祝いの後で
外はすっかり夜の闇に包まれている。
この世界には日本のような煌びやかな街灯はなく、店先に灯る蝋燭の火や建物の窓から漏れる光などが夜の街を色づける。
初めて王都へ来た時、私はロウとこの夜の街を歩いた。明かりが少なくて驚きもしたが、今では当たり前の風景だ。
頼りない光は不便かもしれないが、なんだか暖かさを感じることができる。
それに月の光や星の光もあるので街灯も必要ないのかもしれない。
空を見上げれば一面に、何百という星を見渡せる。村でも見ることができたが王都でも見れるなんて驚きだ。
溢れんばかりの星はよく見るとそれぞれ色が違っていて、ちかちかと瞬いているのが分かる。
私は窓から星空を見上げ、まだ肌寒さを感じる春の夜の風を感じると「さむっ」と呟きながら窓を閉める。私がいる部屋は大通り側には面しておらず、そのためか窓を開けていてもあまり外の喧騒は感じない。
窓を閉めてから魔法で机の上にある蝋燭に明かりを灯す。
小さな光だがなんだか心が温まるような光だ。
「もうこちらへ戻ってきてもよかったのか?」
一緒に部屋へと戻ってきたロウが私に尋ねてくる。ロウは蝋燭の周りにいる火の妖精たちを見ながら話をする。
「あのままいたらお酒飲まされそうだったし。それにみんなもう結構出来上がっているみたいだったから私がいなくなっても気づいてないと思うし大丈夫だよ」
明かりをつけてからベッドに腰掛ける。ロウもベッドに跳びのり私の横へと腰を下ろした。
「帰って来てからすごかったからな。長時間もあんなに騒いでいられるとは、見ているこちらも疲れてしまった」
「ははっ、ロウは苦手そうだよね。でもあんなに喜んでもらえて、しかもお祝いまでしてくれるなんて。なんかうれしい」
階下からはラネさんたちの笑い声が聞こえてくる。お祝いといって開かれたパーティーにはリコット亭の人たちがみんな参加してくれた。イアンや学院の先生と分かったグロウさんたちは参加していないが、その他参加したみんなは自分のことのようにうれしそうに私の合格を祝ってくれたのだ。
まだここで働き始めて短い期間だが、こんなにも本当の仲間のように家族のように接してくれる人たちが私は大好きだ。ようやく仕事に慣れてきたころでの合格で、これからは寮生活になりみんなにあまり会えなくなるのが残念だが…。
「人とのそういった絆は大切だ。学院に入学すればもっと多くの大切な人々が増えるだろう」
「そうだといいね。年が近い人達ばかりだし、最初は緊張すると思うけど少しは楽しみかな」
私は膝の上に寝転がるロウを撫でながら話を続ける。
部屋の中は蝋燭の明かりが1つだけのはずだが火の妖精たちがいるのでほんのり明るく、そしてほんのり暖かい。
「そう言えば、試験はどんなだったんだ? 聞いてなかったな」
忘れてた、と言うようにロウが私に話を振ってきた。
今までは周りに人がいたので、ただの仔犬のふりをしているロウに今日の詳細は話していないのだ。
「んと、試験は実技1回のみで合否が決まったの。その実技は魔法をどうやって『魅せる』かって試験。色々な魔法を見たよ。それから……」
今日見たこと感じたことを思いだす。
そして私はロウに試験のことを話し始めた。
+ + + +
試験が終わると受験生である私たちは1時間の昼休憩を与えられた。屋上にいたはずの在校生たちはいつの間にかいなくなっていた。
試験があった中庭のある建物を、初めて来たときに入ってきたのとは違う方向へと通り抜けると食堂があった。普段は在校生や教職員しか使用できないが、入学試験の時は受験生にも開放されるらしい。
食堂ではなくカフェテリア、レストランと言ったほうが正しいと思われるそこは外装から見ても豪華だ。
外から眺めると1階はカフェテリアのようになっている。休憩時間が始まってからいくらか経っているためか、多くの受験生たちが在校生に交じりそのカフェテリアまたはレストランのようだと思われるその建物にたくさんいた。建物の周りにはテーブルやベンチなどがあり、外で休憩している人もいるみたいだ。
私は持参したお弁当があったのでその建物からあまり離れていないところにある木の根元に座り、そこでお昼を食べることにした。
試験があった建物が見える範囲までなら移動してもよいとの事だったので、私はあまり遠くに行くこともなくその木の下でお弁当を食べながら休憩していた。
持参したお弁当はもちろんリコット亭で作ったもの。とはいっても私が作ったのではなく、料理人のおじさんたちに作ってもらったお弁当だ。時間もたっぷりあるのでゆっくりと味わって食べる。
そういえばロウはどうしてるかな、なんて思いながらお弁当の中身を口にしていった。
最後の一口を口にした後、どこからか1匹の鳥が飛んできた。その鳥は私の掌ほどの大きさの真っ白な鳥で、くちばしに紙を咥えていた。
「なんだろ、私にってことかな?」
その白い鳥は私に1枚の紙を渡すと役目を果たし終えたのか、また空へと羽ばたき戻っていった。
「まだ休憩時間のはずだけどどうしたんだろう」
独り言をつぶやきながらも目的地へと歩いていく。
多くの受験生がお昼を食べるために先ほど見た建物にいるからか、周りには私以外いない。
私は歩き進めながら「もしかして私だけ不合格とか……」など考える。
紙には先ほど試験があった中庭へと行くように、と一言書いてあっただけ。
私は中庭へと続く扉を緊張しながら開けた。
「おお! やっときたか。君で最後じゃな、では話を始めようかの」
扉を開けた先にいたのは数十人の同じ受験生たちに数人の先生、そして学院長だった。
