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試験当日


「ここが学院……、なんだかすごいとしか言えない…」

 

「ヒナは学院を見るのは初めてだったのか。広いだろう? 私も何度見ても驚くが、初めて見るならなおさら驚くだろうね」

 ウィンスさんがぽかーんと口を開けながらつぶやく私を見ながら笑っている。



 とうとう今日は試験当日だ。今私が手に持っている手紙には時間が記されているが、リコット亭には時計がないので時間を知らせる鐘の音を頼りに早めに来た。ロウも一緒についてきたのだが、どうやら馬車の揺れで眠たくなったようで今はおとなしくしている。

 

 時計は貴族以外の一般家庭にはほとんどないらしく正確な時間を確かめる術はない。

 そのため、平民は時間を知らせるための鐘の音や太陽の位置で時間を把握している。この鐘の音は朝、夕に行われる王都の門の開閉を知らせる合図としても使われている。

 門が開く朝6時から日中は毎時間ごと、門が閉門する夕方6時からは3時間ごとに鐘が王都に響き渡るのだ。

 

 鐘の音で大体の時間を把握することはできるが、普通に生活していたら曖昧なものでしかない。ここの人々は私のいた日本のように時間に追われた暮らしではなくもっとゆっくりとした中で生きている。

 

太陽が昇ったから仕事をする、夜になるから家に帰る、など日本では考えられないほど時間に曖昧な生活だ。鐘は普段門の開閉のときの合図くらいの役割で、リコット亭でも店の開店や閉店の合図として使っている。

 ただ、曇りや雨の日など太陽の位置がわからないときは鐘の音が1日の時計として使用されるみたい。


 このゆったりとした時間の流れに慣れない頃もあったが、慣れると過ごしやすい。それに太陽を見るために空を見る機会も増え、改めてその大きさを感じることができた。

 ただまだ意識しておかないと、鐘や太陽の位置で時間を計ることはできないんだけど…。



 

「はい…、でも広すぎじゃないですか? ものすごーく先にも建物があるように見えるし、図書館や役所みたいに建物も豪華だし。それに……、森って! 校内に森ってどうなんですか?!」

 私たちは今、試験会場であるロータス学院の正門前に立っている。

 場所が少し遠いということでここへきて初めての馬車、乗合馬車に乗って学院まで来たのはいいんだけど、途中から塀に沿って走り、しばらく経ってからおかしいなって思ったんだよね。

 

 だって、どんだけ長いんだよって思ったから。まさかとは思っていたけど、学院を囲む塀だったわけね…。

 でも塀の先が見えないって…、なんだかすでに私が想像していた学校とは違うよ。


 私が想像していた学校とは校舎と運動場がある私の中での一般的なものだ。広いと言っても1日で十分歩きまわれるくらいの広さ。

 でもここはそんな私の想像をはるかに超えた広さを持つ敷地の学校だ。



「大学とかよりも広いよ……」

 

「だいがく?」

 ここへ到着してから開けっぱなしの口で小さくつぶやいた声がウィンスさんに聞こえたみたい。

 私は「いえ、なんでもないです」と首をふり、遠のいていた意識を呼び戻しながら答える。


「じゃあ、時間は少しぎりぎりなようだけどは大丈夫なようだし、ここから先はヒナだけになるが頑張るんだよ」

 門の中へは私が持っている手紙、受験許可証を持っている人しか入れないそうだ。

 まだ門が開いていることから、時間には間に合っているのは分かるが辺りにはあまり人は見られない。

 来る途中ですれ違った馬車や塀沿いに受験者を乗せてきたであろう馬車が止まっていることからすでに多くの受験生がなかにいるのだろう。


 本当を言うと初めての場所だし、ロウも一緒じゃないからちょっと不安もあるけど、

「はい、大丈夫です。周りのみんなも一人で中に入るわけですし。それにロウもここで待っていてくれるみたいなので」

 朝早いからだろうか、眠そうにふらふらと立っているロウを見る。

 ロウは私の試験が終わるまでここにいるが、ウィンスさんはまたリコット亭に戻るのだ。

 

 朝からわざわざ送ってもらってありがたいよ。ラネさんも行くと言っていたがさすがに朝の食堂が大変になるからとウィンスさんに言われ断念していた。

 本当は自分で行くのがみんなにも迷惑をかけないんだけど、甘えてしまった。


「そうかい? じゃあ夕方には終わっていると思うからその時に迎えに来るよ。もしなにかあっても、ここにはイアンもいるから心配いらないよ」

 ウィンスさんはイアンと同じ爽やかな笑顔で私の頭をなでてくる。「みんなで応援しているからね」と言って私たちが乗ってきた馬車にまた乗り帰って行った。






 ここからは、まぁロウもいるけど1人で頑張らないとね。

 まだ何人か私のように到着したばかりの人もいるみたいだ。あ、さっきの私と同じように驚いてる人もいる。やっぱりこの国の人でも初めて来る人だったらかなり驚くよね。


 ロウに行ってくるねと告げ歩き始める。私は前を行く人何人かについていきながらも、周りをきょろきょろと見る。

 正門からまっすぐに延びる道をしばらく、5分ほど歩くと正面の建物にぶつかった。先ほど門から見えていた建物の正体はこれのようだ。美術の教科書にでも載っていそうな左右対称のバロック建築のようで、辺りにある建物と比べてもひときわ巨大で立派な建物だ。初めて来た人でもここが学院の本館だと誰もが気付くだろう。


