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きっかけ

 彼の背後にはその瞳と同じ輝きを持った月があり、星たちと一緒に彼と私を照らしている。

 私よりも背の高い彼を見上げる形で私は一瞬、息を止めてしまった。

 月の光で影になっている顔自体はほとんどみえない。しかし瞳だけはきらきらと確かな光を放っている。まるで妖精みたいだ。


「どうした?」

 急に黙り込んだ私を不思議に思ったのだろう。彼は数歩、私に近づいてくる。


「な、なんでもないっ」

 たった今まであなたの瞳に見惚れていたなんて言えるわけもない。少し赤くなった顔を隠すため背を向け、そのまま名前も聞かずに走ってその場を離れてしまった。

 私は一度も振り返らなかった。振り返ればいつまでも私を見ている彼がいたのにもかかわらず……






「わぁ、これすごくいかわいい。ヒナに似合うんじゃない?」

 私の髪の毛にあてながら、リチェは私に紐状の髪留めを勧めてきた。


「どれどれ?」

「これよ。少し薄めの紫色。ヒナの目の色と似ているし、いいと思うわ」

 そう言って私にその髪留めを見せる。リチェの言うように淡い紫色で、小さな花がたくさん描かれている。リボンのように結んで使うもののようで、春にぴったりのかわいい髪留めだ。


「あ、かわいーでも、私髪を結ぶくらい長くないし……、」

 リチェが手に持っている髪留めは確かにかわいいのだが、なんせ私の髪が結べるほど長くないのだ。


 ここにきて約一か月ちょっと。トリップしてきた時は耳より少し下の長さが、今では首に掛かるくらい。最初よりいくぶん長くなったけど、結ぶにはまだ少し短いのだ。


「髪なんて数か月したらすぐに伸びるわよ。それよりも色違いで買わない? 私はこの同じ形の黄色の買うから」


「えー、色違いで? いいよ、リチェだけ買いなよ」

 買う気まんまんのリチェに対し、私は色違いなんて恥ずかしいしと断る。


「そう? 行商なんてそんなに頻繁にないからここで買わないと同じものを買うことはできないわよ」

 そういって、店主にお金を払うリチェ。買うと決めたら迷わずすぐに買う人のようだ。

「まいどー」と、言う声を背中できき私たちはそこから立ち去る。



 今日は待ちに待った行商の日だ。


 私たちはいつもより早く起きていつもの井戸で待ち合わせをした。ロウとレルは早く起きることができなかったみたいで、少し遅れて合流する予定。

 とりあえず、一番に見たお店がこの髪留めのお店。小さな雑貨類が置いてあって、女性に人気のようだ。


 行商はこの村の真ん中、井戸を中心とした円を囲むように行われている。

 村自体が井戸を中心にしていて、囲むように家々があり、その井戸のあたりはちょっとした広場のようになっている。そして家々の外側には牛舎や納屋、放牧場や小川などがある。私が倒れていた村の入り口は森へ向かう方の入り口で、ちょうど反対側にはもう一つ、他の村や町へと続く道がある入り口があるのだ。


 待ち合わせ場所にした井戸からはほとんどのお店を見ることができる。今見たような雑貨があれば、薬や、農具、調味料らしきものを売っているものもある。

 行商人たちは明日にはもう、他の村へ移動するようで、今日1日しか買うことができないみたい。長い時で、3~4日開かれる時もあるようなので、今回は短いようだ。



 買った髪留めを小さな手持ちのバッグに収めたらしいリチェは、

「さ、お寝坊さんたちももう起きてる頃かしらね」

 と、1人と1匹を迎えに行くことにした。





「すごーーい! お店いっぱい!」

 きゃっきゃっと、はしゃぎまわるレル。小さい子はやっぱりこういうのは大好きなようだ。


 そんなレルを見て「走り回らないで〜」とリチェが手をにぎり、迷子にならないようにする。

 確かに、村の中にはさまざまな品物であふれかえっている。地面に布を敷いてその上に商品を置いている人や日差しよけの簡易テントのようなものを立てその下で売っている人、多くの場所をとっている人や狭い場所で売っている人さまざまだ。


