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壁際には先生や先輩たちと思われる人々がちらほらと、私たちを観察するように立っている。
私が入ってきた入り口である扉は今は堅く閉ざされ、そこには先ほど受付をしていた先輩たちがいた。
カツ、カツ、カツ、カツ……
他の受験生たちもその存在に気付いたのかさっきまで騒がしかったはずの室内が急に静まり返った。
布ずれの音や呼吸の音などしか聞こえない。外へ通じる扉と窓は閉まっており外界の音も遮断されている。緊張を孕んだ空気がこの部屋全体を覆う。ごくり…、と誰かの息をのみこむ音が聞こえた。
空気がピリピリする。
この状況をたとえるのならそう表現できるだろう。もし人の魔力を感じることができるとするなら、今がそうなのかもしれない。
たった1人の人間の出現が100人以上いるであろうこの空間を変えている。
今私がいる扉側とは真逆の、さっきまでいた方のずっと先の壁に背を向ける形で一人の老人がいた。
彼とはかなりの距離、人も間にたくさんいるはずなのにはっきりとした存在感を感じることができる。
きっと周りにいる他の人も同じだろう。
その老人は衰えを感じさせない足取りで歩き、部屋の丁度中心となる部分で止まると、辺りを一度見回してから話し始めた。
「今日はここ、ロータス王立魔法学院魔法科へようこそ。わしは魔法科学科長であり、学院長をしておるエーヴァルトじゃ。今ここにいるものたちは皆、大きな可能性を持ったものばかり。もちろん、試験を受けられなかったものたちも未来に大きな可能性がある。そして君たちはその他の人々よりも魔法を操る力が優れ、それはここで学ぶことによってより顕著に力を得ることができる。今日の試験を合格すればこの学院で素晴らしい先生方の下、先輩たちと共に勉強することができるだろう。皆、精いっぱい自分の力を出し切るのじゃ」
ぴん、と張りつめた空気には似つかわしくない柔らかい声で学院長と名乗った老人は話し終えた。
よく目を凝らしてみると優しそうな人のようだ。にこりと笑った学院長の雰囲気が氷のように冷たかった空間を溶かすかのようだった。
最後に「ではまた後で会えることを期待しておる」というと、あちら側にも扉があるのか、学院長はまた最初出てきた方へと戻っていった。
+ + + +
「あの人が賢人とも言われているエーヴァルト様か。初めて見たけど、優しそうな方だったな」
「あぁ、だが最初に現れたときの一瞬にしてその場を変えてしまう存在感というのはさすがだな」
私の前を歩く受験生の2人の男の子が先ほどの様子を話している。
そのほかの人たちも口々に学院長のことを言いあっている。
あの後、学院長が話し終え出て行かれた後、先生の一人がこれからの指示をした。
それによると、どうやらすぐにも試験が行われるようだ。私たちはその指示に従い、今度は全員で教室を移動することとなった。
「あ、すいませんっ」
人が多いからか、みんながそれぞれ動いているからか、今にも当たりそうなくらいの近さのまま移動しているので、気をつけていはいたけどやはりぶつかってしまった。
「いや、こっちこそごめん」
相手は私より少し背が高めの男の子みたいだ。私は謝りながらその彼を見る。そして私はその彼を見た瞬間「ぅわ」と声をだしてしまった。
その声は小さかったのでその彼には聞こえてなかったみたい。口を押さえながらも気になってしまうのでちらちら何度か視線を送ってしまった。
ちらりと視線を送る先には金髪碧眼の男の子。
うわぁ! 実際では初めて見た私は少し興奮気味。だって金髪碧眼て! それに金髪碧眼が似合っているというのがすごい。かわいい顔してるけど大人になったらきっと涎もんだっ、なんて勝手に想像する。
私がぶつかってしまった彼も身なりのいい人みたいだったから、さっきみたいに言いがかりつけられるかもしれないと思ったけど大丈夫みたいだった。ま、あの娘たちみたいな人ばっかりなわけないか。
今歩いているのは広い廊下。左右には絵画や花を生けた花瓶などが並びまるで貴族のお屋敷のようだ。
