お知らせ
窓から暖かな光が入ってくる。それらの光で家の中は暖まり、以前よりかはいくぶん過ごしやすくなった。
ここへ来た頃はまだ厚手のワンピースを普段着で着ていたが、今では薄手のものでも十分だ。
しかし朝方や夜は冷たい空気が王都に流れている。そのため、朝夕は少し厚めのカーディガンなどを羽織り、太陽が昇って暖まり始めると脱ぐのだ。
私は今、薄手の長袖ワンピースを着て、いつものように食堂と宿のある2階部分の掃除をしている。さっきまでお昼のお客で賑わっていた食堂は今では静かな空間になっている。
聞こえてくるのは厨房で野菜を切っているような規則的な音や裏口にある庭で洗濯をしているであろう水音、そして私が床を掃いている音だ。ゴミを集めたり水拭きは最初の日から魔法を使っているが、集めたゴミをまとめたりするのは自分ですることにしている。
私はゴミを集め終わると空気を入れ替えるために、食堂入り口の横にある両開きの窓を開けた。
すると外からそれまでほとんど聞こえなかった人々の声や馬車の走る音、馬の鳴き声などが風と共に入ってきた。
「んんーーっ、いい風。 私もロウみたいに日なたでお昼寝したいよー」
ロウはいつものように陽のあたる場所でお昼寝中だ。あまりにも気持ちよく寝ているのか、私が触っても起きようとはしないくらいだ。私が掃除を始めたころはお昼寝はせずに、私が掃除している様子を見たりしていたが、このぽかぽか陽気での睡魔には勝てなかったようで伏せの状態で眠っている。
窓からは気持ちの良い風が吹き、その風に揺れるように私の髪がふわりと舞う。
私は風で乱れた髪を手櫛ですく。以前より伸びた髪は今では肩に触るくらいまで伸び、髪を結ぶこともできるようになったのでリチェにもらった髪留めを使い、軽く髪をまとめる。
髪をまとめて改めて窓から外をみると、王都はもうすっかり春の陽気になっているように思う。
まだここでの生活が慣れない頃は日の光が暖かく感じるときもあったが、まだ冬の気候が強く感じられた。
冬から春に季節が変わっていくのを見ると時間の流れを感じることができる。慣れなかった仕事や町の風景も今では慣れたもので、まだこの世界に来て数カ月しかたっていないというのが嘘のようだ。
この後は少し休憩したら買い出しに行く予定だ。開けた窓を閉め掃除道具を片づけると、食堂のテーブルに置いておいた本を読むため椅子に座る。
まだゆっくりとしか読めないがそれでも毎日読むことで最初よりは読めるようになった、と思う。今回読んでいる本は子供向けの絵本で、挿絵を見ながらぱらぱらとめくっていく。
絵本は当たり前だけど日本にいた頃は見たこともないものばかり。でもおばあちゃんが話して聞かせてくれたものはまだ見たことはない。
初めは魔法の本を借りたりしたけど、読むのに時間がかかりすぎるというのもあって、絵本など子供用の本を借りることにしたのだ。
そして本来の目的である、ゆびわの行方とおばあちゃんの家族探しは足踏み状態だ。というか、ここへ来てからは慣れるのに必死でそれどころではなかったのもあるのだけど。
「やあ、ヒナ今一人?」
カラン、とドアの鈴を鳴らして入ってきたのはここの一人息子のイアンだ。
「うん、さっき掃除終わったから休憩中。もう少ししたら買い出しに行くつもり」
そういえば、今日は週末か。週末のこの時間になるとイアンはこうやって顔を出しにくる。
こちらの世界でも時間の流れやそれを表す日付なども地球とほとんど一緒だ。月や週の考えが一緒なのでとても助かっている。
「そう。じゃあ買い出し手伝うよ。今日は夜までいるつもりだし」
イアンは私の向かい側の椅子に座りながら話しかけてくる。どうやら一緒に行ってくれるみたいだ。
「いいの? 休みの日くらい寮でゆっくりすればいいのに。友達と遊んだりとか」
読んでいた絵本を閉じながら言う。
どうやらラネさんたちによると、前も週末になると家に顔を出しに来る時もあったのだが、最近のように毎週ではなかったそうだ。
そう、最近は毎週週末は家に帰ってきてからこうやってなにかしら手伝っていくのだ。
毎週会うからか、いつの間にか私たちは友達になっていてたまに文字を教えてもらったりもして結構仲がいいのだ。
イアンは私の言葉に対して「んー。 ま、遊んだりもするけど、最近は面白いことがあったからね」なんて、にこにこしながら話してくる。なんだ? なんかよく分かんないけど、手伝ってくれるならいいや。
「ふーん。じゃあ、もうそろそろ行く? イアンが一緒ならたくさん買えそうだし!」
私たちはウィンスさんや厨房の人たちに必要なものを教えてもらい、さっそく買い出しに出かけた。
+ + + +
「あっ、ちょっと待って。 最後にあそこ、よっていい?」
「あそこってどこ?」
たくさん買い物したせいで、私たちは両手いっぱいに荷物を持っている。私も手が離せない状況なので目線でイアンにある場所を教えようとする。
「あそこっ、あの屋台だよ。一度食べたことがあるんだけどすっごくおいしいの! せっかくだしちょっと食べてもいい?」
私たちがいる場所から10mほど離れた場所にある屋台に向かって歩く。この辺りは私たちが買い出しをした市場を中心にした大通りと、宿を中心とした大通りをつなぐいくつかある小さな通りの1つだ。
この通りにはたくさんの屋台があり、歩きながら食べるものや屋台で食べるのもを売る店、食べ物以外でも雑貨や品物を売るところもある。なんだかお祭りの屋台みたいな感じで、初めて来たときは1軒1軒見て回ったりした。
それで今向かっているのは1度だけ行ったことがある屋台。手軽に食べられて、値段もお手ごろだったので買って食べてみたところとってもおいしかったのだ。今日はまだ時間もあるし、ちょっと荷物が多いけどここはやっぱり食べないとね!!
