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さんさんと輝く太陽の光が試験会場である中庭に降り注ぐ。
その太陽の下では3人の受験生たちが個性的なそれでいて魅了するような魔法を繰り出していた。
同じく受験生である他のものたちもはっきりとは応援はしないが、時には「おおっ!」「すげー…」などと魔法に魅せられている。
「次、20番目! 準備を始めろ!」
グロウさん、もとい、グロウ先生の言葉で私たちのグループの20番目にあたる女の子が中庭の中へと移動していった。緊張しているのか、顔が真っ赤になっている。
今終わったばかりの人はこちらへと戻ってくる。思いどうりにできたのだろう、胸を張って晴れやかに戻ってきた。
1,2グループの人たちもそれぞれ立ち位置に立ったようだ。特に立ち位置は決まっていないが、お互いある程度の距離はとらないといけないので離れて立っている。
試験は3グループの内で一人ずつ、そして3グループ同時に試験を開始する。そのため、試験が始まるのと同時に三者三様の魔法があらわれるのだ。
「あ、あのくるくる赤毛の子だ。どんな魔法使うんだろ…」
今回の1グループの受験生はあの女の子のようだ。中庭のほぼ中心といえる場所に立ち、すでに準備万端らしい。
あんまり関わり合いたくはないと思ってもやはり気になるものでつい見てしまう。
それと彼女を見て気付いたのが、どうして髪の毛が乱れてないんだ? ということ。
他の人は何人かが使った風の魔法でぼさぼさな髪やよれよれの服になっているというのに。着ているぴらぴらドレスもまったくもって無事なようだ。
「うぅーん、不思議だ」
私がそうつぶやいたのと同時に、始まりの合図が出た。
辺りにいる妖精たちが3人の魔力に集まる。集中しているのかみんな目を瞑り、魔力を凝縮していく。
あのくるくる赤毛の子が最初に準備が整ったようだ、自分の限界まで力を引き出すと、目を「かっ!」と開く。
「きゃあっ!」
「うわ!!」
目を見開き、妖精に指示を与えるかのように言葉を紡ぐ、と同時に彼女の周りで炎があがる。
彼女の周りには多くの火の妖精がおり、彼女の魔力と紡がれた言葉によって、凝縮された魔力がはじけるように炎もどこからともなくあふれ出す。
いきなり現れた炎に驚いたのか、数人が声をあげていた。
最初はただ見境もなく、とでも言うように燃え上がる炎だったが、徐々に1つにまとまり始めた。
やがてそれは巨大な炎の鳥となった。「ギュオーーッ」という鳥の鳴き声なのか、炎が燃え盛る音なのか、耳を突き刺すような音が辺りに響く。おとぎ話に出てくる不死鳥を連想させる炎の鳥だ。
彼女の命を聞くかのようにその鳥は巨大な羽根を広げ、中庭を円を描くように一周すると空へと消えていった。
炎の鳥が消えてもなお、火の妖精たちの名残である火の粉や熱風が辺り一面に漂っている。
たった2分弱の出来事だが、それよりも長い時間であったかのように感じた。
そしてその魔法を生み出した本人である彼女はやり残したことはない、とでもいうかのように堂々としていた。
「すげーーっ!」
「いいぞ!!」
彼女の魔法に最初は驚いて声も出なかったようだが、一度声が出ると次々と彼女を称えるような声があふれ出す。
ただ、その声が出ているのは私と同じ受験生ではなく、今日の試験を見に来た先輩たちだ。
まだ試験は終わっていないのにいたるところから声が降ってくる。
この中庭を囲っている建物の屋上は観客席のようなものがあるようで、その観客席から覗き込むように多くの先輩たちがいるのだ。初めに気付いた時はいつの間にいたのか、と思った。他のみんなもそう感じたのだろう、驚いたように屋上を見ていた。
その先輩たちは今までも声をだしたりしていたが、今のように大きな歓声をあげたのは初めてだ。
他の2、3グループの受験生も試験中なのだが、その声に気を取られているみたいであまりうまくいってないみたい。
試験が終わるとその2人は肩を落とすように戻っていった。
「見ている分にはいいけど、試験が重なったら災難かも」
終わってもなおざわついている会場を見渡しながらつぶやいた。
そのざわつきが収まるのも待たずに次の試験が始まる。
それからも様々な魔法を見ることができたが、さっきの炎の鳥のような誰もが唸る魔法はあらわれなかった。
次々と試験が進みもうすぐ最後、私の番となる。
今までの試験で「魅せる」魔法というのがなんとなくわかった。
どの受験生もそうなのだろう、後半になるにつれて難易度や完成度が高くなっている気がする。
多分先生たちもそういうことは予想しているだろうから、前半と後半どちらとも公平に審査はしているだろう。
それはいい、いいんだけどここで一つの問題がある……。
それは呪文だ。
どの受験生も魔法を使う際、呪文を唱えているようなのだ。場所も離れていて呪文自体ははっきり聞こえないけど、唱えているのは分かる。
しかし私は魔法を使うのに呪文なんて使ったことがない。
いや、おばあちゃんに魔法の使い方を教わった時教えてもらったこともあるような…?
