第十五話
入学前の説明会は、学院の大講堂で行われた。
各学部の担当教官が壇上に立ち、順番に説明していく。魔術学部、錬金術学部、歴史・政治学部、剣術学部……全部で六つ。俺はドレスの裾を整えながら、最前列の席に座っていた。
(……最前列は失敗だった。目立ちすぎる)
説明会が始まった瞬間から、周囲の生徒たちの視線が俺に集中している。ドレスのせいでもあるが、それ以上にクロエラ男爵が来たという噂が既に広まっているらしく、ざわつきが収まらない。
(人見知りには地獄の状況だ。でも今はそれより学部を決めなければ)
魔術学部の教官が熱弁を振るっている。
「魔術学部では、初年度に魔力測定と属性判定を行い、各自の適性に合わせたカリキュラムを……」
(俺に魔法は使えない。終わり)
錬金術学部の教官が続く。
「錬金術は理論と実験の繰り返しです。膨大な文献を読み込み、化学反応式を暗記し……」
(暗記。嫌いな言葉ランキング三位以内に入る)
歴史・政治学部はさらに壊滅的だった。
「この国の建国から現在に至るまでの歴史を体系的に学び、論文を毎月提出していただきます……」
(論文。毎月。無理だ。絶対に無理だ)
俺は扇で口元を覆い、あくびを噛み殺した。
やがて、剣術学部の教官が壇上に立った。がっしりとした体格の中年の女性で、腰に二本の剣を下げている。
「剣術学部は、とにかく動く。座学は最低限。あとは死ぬ気で身体を叩き込むだけだ」
(……おっ)
「魔法の才能がなかろうが、剣一本で最前線に立たせる。それが我が学部の矜持だ。ただし、日の出前からの朝練、雨天決行。諦めの悪い奴だけ来い」
(……おおっ)
俺はノックスに耳打ちした。
「ノックス。剣術学部に決めましたわ」
「……理由をお聞きしても?」
「魔術は肌に合いませんの。それに……論文を毎月書くなど、わたくしの高貴な指先がインクで汚れてしまいますわ」
「御意。……実技演習の多さがお気に召した、ということでよろしいですな」
ノックスが静かに頷く。その顔には「予想通りでございます」と書いてあった。
(あと、ドレスを靡かせながら剣を振る方が、圧倒的にかっこいいしな)
それが本当の決め手だったが、口には出さない。
※ ※ ※ ※
説明会が終わると、俺はノックスを連れて剣術学部の教官のもとへ向かった。廊下の端で後片付けをしていた教官は、近づいてくる俺の姿を見た瞬間、眉間に深い皺を刻んだ。
「……噂のクロエラ男爵か」
「ライラ・ゼーレ・クロエラと申します。本日はご挨拶に参りましたわ」
教官は俺を頭から足まで、値踏みとも侮蔑とも取れる目で見回した。藍色の変色ベルベット、腰に下げた漆黒の竜剣、そして胸元で鈍く光る虚空の涙。
「……貴族の道楽か」
低い声だった。ドレス姿の俺に対し、いい印象を持ってはいないのは明白だ。
「剣術学部を選ぶ者は、血反吐を吐いて這いつくばる覚悟がある者だけだ。そのドレスで来るつもりなら、今すぐ他の学部へ行け。うちは舞台じゃない」
(予想通りの反応だ)
俺は扇を広げ、教官を正面から見据えた。
「ごもっともなご意見ですわ。確かにこのドレスは、あなたの仰る『泥に塗れる』ための装いではございませんもの」
教官が意外そうに眉を跳ね上げた。素直に非を認めるとは思っていなかったらしい。
「……ほう。少しは弁えがあるようだな。では、明日はその装いを改めて来るか?」
「いいえ」
「……なんだと?」
「ドレスは改めませんわ。……ですが、先生のご懸念も理解いたしました。ですから、一つだけお約束いたしましょう」
俺は扇を閉じ、腰の竜剣の柄にそっと指先を滑らせる。
「このドレスを纏いながら、先生のご指導を完璧に完遂する。それがわたくしの誠意ですわ。……口先で覚悟を説くより、結果をもってお示しするのが、最も誠実な返答かと存じますの」
静寂が流れる。教官の瞳の奥で、鋭い火花が散った。
「……いいだろう。入学までに剣の扱いだけは確認しておけ。ドレスで来るのは勝手だが、一週間で音を上げて泣き帰る貴族の小娘を、これまで何人見てきたか……まあ、自分で学ぶといい」
教官は腕を組み、値踏みするように俺を見下ろした。
「入学初日で逃げ帰るのだけは勘弁してくれ。書類仕事が増える」
「泣き言など、わたくしの辞書にはございませんわ」
(ひぇ〜、厳しそうだな)
「……もう一度名を聞いておこう」
「ライラですわ。先生のお名前をお聞きしてもよろしいですの?」
「アレクシア・ヴァン・ホルン。先生とだけ呼べ」
アレクシア先生は最後にもう一度だけ俺のドレスを見て、鼻を鳴らして背を向けた。
「……せいぜい、初日だけは頑張れ」
「ふふ。楽しみにしていてくださいませね」
(厳しそうな先生だ。でも……見返してやる)




