王都での生活 3
お城を中心に大通りは3つあり、どの大通りもたくさんの人でにぎわっている。
メインとなっている大通りには様々な店が並んでいる。建物は主にレンガなどで作られているようで、まるで中世ヨーロッパを連想させるおしゃれなつくりだ。
高さも2,3階建てのものがほとんで、道路には車や電車代わりに馬車が走っている。
映画や小説でしか見ることがなかった世界を私は歩いているのだ。
「デジカメ持ってたらたくさん写真とるのになー。せめて携帯の電源がつきさえすれば撮れるのに」
私は本を借りて図書館を出た後、待たせていたロウとリコット亭へ戻ろうとしていた。
周りの建物、風景を見ていると旅行に来ている感じだ。
「写真を撮っても現像できんし、ここに住んでいるのなら撮る必要もないのではないか?」
ロウは私の横を歩きながら現実的なことを言ってくる。
まあ、確かにそうだけどさー、
「もう、夢がないなー。女の子はこういった雰囲気の町が好きなの! だから写真に撮って記念に残したいと思ったんだよ。現像とかここに住んでいるからとか、夢がないよー、夢が!」
ロウは女の子の気持ちが分かってないんだからー! ここで生まれ育った人はそうは思わないかもしれないけど、現代日本育ちの女の子や女性でこの景色みたら写真撮りまくるにきまってる!!
そんな私の熱意が届いたのか「そ、そうか…」と少し引き気味にうなずいていた。
私たちが歩いているのは王都の大通りの1つ、観光を中心とした店が多くある通りだ。この通りにはリコット亭などのような食堂や宿、土産物店、雑貨などの店が軒を連ねている。
旅人や外国から仕事などの用事で訪れる人はこの通りをよく利用するみたい。
あと2つは市場を中心とした大通りと、私がさっきまでいた図書館を先頭にした美術館などの芸術を主とした建物が並んでいる大通りがある。この3つがメインの大通りで、お城から扇状で3本線で広がるようにのびている。そしてその3大通りをつなぐかのようにいくつかの通りがあるのだ。
大通りはそれぞれに独特の空気を持っているので時間があればゆっくりと回ってみたい。
「そういえば本を借りているようだが、ヒナが知っている物語があったのか?」
ロウは私が片手に持っている本を見ながら話しかけてくる。
結局私は最初に手に取った本、「魔法基礎入門」と「初めての魔法」という本の計2冊を借りた。
探していた、昔おばあちゃんが話してくれた魔法のゆびわの本や魔石についての本は見つからなかった。
というか、広すぎというのがあって探すことを挫折してしまったんだけど……
「それはなかったんだけど、魔法についての本を借りてきたよ。ここではどんなふうに魔法について書いてあるのか興味があったから」
私が想像していた魔法があふれている世界じゃないみたいだったし、ここではどんな風に魔法が扱われているのか知りたかったのだ。
ゆびわも探さないといけないけど、まったく情報がない今、できることをやるしかないと思っている。
「そうか、私は人間に直接魔法の理を教えることはできないからそうやって自分で学ぶのはいいことだな」
ロウから聞いたけどどうやら妖精たちなどは人に魔法について詳しく語れないみたい。
彼らは生まれながらに潜在的な知識があるけど、人間にはないみたいでそれをうまく説明できないそうだ。
たとえて言うなら、人間は二足歩行で歩くことができるけど、どうして赤ちゃんのころから自然に立てたのかを説明できない感じかな? 当たり前すぎて説明できないってことらしい。
だから人は魔法を学ぶそうだ。先人の知識と現代の知識から新しい魔法の理を見つけている。
王都にも魔法を学ぶ学校があるらしいから、面白そうだし通ってみたいなー。
頭の真上にあった太陽は今ではもう西へと傾き、徐々に夕方の気配を見せてくる。
私たちは暖かい春の日差しを受けながら、街並みや借りてきた本などの話をしながら帰っていった。
+ + + +
「ただいま戻りましたー。……って、あれ?」
私はお店のドアをあけ、カランッとドアについている鈴の音を鳴らしながら中に入る。
今はまだ夕方で、王都の門が閉まる時に鳴る夜の鐘はまだ聞こえていない。
しかしお店の中には従業員ではない人がいた。
「あのー? まだ夜の開店はしていないんですけど……。あ、もしかして宿に泊っているお客さまですか?」
一般のお客は店にはまだ入れないが、2階にある宿を利用しているお客なら開店の前でもお店を利用してもいいようになっている。
だからこの人もそのお客だと思ったんだけど……、
「あぁ、君がヒナちゃん? ちなみに俺はお客さまじゃないよ」
中へ入った時には後ろ姿だったその人は、私が声をかけるのとほぼ同時にこちらを向いてきた。
その人、彼は私に爽やかな笑顔で話しかけてくる。
……ん? でもどうして私の名前を知ってるんだろう?