そして窓が無いはずなのに、廊下の壁に明かりが均等に並んでいるので暗さを感じない。その明かりというのも火を灯したものではなく小さなふわふわとした不思議な明かりだ。
壁に備えてあるガラスの中にあるその不思議な明りをみるとここが魔法を教えるための場所なんだということを感じた。
そうやって最初に集まっていたところから出て暫く歩き移動すると、ようやく到着したのだろうか開けた場所に出た。
「すご……っ、どれだけ広いの? ここ…」
目の前に広がるのはとてつもなく広い中庭。とてつもなく広い、というのはまるでどこかの競技場くらいに広いからだ。そしてその競技場並みの広さを囲むように建物がある。
もはや中庭と言えるレベルではないが、それ以外どのような言葉で表すかが分からない。
私以外もみんな呆けたように突っ立っている。私のような平民の恰好をした子たちはもちろん、豪華で広い邸宅に住んでいるであろう貴族の子たちも、ここの広さ立派さは規格外なのだろう、誰もが同じように驚いている。
「何をぼーっとしているの。さっき説明したように分かれなさい」
ここへ来る前に説明をした女性の先生が呆けている私たちに一喝した。
私も含め、ようやく気を取り戻した受験生たちはあわてて決められたグループに分かれた。
そのグループとは受験番号順を3等分にしたもの。どうやら私の93が最後の番号だったようで丁度31人ずつ分かれることとなった。
そしてなぜ受付の先輩が私の番号を見て残念がっていたのかをここへ来る途中、他の人たちが話していて知ることができた。
1~93まである受験番号はいわゆる「期待度」みたいなものらしい。学院は受験資格者を決める際、戸籍に記入されている魔法を使えるか使えないかをみる。そしてその他にも家族、親族、祖先に遡って周りに魔法を使えるものがいるのかも調べるみたいだ。
家族全員が魔法を使えるとそれだけ期待度が高いということで、また家族の中に国に仕えるくらい力の強い魔法士がいるものはより注目される。
例外的に親族の中に魔法を使えるものはいないのに強い魔力をもったものもいるらしいが、あくまでも例外なのだそうだ。
普通は1に近ければ近いほどその期待度が高いようで私なんかは見向きもされないってこと。
あの先輩も多分私の番号をみて不合格になるだろうと思ったのだろう。
魔法のセンス? 魔力の保持量みたいなのって遺伝的なものなのかな?
なんだか私は違うような気もするけど、そう言われているのならそうなのだろう。
そうこう考えているうちに、3グループに分かれたようだ。
1,2,3グループに分かれた内、私は受験番号の後半のものが属する3グループ。同じグループの人はなんだか平民の恰好をした人が多いようで、逆に1グループにはほとんどいない。
うーん、こういうのってやっぱり貴族の方が魔法を使えるってことなのかな。
そう思いながら1グループを見るとあの金髪碧眼の男の子や私に嫌みを言ってきた赤毛の女の子がいた。
「うわ、あの子だ。できるだけかかわらないようにしよっ」
私はあの女の子をみると少し顔をしかめる。威張っている感じが私にはどうも合わないし、それに自分に対して嫌みを言ってきた子とは関わり合いたくない。
私たちはそれぞれのグループで固まると、先ほどの女性の先生がまた説明を始めた。
「それでは、3組にわかれましたね。では今から実技試験を始めます」
遠くまで響くような声で話す先生。説明はこれだけだと言うように、ただそれだけを言うとその先生は1グループの方へ歩いていった。
「えぇ? いきなり実技って。 筆記はないのかしら?」
「去年は筆記の後に実技だったと聞いたのに」
「筆記用具って書いてあったからてっきり筆記試験があると思ったのにっ」
「いや、実技の後に筆記かもしれないわ」
いきなり実技試験だと言われ、ざわざわとした雰囲気になる。
しかし先生たちや先輩たちは気にもせずにそれぞれの持ち場へとわかれ始めた。
もちろん私がいるグループもどういうことなんだ、と口々に話している。
