図書館にて
「これは……広すぎて探すの大変だ」
入り口に置いてあった図書館の地図を片手に持ち、物語が置いてある本棚を探していた私は、探し始めてすぐの時点で諦め始めていた。
「にしても、多いな〜」
とりあえず周囲を見渡して見ての感想だ。
見上げるほどの本棚が均一に並び、一段一段にびっしりと本で埋め尽くされていた。さすが国の首都といったところか。ざっと想定しても万単位の蔵書量は確実だ。
館内を全て探し回るのは1、2日では無理と判断して、ひとまず私は入り口近くにある本を手に取ってみることにした。
「んー。ま、まほう……きそ、にゅうもん」
隣の本も見てみるとどの本にも「まほう」と書いてあるようなので、ここは魔法を取り扱っている本棚のようだ。
「にしてもしかし、識字力の低さに自分自身びっくりなんだけど。おばあちゃんに教わってお兄ちゃんと一緒に勉強したんだけどなあ。やっぱり本物は違うってことか」
おばあちゃんが元気だったころに魔法を教えてもらうのと一緒にこちらも文字も教えてもらったのだ。日本語とも英語などとも違う文字はまるで私たちしか知らない暗号のようで、お遊びのひとつとして覚えていった記憶があった。
おばあちゃんが紙にお手本を書き、私と兄が真似して書いたり読んだりした。文字は魔法を勉強するうえで必要ないと思っていたけど、今を思えばもうちょっと真面目に勉強すればよかった。いやいや、あの頃はまさかこちらの世界に来てしまうなんて思いもよらなかったから仕方ないだろう。
「レベル的には小学生程度かな? なんとか頑張れば、簡単な本は読めるかも。文字と魔法の勉強にもなるし何冊か借りようかな」
たまたま手に取った本は子供向けのようで、今の私には丁度良かった。適当な本をとると、また移動した。
図書館内は特別入り組んでいるわけではなく、広い空間に多くの本棚が均一に並んでいた。おそらく棚毎に本の種類も分かれているのだと思うが、今の私にはまだ全てを詳しく見分けることは難しかった。
入り口から離れて奥へ進んだ。
王都の中心部に位置するわけだが、外の賑わいと比べると随分と静かなものだった。ざっと見ただけだが、一般向きの小説などではなく、学問のための本が多いことが理由かもしれない。
進むにつれて一冊一冊が分厚いものが増えている。奥は小難しい本が多いようだ。私にはまだタイトルさえきちんと読めるかわからない。そう思って、入り口へと引き返そうとすると高校の制服に似た服の上にローブを羽織っている人たちが何人かいるのに気がついた。
遠目からの判断だが背格好から私と同年代か少し上だろう。今まさに私がタイトルさえ解読できなかった棚と同じ並びの棚の本を選んでいるようだった。
「おっ、魔法使いっぽい……」
まさしくな格好に、つい呟いてしまった。
けして近くはなかった。むしろ遠い。なのに私の呟きは彼らに届いたようで、視線のずっと先にいる2人が急にこちらを向いたのだ。
彼らがこちらを向くまでは遠目で、しかも本の日焼けのためか薄暗い中なのでそれまではどんな人たちか分からなかった。少なくとも私には。
しかし向こうに立つ彼らは薄暗さに目が慣れていたのか、そうではなかったようだ。しばらく視線を感じ、気まずさからそそくさ退散しようとした時だった。
「あっれー? もしかしなくとも、ヒナちゃん?」
若干気の抜けるようなこの声に聞き覚えがあった。
「いつかのように、僕を見つめる視線に振り向いたらヒナちゃんがいて驚いたよ。君も王都に来てたんだね」
「なぜおまえがここにいるんだ?」
偶然出会ったのは以前村で会った2人だった。
意外にも村の行商の時に一度たまたま話しただけなのに私のこと覚えてくれていたようだ。まだあれから時間も経っていないのもあるだろうけど。
「あ、私は事情があって村を離れて昨日から王都に住んでます。まだ街に慣れなくてウロウロしていたら図書館を見つけたので入ったんです」
えーと、名前はヒースとアスフィだったよね、と彼らのことを思い出しながら話をする。
