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今まで少し先にある屋台に居たはずの3人のうち2人がいつの間にか、私たちの目の前まで歩いてきた。私は考え事をしながらキョロキョロとしていたので、近づいてくる彼らに反応が遅れた。
私はリチェの声で彼らがもう目の前にいることにようやく気がついて、その2人に顔を向ける。
2人とも美形だった。
「近くで見るとさらにカッコいいですけどっ」
小声で、しかし鼻息荒いリチェ。
私の背を盾にするように隠れて話すから小声でもはっきり聞こえてくる。
リチェが顔を赤くする理由は私にも分かる。お貴族さまらしいと言うのもあるだろう。この村や周辺の町でも見かけないような、いわゆる気品もあるし、顔も確かにイケメンだ。
リチェを背に、不躾にならない程度に彼らを眺める。しかし1番の強者はこの子だったようだ。
「おにーちゃんたちすっごいびけい。れるをお嫁さんにしてー!」
私とリチェがこんなに緊張しているのに、この子だけはマイペースのようだった。無垢な子供はある意味最強である。
「レ、レル、何言ってるの!」
リチェがあわててレルの口元を塞ぐ。レルはまだもごもご言っているが、口を塞がれているので何と言っているのかわからない。
「おや可愛いお嬢ちゃん。君をお嫁さんにしてあげたいけど、あと10年は待たなくちゃいけないかな」
中性的で端正な顔立ちの彼は人の良さそうな笑顔をレルに向ける。同時に何故か私の背後でリチェが「はぅ」と苦しげな声を上げている。
「あの、それで私たちに何か用ですか?」
背後のリチェは興奮でまともに会話できないようで、もう1人の青年に尋ねた。
「あぁ、こいつがさっきから女の子に見つめられているとか言って、来ただけで特に用はない。俺はただついてきただけ」
お守りとしてな、とまだレルと話していた彼を引き離すように首元を引っ張る。
「イテテ……強く引っ張りすぎだよアス。--昨日も僕たちのことを見ていたみたいだし、君たちかわいいから僕から来ちゃった」
「昨日、ですか?」
「そうだよ。昨日は森にいた僕らを一生懸命見つめてくれてたでしょ」
そうだっけ?と傾げながら昨日のことを思い出す。
しかしお構いないのか、目の前の彼は勝手に自己紹介を始めてきた。
「僕はヒースだよ。で、こっちはアスフィ」
「わ、私はリチェです! この子はヒナで、こっちは妹のレルです!」
背後からリチェがピョコッと顔を出した。しかも私の名前もちゃっかり教えているではないか。
今の今まで後ろで顔を赤くした唸ったりで百面相していたのに。何という切り替えの早さか。
そして彼、ヒースの性格もあるだろう。リチェはすぐに打ち解けたみたいだ。
「すまないな。あいつ、誰にでもこうなんだ」
もう一人の彼、アスフィが私に話しかけてくる。彼もヒースに負けないくらいイケメンである。ヒースが中性的ならアスフィは男性らしい格好良さだ。
王都はイケメン率が高いのだろうか。
どうやらアスフィは寡黙らしく、一緒にリチェたちの会話を静かに眺めていた。
その間にちらりと横目で彼を見上げる。
どちらも昨夜の彼ではなかった。
ほんの少しだけど期待していたから、ちょっと残念。
彼らに聞いたら昨夜の彼のことは分かるかもしれないけど、聞くのは躊躇われた。ちょっぴり恥ずかしいのもある。
ただもし昨日の彼に会えたなら、急に走り去ってしまったことを一言くらい謝りたかったのだ。
それにもう一度あの瞳はみたいかな。この世界の人は色々な色を持っていておもしろい。私と同じ紫の人ともこれから出会えるかもしれないなー、と思っているとまた新しい声が聞こえてきた。
「また女の子に話しかけてるのか? もうすぐ戻る時間だ。そろそろ戻るぞ」
私たちの後ろから一人の男の人が来た。彼は最初、屋台でみた3人の最後の彼だ。
リチェと話すヒースを見た彼は「またか」と呆れ顔だ。初めての事じゃないのだろう。
「君もすまないね。ヒースは女の子がいるとすぐに話しかけるんだ。まあ、悪気はないから許してやって」
長い時間ごめんね、という彼を見た私は目を見開く。
振り向いた彼の瞳の色は輝くような金色だった。
「ちぇ、ランはいつもいいところをとるんだから。せっかく仲良くなれたのに、ランが来たら2人ともランにくぎ付けになっちゃうよ」
ヒースは金色の瞳をした彼に向かって口を尖らせる。どうやら彼の名前はランというみたい。
ヒースの言う「くぎ付け」という言葉はまんざらでもないかもしれない。だって彼はまるで絵本から出てきた王子様のよう。ただ金髪碧眼ではないのが残念だけど……。それでも金髪金眼が似合い、麗しいと表現できる。
それに顔も昨夜の彼とそっくりなようで、よく思い出すためについじっと見つめた。
「だからランがいないうちに女の子に話しかけたのに」
その様子に勘違いしたのか、ヒースがブツブツと文句を並べている。いつの間にかヒースはアスフィに引き離されたようだ。
「そういえば君たちも突然で驚いたろう。すまないね。もう戻らないといけないんだ」
そういうとかれらは--挨拶をするほどの中でもないが--軽く会釈をして立ち去ろうとしている。
今、そう今しかチャンスはない。
「ま、まって!」
声をかけてから、しまったと思ったけどもう遅い。「なんだ?」と振り返る3人。
1人でも緊張してしまいそうな顔なのに、それが×3となると緊張を通り越してうろたえてしまう。「うっ」と言葉を漏らした私は引くにもひけない状態。
しかし私は金色の瞳のかれにどうしても、昨夜のことを聞きたかった。