でも私も兄もおばあちゃんも特に呪文を使わずに魔法を使っていたし、こちらに来てからは生活するので精一杯で人(イアンとか)に教わったりすることもなかった。本も最初の1冊目、しかも最初の部分で挫折していたから今まで気づかなかったのか。
呪文って言わないといけないのかな?
あー、そういえば小説なんかでは呪文を唱えずに魔法使う人もいたし、元々私もそっちだし大丈夫だよね。
もう次に迫っているのであれこれ悩んでも逃げ場はないと思った私は「なるようになれっ!」と私の時が来るのを待った。
+ + + +
「次、31番! 最後の組だ。準備を始めろ!」
グロウ先生が私に声をかけてくる。今日はきちんと会話をすることはなかったし、私から話しかけることもしなかった。だけど今声をかけるときに、私の方に向けた顔が「頑張れ」と言っているようにみえた。
そう見えただけかもしれないが、誰かが応援してくれていると思うだけで頑張れる気がする。
「よしっ、行きますか!」
小さな声で自分自身を励ますと、中庭の中へと足を踏み入れた。
今までは中庭の端から試験を見てきたが、今回は私自身が試験される側、みられる側となる。
私の周りにはもちろん誰もいない。
離れた端には同じ受験生たちと先生や先輩たち。そして中庭を囲む建物の屋上には数えきれないくらいの先輩たち。
ここにきて、緊張で体ががくがくしてきた。
「うぅーっ…、失敗したらどうしよう…。帰りたい…」
分かっていはいたけど、やはり本番は想像していたのと違う。心臓がこれ以上速くは動かないという勢いでどくどくいっている。
早く終わって、と思いながらもまだ始まらないで、という矛盾した気持ちが私の中を巡っている。
「3人とも立ち位置に立ちましたか? 準備が整ったなら最後の組の試験を始めます!」
2グループを担当しているだろう先生が私たちに確認する。
私以外の2人を見ると移動を終えたようだ。
「あ、あの男の子だ」
同じ最後の組の2人の内の1人に、廊下でぶつかった金髪碧眼の人がいた。
彼は全くと言っていいほど緊張しているという感じがしない。
試験会場の中庭にいると言ってもできるだけ端っこの方に、と思っている私やもう一人の受験生とは違って中心に立ち、試験開始を待っている。
「やっぱり、1グループの人って自分の魔法に自信があるってことか。じゃないとあんなに堂々とできないよ」
あのくるくる赤毛の女の子も始まる前から自信満々だったし。でも人前ってことで緊張はしないのかな? 私は魔法もだけど、こんなにたくさんの人の前にいるってだけで緊張しているのに。
特に動こうとはしない私たちを見て準備が整った、と判断した先生が「では始め!」と試験開始の声をだした。
いつの間にか静りかえっていた試験会場。
どくどくと早鐘を打つ胸を押さえながら、ざわついているよりも静かな方が集中しやすいな、と思った私は妖精たちを感じるために顔をあげる。
顔をあげるとそこには大地を照らす太陽の光。耳を澄ますとそよそよとした風の音が聞こえる。
すぐに感じることのできた妖精たちは私に向かって「頑張って!」と言っているよう。
そういえばグロウさんも応援してくれていたみたいだし、きっとイアンも試験を見ているはずだ。
なんだか始まる前よりかは緊張が解けてきたみたい。
私は空を見上げたまま、「すぅ、はーっ」と深呼吸をする。
そして春の陽気を肌で感じながら、できることをやろうと思った私だった。