「すいません、えと、どこかでお会いしましたっけ?」
この王都に来てまだ2日だけど朝、昼でたくさんの人、お客に接したのでその中の人なのかな、と思ったのだ。
でも、こんなに優しそうで爽やかなお兄さんいたっけなー。
「あれ? 俺のこと何も聞いてないの?」
目の前の彼は目をぱちくりさせながら首を横に傾げている。
「え?」
私も彼と同じように首を傾げていると裏口の方からラネさんがやってきた。
「ヒナ、今帰ったのかい? もう少しゆっくりしてきてもよかったのに」
エプロンを着ながらこちらにやってくる。どうやら夜の準備はもう終わっているようだ。
「いえ、何かお手伝いあるかなと思ったので。ラネさん、あの、こちらの人は…?」
ラネさんと目の前にいる彼は知り合いのようだ。ラネさんから彼のことについて聞いた記憶がなかったので尋ねてみた。
すると答えたのはラネさんではなく、
「女の子が家に住むことになったからって連絡してきたのに俺のことは何も言ってないの? 母さん」
爽やかなそうな彼が答えた。……って、え? 母さん?!
「いや、息子がいるとは一応言っていたけど、今日来るなんてことは話してなかったからねえ。気付かなかったんじゃないかい?」
ラネさんが息子さん? と話している。
けど親子?! ラネさんと彼が!
「そうなんだ。俺も朝連絡が来て何も言わずに来たからね。じゃあ改めて自己紹介するよ。俺はイアン・リザーズ。イアンでいいよ。ここの一人息子で今は学校の寮に住んでいるんだ。ヒナのことを聞いた時は正直驚いたよ」
そう言えばイアンという名前の息子がいるって言ってたな。寮に住んでいるってことはあまり会う機会がないってことか。
「私はヒナです。急なことだったんですけど、みなさんが優しく受け入れてくれたのでとても感謝しています。あ、それとイアンの部屋を借りてるんですけど大丈夫ですか?」
一応部屋主なんで許可をもらわなくっちゃね! まあ、ここでダメだって言われたら困るんだけどね。
「大丈夫だよ。ま、駄目だっていっても母さんがいいと言ったら逆らえないしね。よろしくヒナ」
イアンは「敬語じゃなくていいよ」と言い、ラネさんの方を見ながら私と握手をする。
やっぱりこの家ではラネさんが一番強いらしい。
ラネさんは女性にしては体格、存在感のある姿だ。元気で肝っ玉母さんって感じ。
一方の彼は体系はすらーとした痩せ形で結構身長もある。顔もラネさんのように笑顔が似合うと言うよりも微笑みの方が似合う感じだ。共通点と言えば髪や目の色かな?
2人とも髪も目もきれいなチョコレート色。日本にいたころに髪を染めるならこんな色がいいなって思うかも。
なんというか、それ以外は2人が親子だという共通点が見当たらないのだ……。
「おや? ヒナも帰ってきたのかい?」
私が入ってきたドアが鈴の音とともに開く。ウィンスさんが買い出しから帰ってきたようだ。
「ウィン、お帰り! 思ったよりも早かったね」
ラネさんはウィンスさんの荷物を受け取り、それを厨房へと運んで行った。
「お帰りなさい、ウィンスさん。買い出し手伝わなくてもよかったんですか?」
ウィンスさんと役所で別れる前、買い出しを手伝うと申し出たのだが町を見て回りなさい、と断られたのだ。
「いいんだよ。それよりも時間は足りなかったんじゃないかい?」
私の方がお世話になったというのにラネさんといい、ウィンスさんといい、みんな優しすぎるよー!
「父さん、久しぶりに顔を見せた息子には何も言わないの?」
私とウィンスさんで話しているとイアンが横から入ってきた。
2人は「そういえば、久しぶりだなあ」「父さんそれってひどくない?」なんて言いながら話している。
あー、そっか。イアンはラネさん似じゃなくてウィンスさん似か。そっちの方がしっくりくる!
ウィンスさんもイアンのようにすらっとした体形で優しそうなおじさまだ。きっと若いころだったらもっと2人は似ていたのではないか、と想像できるくらい。
「さあさあ、もうすぐ夜の開店だよ! 今日はイアンも手伝ってもらうからね!」
ラネさんが厨房から顔を出して、私たちの会話を遮ってくる。
イアンは「はー、母さんには本当に逆らえないなー」と言いながらウィンスさんと厨房へ向かっていった。
さあ今日最後の仕事だ!