「昨日の夜、この村の井戸に行きましたか?」
ヒースとアスフィは案の定「なんのことだ?」というように首をかしげている。
私は緊張した面持ちでもう一人の彼、金の目の彼を見た。
「あぁ、行ったけど?」
やっぱりあの彼だ。しかしどこかしっくりこない。
それでも私は言いたかった彼への謝罪を込めて声をかける。
「昨日はちょっと言い過ぎたから一言謝りたくて」
「……え、何のこと?」
「え?」
金の目の彼は本当に覚えがないというように首をひねらせている。本当に記憶にないらしい彼に戸惑った私は「あ、ごめんなさい、私の勘違いだったみたい。何でもないです」と引きつった顔でなんとか言葉を繋げた。
「じゃあ、もう戻らないといけないから。今日はヒースが本当に悪かったね」
私の言葉に彼は首を傾げていたが、それは一瞬のこと。彼は私が「勘違い」と言うと納得したのか、別れの言葉を言ってから3人とも私たちのところから離れて行った。
+ + + +
「ヒナ? どうした、何かあったのか?」
周りの人に聞こえないように小声でロウが話しかけてくる。ロウは私とリチェ、レルと一緒に彼らを見に行かずに井戸のところで待っていたのだ。
彼らと別れた後、リチェは「みんなに自慢してくる!」といって、レルと帰って行った。どうやら、あの王都の学生たちと話せたのがとてもうれしかったみたい。「明日ね」とスキップでもしそうなくらいはしゃいでた。
「はぁ、確かにそこまで期待してなかったけど、目の当たりにすると結構くるー」
探していた彼に会えたのに、あっちは昨夜のことなんて気にしてないってことよね。あの態度見ればわかるし。こんなことなら、聞かなければよかった。
一人落ち込んでいる私を見て、「なんだ?」というように聞いてくる。
ロウは昨夜のことも、さっき出会った彼のことも知らないから、私がどうして落ち込んでいるのか分からないようだ。
「何でもないよ。もうすぐ今日の行商終わっちゃうみたいだから、最後にもう一度見ようと思うんだ。ロウも行く?」
賑やかな所へ行けば、また元気になるかもと思ってもう一度お店を見回ることにした。
「いや、すぐに戻って来るのだろう? ここに居ることにする」
「分かった、じゃあちょっと行ってくるね」
そういうと、私は一人行商の中へ入って行った。
「それにしても、そっけなさすぎ。期待して落ち込んだ私が馬鹿みたい……。それともただの村娘のことなんて気にすることでもないってこと?!」
最初は落ち込んでたけど、昨日とさっきのやり取りを思い出してだんだんと腹が立ってきた。「せっかく謝ろうと思ったのに」と独り言を言う。
そしてすでに店じまいやかたずけ始めている行商のなかをずんずんと歩く。
ほとんどの行商人たちがかたずけをしている最中みたいで、馬車や馬たちもいたるところに居る。
人や馬、荷物であふれかえっているところが明日には普段の穏やかな村に戻っているのだ。
私はぷんぷんと怒りながら、かたずけをしている人たちを見ながら歩く。はぁー、もう会うこともないし、怒ってばっかりもいられないか。
こうやって、人ごみにまぎれて歩くことでちょっと冷静になれたみたい。
と、そのとき、
「お嬢さん! そこどいて!!」
急に私のいたところが影になったと思って振り向いたら、周りに積み上げられていた荷物が急に倒れてきていた。
とっさのことで、よけることも最近ほとんど使っていなかった魔法も使うことができず、ただ目をつむって衝撃に構えることしかできなかった。
「大丈夫かい!?」
そう言って荷物をどけてくれるのは私に危険を知らせてくれたおじさんだ。倒れてきたのは布などで、思ったより大事には至らなかった。
けれども、倒れた私の周りにはたくさんの布が散らばってしまった。落ちた布を拾うのを手伝っている人、先を歩こうとする人、ちょっとした騒ぎになっちゃたみたい。
「けがはなかったかい?」
心配してくれるおじさんはこの布の持ち主のようだ。
「大丈夫です。そんなに重いものでも硬いものでもなかったし」
私は邪魔にならないように端による。拾うのを手伝おうとしたら、「あぁ! ここは大丈夫だから、人が少ないところへ行きな!」と言われたので、ロウのところに戻ることにした。
+ + + +
「早かったな。なにも買わなかったのか?」
ロウは私に気がつくと、とことこやってきたので、そのまま家に帰ることにした。
「うん。今日の私ってお昼からついてないみたい。もうどこもおしまいみたいだし、家に帰ってトリアおばあちゃんたちにお土産渡すことにする」
行商のあった所から見える家に向かって歩いていると、ロウが急に立ち止まった。
「ロウ? どうしたの?」
不思議に思った私はロウを振り返る。
「ヒナ、お前、ゆびわはどうした?」
「え?」
ロウが見ているのは私の指。私は途中で荷物が多くなって、バッグに入らなくなったからお店の人に袋を貰って両手いっぱいに今日のお土産をもっている。
お昼すぎにたくさん買ってからほとんどずっとバッグを持ちっぱなしで、ゆびわが外れた感覚がなかったのかもしれない。
「本当だ!! ない! なんで?!」
「落としたのか? それとも盗られたのか?!」
そう言われても、今日は1日中お店をみたり、たくさんの人と会話したり、ぶつかったり、布だらけになたりと、原因がありすぎて全然わからない。
「たとえ落としただけだとしても、普段ならいざ知らず、この人だかりなら結局拾ったやつが盗っているだろうな……」
昨日までの私は今日という日を楽しみにしていた。
でも、どうやら今日は私にとって最悪の日のようだ……