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「すごーーい! 速い!」
私たちは太陽が昇り始めたあと、村を名残惜しみながら旅立った。そして今、私はロウの背中に乗り森の中を駆け抜けているのだ。
「これで早いか? なら私が本気で走ればもっと速いぞ」
「うわあっ」
ロウが前足を大きく蹴り上げると一段とスピードが増した。
その急な動きに私の上半身が仰け反る。首がもげそうだ! 今までもそれなりの早さがあったのだが、ロウはそれよりももっと早いスピードで走りはじめた。
「このように風を切って走るのはいつ振りか」
日本にいた頃はおばあちゃんのゆびわの中にずっといたのでこうやって外で走るのはとても久しぶり何だとか。それにこちらに来てからもずっと小さいままだったから思いっきり走ることができなかっただろう。
「走るのが好きなら、毎日じゃないけどたまにこうやって私を乗せていろんなところにつれてって」
かなりのスピードになってきた。風圧が全身に響く。目を開けて景色を眺めることは随分前に諦めて、声を大きく張り上げる。
「そうだな。たまにはこうやって風を切るのもいい。……ヒナ、しっかりつかまっておるのだぞ」
突然感じた浮遊感。
なんとロウは森の先、木が途切れた場所、崖がら思いっきり飛んだのだ。
「いやああああーー!」
私は怖さのあまりロウにガッチリとしがみつく。
感じる浮遊感の長さに、ちょっと好奇心でうっすらと目を開けてみた。
「わあ……なにこの景色」
眼下には森の木々や川が風に揺れてキラキラと輝いていた。あまりの美しさに感じていた恐怖も一時忘れてしまい、息を呑む。
まるで鳥になったような、そんな感覚さえ感じていた。
「そういえばロウって空飛べるの?」
「うむ。飛べないな。ただ跳んだだけだ」
「ということは……跳んだら?」
「落ちるな」
言っている側から先ほどの浮遊感がすっかり消え去っていた。代わりに感じるのは大地に吸い寄せられるような重力。
「ちょ、うそ、森が近づいてるんですけどー!」
「耳元で騒ぐでない。耳がおかしくなるではないか」
この状況に平然としろっていうのが間違いだと抗議したい。だけど今はそんなこと言ってる場合ではない!
木々が目の前に迫る直前、ロウの首元にギュウッと頭を押し付けた。
「……あれ、どんってならない。もう着いたの?」
「あぁ、もう地上に着いたから目を開けても大丈夫だぞ」
そう言われたので、私はゆっくりと薄眼を開ける。と、先ほどまで高く空から眺めていた森に無事着地していた。
「し、死ぬかとおもった……」
私はロウにしがみついたまま、はーっとため息をつく。一時はどうなるかと思った。
「そうか? 私は楽しかったぞ」
ロウは頭だけこちらに向き、さも、当たり前のように聞いてくる。けど、ひとこと言わせてもらおう。
「空を跳ぶのは禁止!」
村から出発して2日。
最初はそのスピードに驚いたりしたけど、だんだんと慣れてきたようで、今ではすっかり慣れてしまってちょっと楽しくなってきた。
初めて崖から跳んだときは天国のおじちゃんやおばあちゃん、お母さんたちに「こんにちは」しなきゃいけなくなるかもと本気で思ったりしたものだ。
ロウはというと私の魔力のおかげらしいけど、疲れを見せることもなく、どんどん進んでいった。この分だと今日の夕方には王都に着くだろうとのこと。
歩いて2週間、馬や馬車でも1週間近くかかるといわれているだけに、比べるとかなりの速さだと分かる。
かなりのハイペースの理由には、山をとび越えるというロウの力技(荒技?)、もあってのことだが。
ともかく今日の夕方には着くといってもまだここは森の中。村のみんなにロウの姿はあまり見せない方がいいかも、と言われているので整備されている道じゃなくて道無き道を通って来たのだ。
「確かに、ロウといたら目立ちそうだしね……」
「何か言ったか?」
「ううん、それよりもどのあたりまでこうやっていくの?」
まだ森の中で人目に触れないように来ているが、王都に近づくにつれてその森が狭く、そして木なども少なくなってきていて、隠れるのが難しくなってきているのだ。
途中に大きな町や他の村をよけて通ってきた。その町や村を抜けると徐々にだが王都へと向かっているであろう馬や馬車に乗っている人々や本で見たような騎士の恰好をした人々が増えてきていたのだ。
そういえば、村で見たあの王都の学生たちも途中で追い越した。彼らも先生だろうか、大人の人の先導に馬に乗って移動していたな。彼らも王都に戻るのだろう。
「そうだな、もう少し先まで行くつもりだ。私たちには馬がない。ぎりぎりまで行かないと徒歩となるとヒナひとりでは悪目立ちするぞ」
そうなのだ。途中でロウから降りてしまったら、馬のない私たちは徒歩で王都まで行かないといけない。巨大化したロウのことは隠しておくことになったので、ロウに乗ったまま行くわけにもいかないから、最後は降りる必要はあるんだけど……。
「それじゃあギリギリまで攻めて、それから徒歩だね」
途中人が多いところや、影がないところなどは歩いて移動した。休憩もはさんだのでロウが予想していたよりは少し遅れたけど、ついに王都が見えてきた。
「見えてきたな。あれが王都だ」
「あれが……、」
ロウは今は小さい仔狼の姿で私たちは先ほどから道に出て歩いてきていた。
今私たちがいる場所は小高になっている丘の上。後ろ、今歩いてきた道は整備された道に沿って広大な森が広がっていた。
そして私たちの目の前には天をも貫く高さの山脈。その山脈に背後を守られるようにして王都が扇状に広がっていた。王都の周りには中と外を区切る塀があり、王都へ入るための門がいくつか見える。
塀の中、門のすぐ近くには一般人の家らしきものが建ち並び、門に沿う大通りにはたくさんの店が立ち並んでいる。門がいくつかあるのでそういった大通りも同じ数だけあるのだろう。
そして、その大通りの突き当たりにはこの国の要、王城が立ち構えていた。
「……お城ってもっと煌びやかなものを想像してたけど、全然違うね。要塞って感じ」
王都の中心といっても、すぐ後ろに山脈がある場所に要塞のようなお城があった。
まるで山脈と一体になっているみたいにも見えるお城は、さすが国の象徴、と言えるものだ。
「そうだな、他の国に攻められても簡単には落ちない作りにしてあるからな」
「そういえば、ロウは何度かここに来たことあるって言ってたね」
「―――昔のことだな」
ロウは昔、王都に来たことがあるみたい。まぁ、この場所を知っている時点で分かってるけど、懐かしくはないのかな?
「ロウ?」
「……さあ、日が暮れないうちに王都に入るぞ。夜になると門が閉まってしまうはずだ」
ロウは一瞬、懐かしそうに目を細めて王都を見たかと思うと、次の瞬間にはいつもどおりに戻っていた。
昇った太陽が私たちの背後にある森へと沈んでいく。沈んでいく太陽の光で私たちの影は伸び、その影を追って歩いていく。
夕日は山脈に当たりきらきらと輝き、お城に光の粉が降り注いでいるようにも見える。町々は夕日で茜色に染まり、山脈の背後にはうっすらと月が昇り始めていた。
その幻想的な景色に見惚れながら、私たちは王都に入るため足早に丘を下っていった。