第十四話
「ライラさん、また来てくださいね! 次はアクセサリーも揃えましょうよ! 五着それぞれに合わせた」
「ええ。楽しみにしていますわ、ミラさん」
ミラの店を出て、馬車に乗り込もうとしたところで、ふと足元に目がいった。今履いているのは、マイルームの収納棚に保管されていたゲーム内の靴だ。ゲームの中でコツコツ集めた自慢のコレクションで、デザインは申し分ない。数だって十足以上はある。
(でも、これはゲームのデータから生まれたものだ。この世界の素材でできているわけじゃない)
ミラが作ったドレスの生地を思い出す。触れた時の質感、光の受け方、動くたびの揺れ方。この世界の職人が、この世界の素材で作ったものは、ゲームのグラフィックとは全く別物だった。
(靴も、同じはずだ。この世界のもので揃えたい)
「ノックス」
「はい」
「靴屋へ参りますわ。マイルームに靴のコレクションはあれど……この世界の素材で、五足揃えたいの」
ノックスが僅かに目を細めた。
「……さすがでございます、ライラ様。王都の職人街に、腕の確かな靴職人がおります」
※ ※ ※ ※
王都の職人街の一角。表から見ると小さな店構えだが、扉を開けた瞬間、革と蜜蝋の芳しい匂いが漂ってきた。壁一面に靴の木型が並び、棚には仕上げ途中の靴が所狭しと置かれている。
店主は五十がらみの無口な職人だった。カウンターで黙々と革を叩いていたが、俺を見た瞬間に手が止まった。目線が、足元へ。
「……その靴」
「ええ。今日まで履いていたものですわ」
職人が立ち上がり、しゃがみ込んで俺の靴を間近で観察した。眉間に皺が寄る。
「見たことのない革だ。どこの産地だ」
「遠い地方のものですわ。……だから、こちらで新しいものを揃えたいのです。この世界の素材で」
職人がゆっくりと立ち上がり、俺の顔を見た。値踏みするような目ではなく、職人として何かを測るような目だ。
「……何足?」
「五足。それぞれ、このドレスに合わせて」
ミラの店で受け取った五着分の色見本をカウンターに並べる。職人が食い入るように眺め、低く唸った。
「……注文を聞こう」
「一着目の藍色には、深みのある紺のヒールを。二着目の白銀には、戦闘でも使えるフラットブーツを。三着目の緑青には、艶やかな黒のパンプスを。四着目の深紅には、同色のアンクルブーツを。五着目の金色には……」
俺は少し考えた。
「象牙色のミュールを。金と象牙の組み合わせが、わたくしの銀髪と最も映えますわ」
職人が黙々とメモを取りながら、時折小さく頷く。
「素材は?」
「最高級のものを。妥協は不要ですわ」
「……竜革をベースに。二着目のブーツには魔獣の腱を芯材に使う。どんな地面でも滑らず、軽い。五足合わせて二百八十Gになるが」
(二百八十G。一足平均五十六G。ドレスより安い。でも靴は毎日地面を踏むものだから、素材が重要だ)
「お願いしますわ。仕上がりはいつ?」
「三カ月だな」
「二ヶ月後が初登校ですの。間に合いませんわね」
職人がしばらく黙った。それからカレンダーに目をやり、また俺の足元を見た。
「……二カ月でやる」
「あら。無理をおっしゃらないで」
「無理じゃない。やると言ったらやる」
職人が静かに、しかし確かな熱を帯びた目で言い切った。
(この街の職人は、みんなこういう顔をする。オーレルも、ミラも。……悪くない)
「では、お言葉に甘えますわ。楽しみにしていますわね」
店を出ると、ノックスが静かに口を開いた。
「ライラ様。あの職人、王都でも五指に入る腕前でございます。かつて王家の靴を手がけたこともある」
「……そうですの」
(王家の靴を作った職人に、学院用の靴を作らせる。……悪くない話だ)
