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「それ、れるが作ったのー!」
「本当? すっごいおいしいよ。レルってお料理上手なんだねー」
私が食べているのはパンにチーズとレタスの挟まったサンドウィッチ。どうやらレルが作ったみたい。おいしいと言ってあげると、「おねえちゃんと作ったの!」と満面の笑みだ。
「レルはお料理大好きなのよね」
リチェもそう言いながらサンドウィッチを食べている。最近はこんな感じでお昼を過ごしている。
私たちは朝の仕事をそれぞれ終わらせて、放牧場の端でお昼を食べていた。
彼女たちとお昼を持ちあって、一緒に食べているのだ(私の分はトリアさん作である)
ナットもいるのだが、なぜか今朝の井戸から声をかけても無視されてしまう。それもあからさまな。
今なんて、私に背を向けてもくもくと食べ続けているし。
リチェいわく「あの年頃だから」とにこやかに笑っていただけ。女子の輪に入ってランチが恥ずかしい年頃、なのだろうか。
そっとしておこう、と思いながら食べていると、
「今年も来ているわね、彼ら」
リチェは小川の向こう側にいるらしい「彼ら」を見つけて言った。
私たちがいる牧場の端には小川があり、小川の向こう岸には森がある。その森はレイグおじさんたち猟師が普段狩りをしている森で、私がトリップしてきたときに歩いてきた森でもある。
「そういえば少し前からいる気がする。あの子たちって一体なに? 森で狩りでもしに来たとかじゃないみたいだし」
サンドウィッチを食べながら私もその「彼ら」を遠目で追った。
「あの人たちは王都の学生だ。毎年この時期になるとこの森で訓練かなんかしているみたいだって、父さんが言ってた」
今まで静かにしていたナットが話に入ってきて、説明してくれる。
「へぇ〜」
「未来の騎士さまや魔法士さまたち候補なんだよ。ほとんど貴族さまばかりだから、関わることもないだろうけど」
遠目で見られるだけでラッキーなようで、雲の上の住人とでもいうのだろうか。
いつかはこの村をでて、おばあちゃんの親戚でも探せればと思っているし、私ももう少しこの国や世界について理解する必要があるみたい。
ナットも「俺にも魔法使えたらなー」といいながら、最後のサンドウィッチに手をかける。
「あーっそれ私が最期に残しておいたやつ! 」
「いつまでもあの人たちに見とれてたからだろ。残しておいた奴が悪い!」
そういってぱくっと食べてしまった。
頬を膨らませて怒っている私をよそにナットは全部飲みこんでしまったらしい。
それを見て、リチェはご飯を食べてお昼ねタイム中のレルを膝枕しながら、
「そのサンドウィッチってさっきヒナが口付けてなかったっけ?」
とナットに言っている。なんか顔がにやけてませんか、リチェさん?
その言葉をきいてナットが「はぁ?!」といって咳込んだ。
口付けてないから。そしてナットもそこまで咳込まなくってもいいんじゃないの?
ものすごい勢いでげほげほ言っているせいか、顔全体が真っ赤になっているようだ。
「ちょ、ナット大丈夫?」
さすがにかわいそうなので、リチェが嘘ついたことを教えてやると「ねえちゃんのアホ!」と怒る。リチェはナットを見ながら「青春ねー」とにやにやしていた。
そして私たちがそんなやり取りをしていたのを、小川の向こう側、森の中にいる「彼ら」が見ていたのを気づかなかった。
「じゃあ、明日は一緒にお店みようね。井戸のところで待ってるから」
私たちは夕方、放牧しておいた牛たちをそれぞれの牛舎に帰してしまうと、明日の話で持ちきりだった。
明日は年に数回来る行商の日らしいのだ。
「分かったわ。ヒナはここにきて初めての行商だもんね、春の行商は品ぞろえが豊富だからいろいろみれるわよ」
「楽しみっ。トリアおばあちゃんたちからお小遣いもらえるからなんか買おうかな」
明日の行商にいろいろと考えながら、みんなで帰っていく。
「あ、俺は他のやつと行くから」
ナットはどうやら他の男の子と見回るみたい。
「確かに、一緒にいたら買いたいものも買えないわよねー」
とリチェがまたあのにやっとした顔をする。
「なんで姉ちゃんが知ってんだよ!」
「ナットの友達に聞いたのよ。私に聞いてくれればアドバイスしてあげたのに」
ふふふーと私にはまったく分からない会話を始めた2人。
「ねえ、なんの話? 私は聞いてないよ」
「ヒナは後でわかるわよ。いいわね、春で」
確かに、もう春の季節だけどもっと分かりやすく言ってくれない?
