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異世界に来たけど、まず服を買いました  作者: ぬしぽん


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第十七話

 カレンダーの頁が捲られ、ついに運命の朝が訪れた。


 鏡の中に立つのは、一着百二十Gの傑作、藍色の変色ドレスを纏った、氷のように冷徹な令嬢だ。光の角度で藍から紫へと移ろうベルベットが、俺の歩みに合わせて妖しく波打つ。


 (……。仕上がりは上々。重さも、空気抵抗も、二ヶ月間で完全に身体が覚えた)


 俺は無表情のまま、腰に漆黒の竜剣を佩刀はいとうし、胸元で鈍く光る『虚空の涙』を整えた。鏡の中のライラは、一滴の感情も漏らさぬ冷淡な美貌を湛えている。


 屋敷の門前に出ると、そこには月給十Gで雇い入れた十二人の私設騎士団が、一糸乱れぬ動きで片膝をつき、こうべを垂れていた。黒鋼の装甲が、朝日に反射して鈍い銀光を放つ。


 「あるじよ。道は開けております。……我ら、この命に代えてもあなたの背後を汚させはしません」


 リーダーの男が、重厚な声で誓いを立てる。かつての荒くれ者の面影はなく、そこには金と格によって飼い慣らされた、精鋭の矜持だけがあった。


 「ええ、期待していますわ」


 俺は短く冷ややかに応じると、ノックスがうやうやしく開いた馬車の扉へと足を向けた。


 学院へと向かう豪華な馬車の車中。向かいに座るノックスが、手元の羊皮紙を淡々と読み上げる。


 「ライラ様。本日の入学式、最も警戒すべきはやはりアルベルト殿下。そして、彼を支持する『議会派』の重鎮、アーノルド公爵家の令息でございます」

 「王家の駒であるわたくしを、彼らが歓迎するはずもありませんわね」


 「御意。さらに、魔術学部の特待生として入学する聖女候補の少女。彼女の周囲には、既に幾人かの有力な騎士候補が群がっているとの報告が」


 (聖女に公爵令息……。典型的だな)


 俺は冷めた瞳で窓の外を眺める。

 

 (学校か……元の世界ではひたすら目立たないようにしていたけど、こっちの世界はどうなるんだろうな)


 やがて馬車が学院の正門に到着し、扉が開かれた。周囲に並ぶ他家の馬車とは一線を画す重厚な造り。そして、その背後に控える黒鋼の私設騎士団。


 俺が地面に足を降ろした瞬間、それまで騒がしかった正門前の制服を着た生徒達が、魔法をかけられたかのように静まり返った。


 「あれが、例の『クロエラ男爵』か?」

 「あんな派手なドレスで登校を?」

 「何という美しさだ……」


 ひそひそと囁かれる声すら、俺の耳には届かない。

 一瞥も周囲にくれず、背筋を真っ直ぐに伸ばし、優雅な、だが隙のない歩調で石畳を踏み締める。


 (まずは講堂。そして、アレクシア先生。……待ってろよ。このライラの『美しさ』が、この学院の常識を塗り替えてやる)


※    ※    ※    ※


 大講堂の重厚な扉が左右に開かれると、既に席についていた数百人の新入生たちの視線が、津波のように俺へと押し寄せた。


 藍色のベルベットが歩みに合わせて紫へと移ろい、腰の竜剣が革の鳴る音を立てる。


 (全校生徒の視線が刺さるが、気にするだけ無駄だ)


 俺は周囲の視線に目もくれず、最前列、教官席の真ん前という「特等席」へと向かった。

 

 「お座りください」


 ノックスが椅子を引く。その無駄のない動作すら、周囲の貴族子弟たちには異質に映っているようだ。


 壇上には、先日説明会で会った剣術学部の教官、アレクシア・ヴァン・ホルンが立っていた。彼女は俺の姿を認めると、一瞬だけ口角を上げたように見えたが、すぐに元の険しい表情に戻り、壇を叩いた。


 「――静粛に! これより入学式を執り行う!」


 式典が進む中、来賓として壇上に上がったのは、やはりあの男だった。


 「アルベルト・ルイス・ローゼンだ。諸君の入学を歓迎する」


 第一王子の登壇に、会場は割れんばかりの拍手に包まれる。だが、アルベルトの視線は真っ直ぐに俺を射抜いていた。彼は演説の最中、わずかに目を細め、俺の変色ドレスと腰の剣を確認するように頷いた。


 (わざとらしくこっちを見てるな。また面倒なフラグが立ちそうだな)


 式典が終わり、生徒たちが各学部の教室へ移動し始める中、俺の前に一人の少年が立ちはだかった。


 銀髪を完璧に整え、豪奢な刺繍の入った制服を纏った少年。ノックスが車中で言っていた、アーノルド公爵家の令息だろう。


 「失礼、クロエラ男爵。一つ伺ってもよろしいかな?」


 少年の背後には、彼を信奉する取り巻きたちが壁のように控えている。


 「ここは学びの舎だ。貴公のような、戦場を侮辱するかのような派手なドレスと、飾り物の剣で歩き回る場所ではない。貴族の義務を履き違えているのではないか?」


 周囲の平民生徒や、中堅貴族たちが息を呑む。

 俺はゆっくりと立ち上がり、扇をパッと閉じて、公爵令息の喉元にその先を向けた。


 「義務、ですか?わたくしの義務は、わたくしの『美しさ』を維持すること。そして――」


 俺は冷徹な瞳で彼を見据え、一歩、間合いを詰めた。


 「わたくしを不快にさせる雑音を排除することですわ。……邪魔よ。退きなさいな」


 公爵令息の顔が、怒りと驚愕で赤く染まる。

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