「おい、静かにしろ! もう試験は始まるんだからな」
グループに1人づつ先生がいるらしく、私たちのところにも一人の先生が来たみたいで、ざわついている私たちに向かって声をかけてくる。
……って、うん? この声、聞いたことあるような…
「せ、先生、筆記試験ではなく、実技試験が最初にあるんですか?」
私がうーん、と悩んでいると誰かが先生に質問した。周りも気になっているのか静かに答えを待っている。
「なんだ、そんなことか? 確か筆記用具必須などと手紙には書いてあったかもしれないが、筆記試験を行うとは書いてなかったはずだ。ま、誰もが知っているとは思うが毎年入試方法が違うからな」
先生がそう言うと「そんなっ!」なんて言う声や、「よかったー」というような声などが聞こえてくる。でも今いる場所が場所なだけに、みんなある程度は予想していたみたいで、それ以上の質問はあがらなかった。
私はもちろん「よかったー」という声に共感だ。だって筆記なんてされても解答できない自信があるからね! 最近は文字を読むことに慣れてきたけど書くことは苦手。
でも私も筆記試験があると思っていたから羽根ペンで名前を書く練習くらいはした。なんで言葉は通じるのに文字は書けないんだーっなんて思いながら書き慣れない文字を一日かけてひたすら練習。
結果的には筆記はないみたいで安心した。
私がほっと胸をなでおろしていると、また先生の声が聞こえてきた。
「俺が受験生だったときは決闘制だったしな。ま、俺の場合は筆記がなかったから合格できたな!」
はははー! と笑う声が聞こえる。…やっぱり聞いたことがある声だ。
一番後ろにいて、先生の顔が見えない私はその声の主が気になったので、横から回り込み先生の顔を覗き込む。
「…って、グロウさん? え、でも先生?」
なんと声の主、先生の正体はグロウさんのようだ。私の目が確かならば、だけど…。
私がグロウさんを見ると、視線に気づいたらしい。こちらに顔が向いた。しかし、声をかけるわけでもなく、ただ目を細めるようにして私を見ただけだった。
やっぱりグロウさんだ。目もあったし、私に気付いたよね? だけど先生が受験生と知り合いだというのはあんまりいいことじゃないのかもしれないから、あえて知らないふりしたのかな?
なんて考えていると、試験内容の説明が始まった。
+ + + +
あちこちで突風だったり、雷だったりと試験中の受験生から様々な魔法が繰り出されている。
試験を行っているこの中庭には木や花が咲いていたりしているが、魔法の影響で今にもなぎ倒されそうだったり葉っぱが散ってしまいそうになっている。
試験中の受験生以外はグループごとに端にかたまっていて、数人の先生や先輩達に囲まれているので特に危険はない。
ただ髪の毛なんかは風のせいで見るも無残になっているけど…。
それでもこんなに間近で兄以外の他人の魔法を見ることはそう言えば初めてだと気づく。
私は試験管である先生たちにアピールするように出される魔法をわくわくとした目で見つめた。
説明が終わり試験が開始してすでに30分以上が経つ。
その説明では今年の試験内容が発表された。
それによると、今年の試験は「魅せる」だそうだ。まだ魔法についてきちんと勉強していない私たちがどのようにして魔法を魅せることができるかを見ると言っていた。
魔法についてきちんと学んでいないということは、様々な方向性に開花させることができる可能性があるということ。何にも染まっていない自由な発想は能力が上である大人をも凌駕することがあるからだ。
そのような説明が終わった後すぐに試験が始まった。
・試験時間はひとり3分。
・中庭敷地の範囲内で魔法を使うこと。
・他のものに危害もしくは妨げになる行為をしたものは即失格とする。
試験の規約として挙げられたのが上の3つ。そのほか、自分が試験中に負傷してしまっても自己責任である、ということも挙げられた。
受験生たちは工夫を凝らした魔法を出す。
どの魔法も初めて見る私はどきどきと高鳴る胸を押さえ、一つも見逃すまいと目を見開くのだった。