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仕事の後で

「みんなお疲れ! ヒナも慣れない仕事だったろうけど良く頑張ったね。助かったよ」

 ラネさんがみんなに声をかけ、今日から働き始めた私にもねぎらいの言葉を言ってくれる。 


 今日の夜の食堂も終わり、これから少し遅い夕食が始まる。

 ウィンスさんや厨房のおじさんたちが残った食材でいろいろなものを作ってくれた。

 いつもは夜の食堂が終わったらおじさんたちは帰るみたいだけど、今日は私の初日だからってみんなでご飯を食べることにしたのだ。

 私とラネさんは出来上がったものを食堂の木でできたテーブルに運ぶ。イアンも食べていくみたいで厨房で料理を手伝っているようだ。


「ロウのはここにおいておくよ」

 ウィンスさんがテーブルの下にミルクの入ったお皿を置く。ロウはそれをみると、とことこやってきてすぐに飲み始める。


 ミルクを飲むロウの背中はつややかなはずの毛並みがぐしゃぐしゃになっている。

 お酒の入ったお客さんたちの相手になっていたようで、なでられたりもみくちゃにされていたのだ。

 ロウの本当の姿を知らない人から見るとただの仔犬にしか見えないようで、たくさんのお客にかわいがられていた。

 

 ぺろぺろとミルクを飲んでいるロウはいくぶんやつれた様にも見える。

 うーん、ご愁傷様。ロウのその触りたくなるような毛並みのせいなのだよ。頑張れっ! 後で毛づくろいはしてあげるからね!


「さ、みんな食べようかね!!」

 ラネさんの掛け声で私たちも食べ始める。厨房のおじさんたちはお酒も飲んでいる。

 夜は働く人数が少なくて大変だったけど、終わった後でみんなでこうやって楽しく過ごせるから明日もまた頑張ろうって気持になる。


 それにしても……、

「どうしてグロウさんもいるんですか? 開店しているときからずーっといません?!」

 そう、なぜか私たちと一緒にグロウさんも夕食を食べているのだ。


「いいじゃないか、そんな些細なこと! 大勢で食べるとよりおいしくなるって言うしな!」

 はははー! と私の斜め右向かいに座っているグロウさんは笑いながらも食べる手を止めない。

 どうやらここのみんなとも親しいらしくて他の人は何にも言わず、普通に接している。

 よくこうやって閉店してからも飲んだり食べたりしているそうだ。あ、代金はちゃんと貰ってるらしい。

 

 私は「はぁ、みんなが何も言わないのなら私も何もいいません」とつっこむことをやめた。

 グロウさんって真面目な感じにしていれば渋い大人の男性って感じで魅力出ると思うんだけどなー、なんて考えながら食事をつづける。グロウさんは次にそのまた右隣りのラネさんと話し始めたようだ。



「イアン、食べ終わったらすぐ帰るのかい?」

 ウィンスさんがイアンに尋ねている。そう言えばイアンは寮に住んでいるみたいなので門限とかあるのかな?


「ああ、そのつもりだよ。最初はこの時間までいるつもりはなかったんだけどね。せっかくヒナとも知り合えたし夕食までは食べていくことにして、この後は帰るよ」

 私の右横に座っているイアンがこちらを見ながら話す。


「イアンの学校ってここから近いの? もう夜だけど大丈夫? 門限とかは?」

 今の時間は日本時間で言うなら多分9時過ぎというところ。ずいぶんゆっくりしているけどいいのだろうか?


「まぁ、本当はいけないんだけど今日は大丈夫だよ」

 イアンはふわっと笑いかけてくる。おおうっ! イアンってすっごくかっこいいとかではないんだけど、その笑顔を見るとなんかときめくって言うか。

 親近感? 親しみやすいって言うか、そんな気持ちになる。ラネさんみたいな豪快な感じではないけれど、優しさがこもっている笑顔が一緒なのだ。


「そうなんだ? 大丈夫ならよかった。あ、ウィンスさん今日はお世話になりました!」

 私は少しどぎまぎしてしまったのを隠すようにイアンから顔をはずし、目の前に座っているウィンスさんに向かって改めて今日のお礼を言う。


「ははは、何度もお礼を言わなくてもいいよ。そんなに大したことじゃないしね」

 ウィンスさんもお酒を飲んでいるようで、少し顔が赤くなってきている。


「父さんと何かしたの?」

「今日、戸籍を作るときに一緒に来てもらったの。実は場所もやり方も分かんなかったからウィンスさんがいてくれてよかったよ」


 イアンは今日のことは知らないので説明する。私とウィンスさんが出かけている間に帰ってきたみたいで、知らなかったようだ。顔が少し赤くなったのがおさまったので私がイアンの方を向き、説明すると「そうなんだ」とうなずきながら納得していた。


「そうだ。ヒナにも手紙がくるかもしれないなあ。今日のがきちんと処理されていれば今回の春のには間に合うかもしれない」

 私とイアンが他愛もない話をしていると、ぽつりとウィンスさんがつぶやいた。

 

「手紙、ですか?」

「え、まさかヒナもそうなの?」

「ああ、まぁ結果は分からないけど手紙が届く可能性は高いとは思うよ。今年の春のはまだなんだろう?」

 

 なにやら私には分からない話を始めた2人。ウィンスさんのさっきのつぶやきを聞いたイアンはとても驚いているようだ。

 私はなんだかのけ者にされた見た気分になり、ご飯を食べながら良く分からない会話を続ける2人の話を聞いた。話を聞いていると、私宛で春に手紙が来るらしいというのはわかった。でもそれ以外の内容はあまりよく分からなかった。



「あの、手紙ってなんですか?」

 でもやっぱりどういうことを話しているのか気になったので会話を遮って聞いてみた。

 とりあえずウィンスさんが言っていた手紙についてだ。


「あれ? ヒナは知らないのかい、手紙のこと?」

 どうやらその「手紙」とやらは誰もが知っているものらしい。が、私はついこの間といっていいほど最近、この世界オイリスにトリップしてきたのでもちろんその手紙についても知るわけがない。

 ウィンスさんとイアンは私が知らないことに対して軽くびっくりしたみたいだ。


「もし手紙が来るとしたら、遅くても4の月の初めかな。まだ確実ではないみたいだし、実際に届いたときにでも説明するよ」

 ウィンスさんは手紙について何も知らない私に説明してくれようとしたけど、以外にも話しこんでいたみたいでもう夕食を食べ始めてから1時間以上経っていた。みんな片づけの作業に取り掛かろうとしている。

 詳しく聞きたかったけど手紙が来たら話してくれるみたいだしいいか、と思った私はそれ以上その話を聞くのをやめた。

 厨房のおじさんたちが家に帰る支度をはじめ、グロウさんも帰り支度を始めていた。ラネさんは食べ終わった食器を流しに運ぼうとしている。

 

 私も手伝おうと立ち上がる。ウィンスさんはラネさんに続いて厨房に入って行った。イアンもお皿をまとめたりしている。


「でも本当に手紙が来たらいいのにね」


 イアンがその言葉をつぶやいた時、私は空のお皿を厨房へ運んでいる途中で聞こえなかった。荷物をまとめるためにおじさんやグロウさんたちも食堂の端にいたので聞こえなかった。

 だからか、イアンの言葉はテーブルの下ですでに眠っているロウにしか届かなかった。


 そしてこのとき話していた手紙がこれからの私の人生を大きく変えるかもしれないものだとは、まだこのときの私は知るよしもなかったのだ。


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