私が中庭へ入ってきたとき、みんなが一度こちらを振り向いたが学院長が話し始めるとすぐに前を向いていた。私は「もっと中へ入りなさい」と入り口付近にいた、試験中1グループを担当した女性の先生に声をかけられ、受験生たちのいる方へと向かった。
「では全員揃ったところで、改めて『合格おめでとう』!」
学院長がそう言うと、周りにいた先生たちがぱちぱちと拍手をする。
私は「え?」と言いながら目をぱちくりさせる。
他の受験生たちは最初から分かっていたのか、それとも私が来る前に話を聞いていたのか、さほど驚いているようではない。
私は1人、学院長の言葉に耳を疑いながらも話を聞いた。
話を聞くと、ここにいる人が試験に合格したものらしい。外で休憩している人は今回不合格ということだ。
学院長はまず、祝いの言葉を述べてから今回の試験について全体的な感想とここにいる私たちが合格した理由をおっしゃた。学院長も試験を見に来ていたらしいが、受験生に隠れてみていたとのことだ。
確かに有名だと言われている学院長自ら試験監督だったら緊張して力を発揮できない人がいるかも…。
そういった感想を伝えた後は今後の予定について説明された。
入学手続きのための書類はそれぞれの家庭に送付され、書類と共に制服も送られるそうだ。なぜ制服のサイズが分かるのか、というのは謎だがそれもいつの間にか調べてあるのかもしれない。
その他、必要なもの、教科書類は学院で揃えるそうなので必要ないとのこと。
入学式は5日後。今回の試験の時のように、表の正門から入ってくるようにだそうだ。
試験もいきなりだったが、入学もいきなりだ、なんて思っていると学院長の話が終わった。
この後は解散。休憩時間は終わり、不合格の者たちには結果は後日だと伝えているらしくほとんどの人が学院の外に出ていた。
私も外へ出るとウィンスさんとロウが待ってくれていて、私たちは乗合馬車に乗って帰ったのだ。
+ + + +
「なるほどな。とにかく合格できてよかったではないか。ロータス王立学院といえば、私がこちらにいたころからあった学院で魔法を勉強するに適したところだと思うぞ。なんせ私が知っているくらいだからな」
私の話を聞いていたロウは、今度入学する学院を知っているようだ。ロウが知っているくらい、というのはよく分からないが国内有数の優れた学院だとは私も教えてもらった。
「合格したのは40人だって。私が受けたのは魔法科だけど、普通科もあるみたい」
不合格者のほとんどがその普通科に入学するらしい。その普通科も一般的には合格難易度が高いが、魔法科を受験したものは優先的に入学許可が下りるのだ。
「魔法科は寮に住むのだろう? ヒナも寮に入るのなら私はどうなるのだ?」
ラネさんやウィンスさんが話していたのを聞いていたのだろう、不安げに顔をあげながらロウが尋ねてきた。
「それに関しては大丈夫みたい。学院長の話では危険とみなされる以外の動物だったら連れてきてもいいって」
動物、という言葉にロウは少し反論したけど一緒に学院に行けると聞いて安心したようだ。
「ヒナを1人にしたら不安でたまらないからな!」
「…それってどういうことよ」
そのあとロウと少し話した私は疲れた体を癒すべく、お風呂場に向かった。リコット亭のお風呂場はもちろんお客さん優先だが従業員である私なども自由に使うことができる。
ただ時間指定はされているので決まった時間に急いで体を洗わないといけない。
お風呂は普段は夕方の時間から薪でお湯を沸かしてある。
私はその少し熱すぎるお湯で体の汚れを落としていった。
「はぁー、いいお湯でした」
さっぱりした体で部屋に戻る。部屋には火の妖精たちがお留守番をしてくれていたからか、ほんのり暖かい。部屋を出る際に蝋燭は消していたが、星の光や火の妖精たちのおかげで暗さも感じない。
そのままベッドに倒れこんだ私はこのまま寝る体制に入る。
中途半端に乾いた髪の毛もそのままにして寝ようかなと思っているところに、ロウがベッドに入ってきた。
ロウの体は風の妖精に頼んで乾かしてもらったのでふわふわだ。
「そう言えば、魔法を使うときって呪文みたいなのは唱えるものなの?」
今日の試験で私が見ていた限りでは呪文を唱えてから魔法が出ていたようなのだ。
何と言っていたのかは分からないが口の開きで何か言っているのはわかった。
「呪文か? 一般的には呪文を唱えるものが多かった気はするが、唱えないものもいたぞ。菊は呪文を詠唱したり、しなかったりと両方だったな。今の事情は分からんがどちらかと言えば普通は呪文を使うのではないか?」
それがどうした、と寝ている私の横に顔を出したロウが聞いてくる。
「そっか。あの時にあれやっててよかった」
「なんだ?」
私のつぶやきに首を傾げてきたロウに「なんでもないよ」といって目をつぶる。
なんとなくだけど、私以外の受験生たちが呪文を唱えて魔法を使っている中、私がいつものように魔法を使ったら目立ってしまうのではないかと思ったのだ。
あの時、あの試験の時にとっさにだったが「口ぱく」で呪文を唱えているように見せかけて魔法を使った。
ばれた、ばれてないは分からないがやらないよりはいいだろうと思っての判断だ。
試験中の学生と他の人たちとは距離もあって小さな違和感は気付かれにくい。
多分気付かれていないだろう。いや、もしかしたら気付いた人間がいるかもしれないが…。
なんにせよ、今日という日を乗り越えることができたので一安心だ。
私は隣で寝ているロウを抱きしめながら、眠りの底に落ちていった。