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「うわっ寒い」
先に靴をはいた彼女がそう言って、校舎から外に出ようとしている。
私たちの住んでいる町は雪こそあまり降らないものの、卒業式を控えたこの時期はまだまだ寒い。それに今日は曇りで太陽もでていないし、海が近いからか風も強い。
一旦校舎の外へ出ていた彼女は寒さにぶつぶつ文句を言いながら、中に戻って靴を履き替えている私のところに来た。
「そんなに寒い?」
「朝よりはだいぶましだけどね。それよりも雛、ちゃんとマフラーと手袋しないとすっごく寒い」
そう言いながら涼は勝手に私のバッグからマフラーと手袋をとりだし、私に手渡す。まるで姉ができたようだ。
私がきちんと防寒したのを見て満足したのか、私たちは揃って冷たい風が吹いている外へ出た。
「なんかうちのお兄ちゃんみたい。本当に2人って似てる。世話好きなとこが」
前を行く彼女を追いかけながら言った。
「反対に私はひなのお兄さんが不憫でならないわ。一先輩って、毎朝家族のお弁当作って、家事もすべてこなしてるんでしょ。それだけで大変なのに優しくてかっこよくて、武道もできて成績もいいなんて素敵すぎる! 雛にはもったいないわー」
ため息つきながら言い出したと思ったら、うっとりしながら兄を褒めはじめた。
なんか私はいつもぼーっとしているとか、兄はそんな私の世話をしてかわいそうだとか、兄の爪を煎じて飲んだら、とか言ってきた。
ねえ、私たちって親友だよね。そんなにけなさなくても……。
確かに顔はかっこいいほいだとは思う。文武両道だし。比較される身になると少し憂鬱だが。
しかし彼女の言う優しいはハズレだ。口うるさいの方が正確と思う。二人とも一緒で世話好きとはいえるけど。
「じゃ、私も今日はこのまま家に帰るから。雛もまっすぐ帰るのよ。寒いし風邪引くといけないから寄り道しないように」
まるで小さな子に注意するようで、私はハイハイと頷く。性格で言ったら彼女と兄が兄妹みたいだ。
「顔はあんたのお兄さんに似て、意外とかわいいから変な人について行ったらだめだからね!」
「意外とって、それは失礼じゃない?」
「ま、かわいいっていうのは本当よ。いつも言ってるけど。特にその瞳が好きだわ」
言われながらまっすぐ見つめられて、私は照れたように笑顔になった。平々凡々の自分に唯一と言っていい自慢できるものだからだ。
+ + + +
「遅い。もう18時過ぎてる。まだ夜はすぐ暗くなるんだから探しに行くところだったぞ」
私がただいまー、とリビングのドアを開けながら言ったら兄がいきなり怒鳴ってきた。
「まだ18時よ。別に遅くないから」
私は兄の言葉をかえしながらTVをつける。
いつものことなので私は兄の言葉を軽く流し、鞄を床に置いた。
「まだ、じゃない。今日は6限が終わってまっすぐ家に帰るはずだろう。17時前には帰りついてるはずだ」
兄は私を叱りながらも、料理をする手を止めない。んー、今日はハンバーグか。
「父さんも17時には帰ってこれるっていってたのに……」
ぶつぶつ文句を言っているけど無視無視。ほんと友人とそっくりさんだ。
キッチンから肉の焼ける音と良いニオイが漂ってくる。私もテーブルにお皿を並べ手伝いながらテレビで明日の天気予報を見ていると、兄が話しかけてきた。
「帰りが遅くなったのは、寄り道でもしてたからか?」
「えっ?! 違うよ! 近所のタロウの奥さんがもうすぐ子供が生まれるからって話してて……!」
今まで、少し帰りの遅い父のことについて独り言いってたんじゃないの? って思いながらあわてて言い訳するが、反対にその言い訳にしまった、と後悔した。
「タロウってうちの5軒隣の犬だよな。まさか話しこんでたのか?」
兄は疑うように私を問い詰める。ーーしかし料理するその手は止めない。
「あっ!……え、や。まぁ、うん」
うあー、まさか怒られる? いきなりで思わず嘘もつけなかった……。
「別に話してもいいんだけど、……人には見られるなよ」
兄はため息をつきながら、お皿にハンバーグを盛り付けていく。珍しく兄が怒らなかったことに安堵しながら、手伝いを続けた。
「もう父さんも帰ってくるみたいだから、雛も部屋に荷物おいてきな」
そう言いながら、兄は左手を軽くあげる。
すると、ハンバーグが入っているお皿が空中に浮き、流れるようにキッチンからテーブルに移動した。
私はそれを横目で見ながらリビングを出ていく。
玄関横にある2階への階段を上がろうとしていたら、父さんが帰ってきた。
「雛。ただいま〜」
「おかえりっ、今日はハンバーグ!」
「お、いいな」
父は玄関でコートを脱ぐと、そのままリビングへと向かう。
階段を上ってすぐ横にある自室に入ると私は電気もつけずに暗い部屋の中で呟いた。
「おねがいね」
そうすると、勝手に電気がつき、カーテンがしまり、手に持っていたバッグが机に移動した。腕を広げると、制服のブレザーが脱げ、ふわふわと浮かびハンガーに掛かる。
それらが終わると蛍火のようなぼんやりと小さな光たちがふわふわと私の周りに集まる。私たち家族以外が見たら驚愕する光景だろう。しかしこれが我が家の日常なのだ。
「ありがと」
誰もいないはずの空間に向かってお礼にキスをした。