「おじさーん! それ1本くださいな!」
私は屋台につくと持っていた荷物を地面に置き、お金を渡す。するとおじさんが「はい、ありがとねー」と言いながら私に1本の串焼きを渡してくれた。
「おいひーっ このあまっ辛いのがたまんないんだよね!」
この通りでは様々な食べ物が売ってあるんだけど、ここのは見た目と味が焼き鳥に似た串焼きを売っているのだ。初めて見つけた時は感動のあまりお昼を食べた後だったんだけど4本も食べてしまったんだよね。
私は大きな口を開けて串焼きにかぶりつく。リコット亭で食べる料理ももちろんおいしいんだけど、たまにはこういった懐かしいものも食べたくなる。こちらの世界の食べ物は西洋風のものばかりで、この串焼きみたいな食べ物はなかなか見かけない。たまに食べるとおいしさも数段違うのだ。
うまい、うまいよー、ともぐもぐ食べていたら私と一緒にいたイアンが「っぶは!!」といきなりふきだした。
荷物を持ったまま串焼きを食べる私を見ていたイアンだけど、急にどうした?! え、もしかして口の周りにタレとかついてる?!
あわあわしていると「くくくっ…!」と肩を震わせながら笑っていたのが徐々に収まってきたみたい。でもまだ何か面白いのか、目に涙をためている。
「いやー、やっぱヒナっていいよ。一緒にいて飽きないし」
「な、何? 私何かそんなに面白いことした? やっぱ顔に何かついてるとか?!」
「ははっ! 違うよ。顔だけみるとかわいくて体も小さいし、ちょっと頼りない感じだけどそのかぶりつく姿を見たらつい笑っちゃった。女の子でそうやって食べる子はここではなかなかいないしね」
えーっ そういうことは早く言ってよね! じゃあこの前この屋台で4本も買ってかぶりついていた私って周りの人からどんなふうに見られてたんだ……。うう、女の子なのにー
「でもそうやって食べてくれるとこっちはうれしいよ! なかなかうちのような屋台には女の子は来てくれないからね」
はい、おまけだよと、どうやら話が聞こえていたらしい店主のおじさんが串焼きをただでくれた。
また来てくれよ、とにっこり笑顔で渡されると受け取るしかないよねっ。
おいしー! と2本目を食べていたら「っふは!」と後ろでまたイアンが笑っていた。
「イアンも食べなくてよかったの?」
「ん? 俺はヒナが食べている姿を見れただけで満足だよ」
屋台から何やらずっとにこにこしている。そんなに私の食べる姿っておもしろかった?
「そういえば私、イアンがあんなに笑うところって初めてみたよ。私の中でのイアンはあんなに笑う人じゃなかったからびっくりしちゃったよ」
「まあ、確かに今日みたいにあんなに笑うことってないかもね。仲がいい奴らといるときにだったらこうやって笑う時もあるけどね」
いつもの爽やかな笑顔で話すイアン。そっか、やっぱり仲がいい友達といるときは笑ったりするよね。
重たい荷物を持ちながらだったので行きよりも帰りは若干歩く速度がゆっくりだったけど、イアンの話も聞きながら帰ったのであっという間だった。
もうすぐそこに私たちの帰る場所であるリコット亭が見えてきた。
まだ夕方前だから開店していないけど、お店の中から料理のいい匂いが漂ってくる。
「あ、そういえば言い忘れてたけど……」
少し前を歩くイアンが私の方へと振り向く。
「ん、なに?」
イアンが立ち止まったので必然的に私も立ち止まる。にこにこしながらなかなか言葉を続けようとはしないイアン。いったい何よー?