 その中へと私と同じ受験者の人たちが入っていくので私もそのあとに続く。

 入ってすぐにどうやら受付をするようで、ここの生徒だろうか、数人の同じ制服をきた人たちがここへ来たばかりの人に対して何かしている。

 とりあえず私も受付のための列の最後尾に並んだ。



「こんにちは。ヒナ・フローリス、さんね。あなたの受験番号は、…93よ。それと筆記用具などは忘れずに持ってきたかしら」

 受験許可証の確認と、手紙の最後に添えられていた必要なものの確認、それにどうやら受験番号があるようでその通知のようだ。

 手元に持ていた受験許可証を渡し、私の受験番号を確認するとなぜか受付の先輩と思われる女性は残念そうな顔をしていた。


 私は首をかしげながらもこの先輩の行う受付を済ませると奥にある部屋へ入ることの指示を受けた。受付が終わるとその部屋に入り、話があるみたいだ。








「うわあ、もう結構人がいるよ」

 私は部屋の中へと入るために、重厚な扉を開けた。扉は2mほどの高さがある両開きのもので、見た目どおりに重く片方を開けるのに精いっぱいだった。


「中も広いし、なんだかどこかのお城見たい」

 そこはバスケットコート2面分くらいの広さの部屋というよりもホールで、大きな窓や絵画がありここで舞踏会が行われてもおかしくない感じがする。

 どうやらテラスもあるみたいで、ここからは手入れをされた芝生とお花しか見えないが奥には見事な庭園が広がっているのかもしれない。



「わあーっ、今にもお姫さまとか出てきそう。ちょっとドキドキするよー」

 世界遺産みたいだ、なんて言いながら1人で歩きまわる。辺りには私と同じ受験者の人がいるけど、まだ先生らしき人もいないのでそれぞれ自由に過ごしているみたい。私はそんな彼らの間を通り、奥の方はどうなっているんだろうと1人進んでいく。

 



 すごい、絵とかも飾ってある。よく分かんないけどきれいだ。触ってみたいけどだめだよね。

 私は様々な装飾がされている天上や壁や絵画を見ながら歩く。


 ここには特に知り合い(イアンは別として)はいないし、普段利用している図書館などとは違った芸術的ともいえる内装に目を奪われていた。

 だからなのか、私はいつのまにやら周りに人がいるのも忘れていたみたいだ。


「きゃっ! ちょっとなんですの?」


「わっっ、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」

 壁の方ばかりを向いて歩いていたせいか立っていた人に気付かず、ぶつかってしまった。

 

 相手は私と(見た目は)同じくらいの女の子だ。当たった拍子でよろけたのか、周りにいた友達と思われる女の子たちに支えられていた。

 

 彼女はよろめいた体を立てなおすとこちらを向く。私は最後にもう一度謝ろうとして彼女に近づこうとした、……が、





「あなた、平民の分際でわたくしに触れるだなんて、なんておこがましいのかしら!」





「……えっ?」





「まったく、あなたがわたくしに触れたからドレスが汚れたじゃない! あなたの着ているその貧相なものとは違うのよっ。」


「…………はぁ??」


 な、何なんだ? この子いったい。

 見た目は赤毛のくるくるパーマのかわいい女の子なのに、確かに私が悪いんだけどこの言われようは何?

 

 くるくるパーマの子の周りにいた5人くらいの似たような感じの女の子たちも私に向かって一斉に罵ってくる。

 それに機嫌をよくしたのかくるくるパーマの子は罵り言葉の最後を締めくくった。


「平民ごときが魔法を学ぼうとするなんて分不相応ですわっ。 平民なら平民らしく城下で働いていればいいのよ!」


 さすがにこれはかなりムカつくっ……!

 話の内容からすればこの子たちは貴族の子女なんだろうけど、国の要であろう貴族の子供がこんな風に人を見ているなんて。

 今までこんなにはっきりと人から悪く言われたことがないから、ちょっと涙でそう…。

 

 なによっ、少し当たっただけじゃない。それにここまで言う? 

 学芸会じゃないのにそんなぴらぴらしたドレスなんて着ちゃってさ。

 初対面の相手に向かって普通だったら穏便に済ませるでしょ。

 ねちねちねちねちと嫌み言ってきて、きーーっっやな感じ!




 周りにいる私に嫌みを言ってきた女の子たち以外も、くすくす笑いながら私たちのやり取りを傍観している。そんな彼らの服装から見る限りどうやらこの辺りにいる人たちは貴族や裕福な家のものばかりのようだ。


 入ってきた扉の辺りには私のような身なりの、いわゆる平民のものが多くいた。だが今いる奥には彼女たちのような平民ではないものが多いらしい。

 上から見下すような目で見られ、居心地の悪さを感じる。




「何をしているの、リディ。 あなたの声は響くんだからもう少し静かにしなさい。もうすぐ説明が始まるみたいよ」

 

「セレシア様! 申し訳ございません。さっ、みなさんも行きましょう」

 

 ついさっきまで私を罵っていた少女たちは一人の少女の出現によって、まるで私という存在が最初からなかったかのようにその場を離れていった。

 周りにいる第三者たちも興味をなくしたようで、もうこちらをちらりとも見ようとはしない。





「なんだか先が思いやられそう…」

 私はその場を離れてもっと奥、入り口とは逆の方へと移動する彼女たちを眺めながらぽそりとつぶやく。

 最後に「はぁ、」と息を吐いた私はまた同じことが起きないためにも今度は人に当たらないよう十分に気をつけながら最初にいた扉のあたりに戻っていった。



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