今私たちがいるのは本棚と本棚の間の位置。周りにはほとんど人がいないのと、図書館だからというので声を落として話している。
「……昨日?」
ヒースがおうむ返しのように返事をした。
「そうですけど」
「僕たちは今日の朝、王都に着いたんだよ」
「はぁ、そうなんですか」
それが何か? ともちろん言えるわけもなく。ヒースって軽くてなんだか苦手でなんと返したらいいかわからない。アスフィはこの前のようにほとんどしゃべらないし。
「結構早い速さで馬を走らせてきたつもりなんだけど、ヒナちゃんの方が早く着いたんだねー」
「……え?」
言われてしばらくは思考が停止していた。
この世界では車など便利な乗り物はない。馬車は高価な乗り物で、意外とゆっくりとした速さであることはこちらの生活の中で知っていた。
つまり平民、しかも馬にも乗れなさそうな娘が遠く離れた田舎からどうやって短時間で王都へ来たというのだ。
そう自問したところでようやく意識が目の前のヒースとアスフィに戻った。
ヒースはにこにことしながらも、どこか何かを疑うような目つきで私を見てくる。アスフィも興味がないという感じで本を見ているが、横目でちらりと私の方をみている。
これがへびに睨まれるカエルの心境かー?!
「どうやったらそんなに早く来れるんだろ? 不思議だー」
「行商の後すぐに馬車に乗ってきたんです。急いでいたので、寝ずに馬車を乗り替えたりして、休まずにきたら早く着きました……」
別にロウのことを隠すわけじゃないけど、なんだか言いにくい感じなので本当のことは言えなかった。
私がそう言うと、「ふーん」とそれ以上はつっこまれなかった。
気まずいから早く帰りたいな、と思いながらもヒースといくらか話を続けた。
「あの、私これからお世話になっているところの手伝いをしないといけないので、もう帰りますね」
会話が途切れたところで、すかさず帰ることを告げる。
ヒースといたら話が長くなっちゃうよ! 私は「それじゃあ」と相手方の反応も見ずにくるりと後ろを向く。
本当は図書館では走ったらいけないんだけど、早くここから逃げたいせいか小走りになってしまう。
私がいた本棚の列をそのまま小走りで曲がろうとしたそのとき、
「ぅわあ、すいません……」
どんっ、と効果音がつきそうなくらいに勢いよく人にぶつかった。どうやら男性のようで私は彼の胸辺りに当たったみたい。私は痛ったー、と鼻をおさえる。
「……いや、」
目の前の彼は私を気にかける風でもなく、私の当たったであろう胸のあたりをまるで汚れが付いたかのようにぽんぽんと払っている。
っはーー?! 確かに私が悪いけどさ、そんな風にされたらちょっと嫌なんだけど!
私は横にどきながらどんな奴だと顔をみた。
か、かっこいい……
彼は目も鼻も輪郭もすべてにおいて美麗としか表現できない顔だった。でも女性的ではなくて男性的なかっこよさもある。そして銀色の瞳が彼を一段と引き立てている。
くっそー! でも顔がよくてもそんなんじゃご婦人にはモテないんだから!
彼は最後まで私の方を見もせずに、今まで私がいた、ヒースとアスフィのいる本棚へ向かった。
そういえば今の人、あの人になんとなく似てたな。
私は止めていた足を動かして出口へ向かおうと動き出した。
「ヴェル、遅かったな。俺たちはもう目的の本をみつけたぞ」
「そうだよー。途中まで待ってたけど遅いから先に課題やっちゃうよ?」
「あいつが急に家に帰る用事が出来たとか言ってついていくはめになったんだ」
「あー、そういえば僕たちが帰って来てからなんか騒いでたね」
彼らのいる本棚から離れようとしたら、ヒースたちの会話が聞こえてきた。
あの人たち友達だったんだ。みんな顔はいいけど近寄りにくい感じ。
ま、関わることもないだろうし。図書館では気をつけよ。
彼らの声を背中で聞きながら、手に持っている本を1度抱え直す。
私は出来るだけ足音をたてないように小走りで、ロウが待っている図書館出口へと急いだ。