「口の周りにタレがついたままだよ?」
にっこりとそう告げるとクルリと前を向き、目の前に迫っていた家に入って行った。
逆にそう告げられた私は目を見開いたまま立ち止まっている。
えっ? あの屋台から歩き始めて20分近くは経つよ。 てか、その間普通に喋ってたよね??!
ええーー!! なに? イアンってそういう人なの?
人はみかけによらないと、口の周りに串焼きのタレをつけたまま、そう実感させられた私だった…。
+ + + +
「あぁ、ヒナお帰り。そんなにたくさん、ありがとね」
中に入るとラネさんが食堂の準備をしていて、私の持っていた袋の1つを持ってくれた。
厨房へと行き、厨房のおじさんたちの指示通りに食材を保管していく。
口の周りについていたタレはあのあと持っていたハンカチでしっかりとふきとったのでついていない。
厨房から食堂へ出るとラネさんとイアンが夜の準備をしていた。
ロウは私が買い出しに行った後で起きたみたいで、私が帰ってきたと同時に走って私を迎えにきた。
さっきのことがあったのでちょっとイアンの方へじとーーとした視線を送るが、いつもの笑顔のままあえて知らなふりをされた。イアンって実はただの爽やか青年じゃないってことね…。
私はぷりぷりしながらもラネさんたちを手伝い、開店準備をする。ほとんど準備が終わったころにウィンスさんがやってきた。
「やっぱりきたよ、手紙。どうやら今回のに間に合ったらしい」
そう言ってウィンスさんが持っているのは一通の封筒。それを持って私に渡してくる。
「私に、ですか?」
手紙をもらう心当たりがないので首をかしげながら尋ねる。トリアおばあちゃんやリチェたちとも特に手紙を送りあったりしていないので、本当に心当たりはない。
「俺もそろそろだと思ってたよ。でも結構ぎりぎりなんじゃない?」
「おや、ヒナにも手紙が来たんだねえ」
イアンやラネさんたちが話している横で私はその中に入っている手紙を開ける。封筒も上等な紙を使って高級だったが、中身もこれまた高級な紙が使われている。なんか、豪華な模様みたいなのとかキラキラしたものが封筒と手紙に載ってるんだけど!
ちょっとドキドキしながら中身を読むと、こう書いてあった。
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ロータス王立学院魔法科 受験許可証
ヒナ・フローリス殿
ロータス王立学院魔法科を受験することをここに許可する。
ロータス王立学院魔法科学科長
日時 4の月1の日 9の刻
場所 魔法科敷地内 8の刻30分までに学院の本館に到着すること
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最近絵本ばっかり読んでいたけど、意外にも普通に文字が読めたよ、なんて一人で思っていると、
「やっぱり俺の時と一緒だ。魔法科の試験は難しいらしいけど受かったらさまざまな知識を得ることができるし、将来も安定するよ」
「ヒナがたまに魔法を使っていたのは知ってたからね、手紙が来るだけでもすごいことだから気負わずがんばるんだよ!」
イアンとラネさんが口々に話してくる。そういえば、ここへ来た最初の日の夜にウィンスさんたちが話していたのはこれのことか。
どうやら魔法を使えることを戸籍を作る際に言っていたため、学院側に伝わり手紙が来たようだ。
手紙が来たというだけですごいことで、その試験に合格すればもっとすごいらしい。
って、イアンそこの通ってるんだよね? イアンってすごかったのか…。
合格率は5割程度で、12歳から受験資格があり試験に落ちても次の年、手紙が来ればまた受験できるそうだ。でもそこまでして合格したいものかな? 確かに魔法は勉強してみたいけど何度も失敗したら受ける気なくしそう…。
受かるためにはある程度の魔力がないと受からないらしい。
せっかく合格しても授業についていけなかったら意味ないもんね。だから実質、1度落ちたら2度目の手紙が来ても合格のチャンスはかなり低いってことだそうだ。
でも、せっかく貴重な手紙が届いたんだしこれは受けてみなければ!
試験日は4の月1の日か……、んん??
「試験日って3日後とかいてあるじゃないか! イアンのときは半月前には来たのに、ヒナ大丈夫かい?」
ウィンスさんが手紙を覗き込みながら言っていので私の読み間違いではないらしい。
でも、3日後っていくらなんでも早いでしょーーっ
「まあ、ヒナなら大丈夫だと思うよ」
イアンが私に向かって励ましの言葉を言う。ラネさんとウィンスさんも「ヒナがいなくなったら寂しくなる」なんて言いあっている。
いやいやいやいや、その前に……、
全然大丈夫じゃないし、まだ合格してませんからーー!!
外はすでに夕日で赤く染まり、夜の時間を迎えようとしている。今日も残すところあと数時間。
明日を1日過ごせばその次の日は試験の日だ。
トリップ⇒魔法⇒学園物という自分の中で思っている王道になりつつあります。