 人も物も普段のこの村からは想像が出来ないほど活気づいている。穏やかな村しか知らないからか、少し変な感じ。


 レルみたいな小さな子だったらすぐに迷子になりそうだし、物を落としてもなかなか見つからないかも。


 ロウはそんなことにはあまり驚かないのか、「ふあぁっっ……」と大きなあくびをしている。

 ロウってば自分から行きたいって言ってたのに。

 そう思いながらロウを見ていると、リチェが何か見つけたようだ。


「ねぇ、少し早いけどお昼食べない? 屋台で何か食べようよ」

 ということで早めのお昼をとることにした。




「お腹いっぱいね、ついつい色んなもの食べちゃった」

 ふっー、とリチェはお腹をなで満足そうだ。横ではレルがぺろぺろと買ってもらった飴をなめている。なんて可愛い。嬉しそうな笑顔に、つい私も顔を綻ばせる。


「リチェはここで少し休む? 私は最初のお店でトリアおばあちゃんたちにお土産買うから」

 ということで、ついでそれぞれ好きなところで買い物をしようと今から自由行動にした。


「じゃあ、買い物が終わったらまた井戸のところで待ち合わせしよ」

 じゃ、たくさん買うわよー! とリチェは今の今までお腹いっぱいですこしきつそうにしてた様にはみえない。


「ヒナもせっかくだから何か買いなさいよ」

「はいはーい」

 じゃーね、と手を振って私とロウ、リチェとレルで別れた。




「うーん、どれにしようかな」

 私は1つ1つ手に取りながら何を買うかと悩む。


 今見ているのはトリアおばあちゃんに渡そうと思っている髪留め。ここは最初にきたお店でかわいいものがたくさんあったからまた来てしまった。

「よし決めた! この花のコサージュにしよ」

 落ち着いた色合いが決め手になった。値札もきちんと確認して行商人のおじさんに渡す。


「おや、朝も来た子じゃないかい?」

 にこにこと行商人のおじさんが商品を小さな袋に詰めながら話しかけてくる。

「はい、ちょっと気になっちゃって、また来ちゃいました」

 丁寧に袋詰めされた髪留めをもらい代金を手渡した。


「まいど! おや? ……きれいな指輪をしているね。贈り物かい?」

「おじさんお目が高い。でも違いますよ。おばあちゃんの形見なんです」

「そうかい、いい指輪じゃないか。大切にな」

 おばあちゃんの指輪を褒められると素直に嬉しい。異世界にトリップしてしまった原因ではあるが、それでも大切な物だということには違いないから。


「ありがとうございました」


 私は他のお店も少し見ようと思って後ろを振り向きながら、おじさんにお礼を言う。すると、丁度人がいたのでその人にぶつかってしまった。


「--びっくりした! すいません、大丈夫ですか?」


 その人は無言で少しよろけてしまった私の手をとり支えてくれる。

「ありがとうございます」

 さっきからありがとうって言いっぱなしだな。


 お店お店で隣同士がすぐ横って感じなので、今日は人にぶつかることもしばしばだ。村人以外の人も多いのでしょうがないったらしょうがないけど。


 今度はうまく人の波に乗りながら、リチェと待ち合わせしている井戸に戻った。





「あれ? もう戻ってる。もっと時間かかるって思ったのに」

 不思議に思いながらも、リチェの元へ行く。


「おまたせー、リチェ、レル、ロウ」

 最初はロウと一緒に回ろうと思ったけど、なんかお腹いっぱいで井戸で休むと言われたので私一人で買い物に行っていた。まぁあの人混みに子犬(と言ったらキレられるが)がいたら危ないし迷惑だろう。


「買い物終わったよ。おじいちゃん、おばあちゃんへのお土産」

 私は今日の収穫物を掲げて見せながら歩み寄って行く。


 買い物を楽しみにしていたリチェならすぐ反応してくれるかと思ったのだが……

「ヒナ、早く早く! それどころじゃないって」

「えっ?」

「『彼ら』が来てるの」




「ほら、あそこ」

「どこ?」

 ほらほら、と言われても人が多すぎて全然見つけられない。


 別に彼らを見たいわけじゃないけど。もし昨夜の彼がいたら謝ろうと思ったから。あのまま何も言わず家に帰えってしまったので、あの後ちゃんと帰ったか心配でもあったし。


 多くの出店で賑わっているし、動く人々からリチェの言う「彼ら」を見つけることができない。

 やきもきするのか、リチェが人々の一箇所を勢いよく指差して教えてくれた。や、リチェ、嬉しいからって指差したらダメだって。


「私たちが言った屋台のところよ。ほらあそこ」

「……あ、見えた! あれか」

 昨日の彼はいるかな? と探すが、なにぶん顔がはっきりわからないので探しようがない。


「目を見たら分かると思うんだけどなー」

 きゃー! と顔を赤くするリチェを横にうーん、とつぶやく。やっぱ近づかないと分からないみたい。


 それにあの屋台に居るのは3人だけで、あの彼という可能性は低い。

 王都からの学生が何人か来ているらしいから、もしかすると周りにいるんじゃないかと思いついた私は、興奮するリチェを余所に、キョロキョロと辺りを見回した。


「―――ね、ねえ! ヒナってば!」


 特徴的な瞳のあの色彩は、また会えばきっと分かるはず。

 この世界の人の瞳の色は結構種類が豊富で、私の瞳を見ても驚く人はいなかった。私の紫の瞳も珍しくはあっても違和感を持たれることはないみたいだし。


「ヒナっ」

「もー、なに?」

 リチェったらさっきからなんなのさ。 

「ちょっと静かに……って、え?」


 さっきまであの屋台にいたはずの「彼ら」が私たちの目の前にいた。 

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