敬語は使わない、名前もイルとシアと呼ぶことにしましょう」
シアの提案にイルも乗っていた。リディだけは「そ、そんな」と茫然としたように口を開け、困った顔をしている。
「それと、リディ。身分は関係ないのだからヒナとも仲良くしなさいよ」
嫌そうな顔をするリディ。あぁ、さっきシアによろしくと言われたけど、やっぱりよろしくしたくない……なんて思いながらリディに声をかける。
「リ、リディ? 私と友達になってくれる?」
こう言いながら、友達ってこういう風に作らないよね? なんて私は脳内で1人つっこむ。
というか、今までのリディを見ていてこのたった一言で友達になれるはずがないのでは?
反応がないみたいで、やっぱりだめかなんて思う。
「……ゎよ」
リディの反応は無く無言の状態だったので、私は小さくため息をついた。と、私がため息をついていた時声がうっすら聞こえてきた。
「え?」
小さすぎるその声は、周りの同級生たちのざわめきで聞きとれない。
私はリディに近づき、何と言ったのかもう一度聞こうとする。
「そ、そこまであなたが言うならと、友達になってあげてもいいわよ! 学院に入学できたこともだけれど、わたくしが友達になってあげたことを幸運に思いなさい!」
ふんぞり返るように言うリディ。
そこまで、って別に言ってないけど……なんて思いながらもリディのことがようやく少し分かった気がする。
今までは嫌な子、関わらないでおこう、なんて思っていたけどそれは私の一方的な考えだった。
私はシアに目線を送ると、ウインクを送られた。
シアの隣でイルが話しかけている。多分私とシアのやりとりについてでも聞いているんだろう。
出会いは偶然。
友達になるにはきっかけが必要だ。
私はリディに「きっかけ」を作った。
『リディは真っ直ぐなのよ。真っ直ぐすぎて周りに合わせることが苦手なの。特に身分には周りにも自分にも厳しいわ。それはリディの家がそうだから仕方のないことなのだけど、時に誤解を受けることもあるわ』
先ほど私が部屋でシアに聞いたこと。幼いころから共に過ごしてきたらしいシアはリディのことについてよく知っていた。
『でもきっかけを与えてあげればリディも受け入れることができるの。リディから折れることは少ないからこちらから言う必要があるけどね。……だからヒナから言ってあげて?』
「改めてよろしく、リディ」
「よろしく。……ヒナ」
私はリディに向き直り声をかけた。
リディは顔を赤らめながらも私の顔をみてヒナ、と名前を言った。
「それじゃあ、僕のことも『イル』って言うこと!」
「そ、それは無理なので『イル様』とお呼びしますっ」
私たち4人は顔を見合わせると笑い合った。
日本とは違い「身分」がある世界。私にはそれが人の関係にどのように影響するのかはっきりとは分からない。最初に会ったころのリディのようなひともいれば、シアやイルのように身分に関係なく接してくれる人もいる。
村や王都の平民と言われる人たちにも、私が気付かないところで身分差があるかもしれない。
この世界で生きることを決めたけどまだ分からないことだらけ。
それでも分かり合うことができると実感できた。
『……だからヒナから言ってあげて? 友達になろうって』
出会いは最悪。
それでも未来はどうなるか分からない。