私がひとりで傾げていると、ナットは「俺は先に帰るからな!」と言って走って帰っていった。
結局ナットが何を買いたいのか分からずじまいだ。まあ、後でわかるみたいだからいっか。
私は「じゃー明日ね」とリチェと眠ったまま抱っこされてるレルに言って帰った。
「なんだ、明日は行商が来るのか?」
「そうみたい。なんか物も食べ物もたくさん売ってるって。すっごい楽しみ」
「行商とはかなり久しぶりだな。私もヒナたちについていこう」
部屋のベッドで寝転がりながら私たちは明日のことについて話している。
ロウは昔、こっちにいた頃何度か行商を見たことがあるようで、約半世紀ぶりとなる今回の行商についてくるそうだ。
「もらったお小遣いがあったんだけど、行商人が来るからって余分にまた貰ったからロウのも何か買うね」
さっきの夕食で、ボーロおじいちゃんから「明日何か買いなさい」とお給料としてもらったのだ。
「明日はいつもより少し早いのだろう? 今日は早めに寝ておくか?」
「そうだね。リチェとレルとも待ち合わせしてるし」
ベッドに横になり、おやすみーと言いながら目を閉じる。私の声と同時に自然と部屋の中の蝋燭が消え、明かりとりの窓からの月の光のみになった。
「ぅん、……んー、トイレー」
のそのそと起きてドアの横のタンスの上に置いてあるカーディガンを羽織る。
「まだ外は暗いから気をつけるのだぞ……」
とベッドの中でロウがつぶやく。
「んー、わかったぁー」
私は足音をたてないように外にあるトイレへ向かう。
用を足し終えたのでまた家の中に戻ろうとしたら、
「ん? 井戸のとこに誰かいる?」
家から井戸まではそんなに遠くはなく、途切れ途切れ雲はでているが、この星明かりだったらうっすらと人影を感じることは出来る。
井戸にいると思われる人物は水でも飲もうとしているのか、井戸を覗き込んでいる。
「こんな真夜中にいったい誰よ。……泥棒じゃないでしょうね」
ゴクリと唾を飲み込んだ。もしくは盗賊か? もしくは幽霊……それだけは勘弁だ。
気づかれないうちに、いったん家へ戻ろうかと思ったが遅かったようだ。
「誰だ?」
「……そそそっちが誰よ」
村にお世話になってしばらく経つが、見知らぬ人もまだいるから、もしかすると村の人?とも思ったのだが……。
「この村のものではない」
「その発言めちゃくちゃ怪しいんですけど!」
怪しい、怪しい人だ!
こんなときに頼りになるロウは家の中だ。相変わらず妖精たちの姿は少ないが、確かにその気配は感じる。ヤバイときは魔法で乗り切るしかない!
ジリジリと後ずさりする。疑われているのが分かるのか、目の前の人物は井戸から離れて両手を広げてみせた。
「私は王都から来ているロータス学院の学生だ」
あいにく薄っすらと雲が月を覆っているせいで彼の姿はよく見えない。
「が、学生?」
「そうだ」
腕を広げているのは安心させるためなのか。彼--声で判断した--はそのままの格好で話し始めた。
「遅くに驚かせてすまない。まさかこんな夜更けに人がいるとは思わなかった。宿を借りているんだが、眠れず外に出ていた」
「そうなんですね。確かにちょっと驚いたけど。--まだ夜更けです、獣も出るかもしれないから早く戻った方がいいですよ」
雲で月明かりが隠れているから、私は道を照らそうと空を見上げた。数が少なく、弱々しくはあるが風の妖精たちが雲を彼方へさらっていく。
「今のは……」
「森の妖精よ」
視線を戻せば先程の彼も空を見上げていた。
雲が晴れて月明かりに照らされた彼を見て、うっと私は息を飲んだ。
「今のは君が?」
彼の顔が--暗くてはっきりとは見えないが私は彼を見上げて息をのむ。
月の光に反射してきらきらと輝く、金のような瞳。その美しい顔立ちの青年に、私は目を見開いたまま固まった。