馬車に乗り込みながら、俺は今日の出費を計算した。
ドレス五着:六百五十G
靴五足:二百八十G
合計:九百三十G
【現在残金:125,767G】
(九百三十G。学院の学費九年分か。……でも、これが俺の戦闘服)
冬の夕暮れに染まる王都を眺めながら、俺は二ヶ月後どのドレスを着ていこうかと初登校を思った。
※ ※ ※ ※
土地の権利書を片付け終えたノックスが、居住まいを正して俺の前に立った。
「ライラ様。正式に土地を拝領し、邸宅としての体裁が整いました。つきましては、我ら使用人の給金について、ご指定をいただけますでしょうか。……これまでは暫定的な端数で済ませておりましたが」
(給金か。今の俺は石油王より金を持ってる成金令嬢だ。……ここでケチる理由は1ミリも無い)
「そうですわね。ノックス、ヨルン。……あなたたちのこれまでの働きは、金貨数枚で測れるものではありませんわ」
俺は優雅に指を三本立てた。
「ノックス。あなたは家令として、月三百G。ヨルン、あなたは侍女兼料理人として、月百G。……これでいかがかしら?」
ヨルンが持っていた銀のトレイが、ガシャンと大きな音を立てて床に落ちた。ノックスの眼鏡が、僅かにずれる。
「さ、三百……!? ライラ様、それは王都の高級官僚の年収を優に超えます! 騎士団の隊長ですら、その半分も……!」
「あら。わたくしの平穏と美学を守る対価ですわ。……それとも、わたくしの価値はその程度だとおっしゃるの?」
「い、いえっ! 滅相もございません!」
ヨルンが顔を真っ赤にして震えている。
(よし。これで一生付いていきますフラグは確定だ)
「給金の話はこれでおしまい。……ノックス、次ですわ。わたくしは学院という場所へ通わねばなりません。その間、この屋敷に不潔な鼠が入り込むことを、わたくしは断じて許しませんの」
俺は窓の外、広大な敷地を見渡した。結界という目に見えない守りもいいが、やはり実力が物理的に立ちはだかっている光景こそが、支配者の嗜みだ。
「……防衛、ですな。ライラ様」
「ええ。ノックス、王都で最も腕が立ち、かつ忠誠を金で買える精鋭を集めなさい。人数は少数で構いません。装備は……そうね」
俺は指先で顎をなぞり、オーレルに送る発注書を書き換えた。
「魔導銀の全身鎧は……少々、下品が過ぎますわね。わたくしの美学に反しますわ。ノックス。鎧は黒く染め上げた最高級の黒鋼をベースになさい。ただし、心臓を守る胸当ての裏側にだけ、魔導銀の極薄プレートを忍ばせるのです。……表面はシックに、中身は無敵。これが真の贅沢というものですわ」
ノックスの方へと目をやると、満足そうに口元を緩めていた。装備の件はこれで完璧だろう。
※ ※ ※ ※
数日後、ノックスが連れてきたのは、王都の裏社会で名の知れた、筋金入りの荒くれ者たち十二名だった。
彼らは応接間のふかふかの絨毯を泥靴で踏み、あからさまに不遜な態度で俺を睨みつける。
「おいおい、ノックスの旦那。話が違うぜ。一生遊んで暮らせる雇い主だって言うから来てみりゃ、座ってるのは乳臭いお嬢ちゃんじゃねぇか」
リーダー格の巨漢が、鼻を鳴らして腰の斧を叩く。
「俺たちの命は高いぜ? 露天商の用心棒と一緒にしねぇでもらいたいもんだ。……月給五十、いや、百Gは貰わねぇと、こんな退屈な庭番なんてやってられねぇな!」
周囲の男たちから下卑た笑いが漏れる。
(……出たな。典型的なふっかけだ。相場を知らねぇガキだと思って、舐め腐ってるな)
俺はお嬢様フィルターを全開にし、手に持った扇で口元を隠して、クスクスと優雅に笑ってみせた。
「……あら、おかしい。わたくし、先ほど耳に『ゴミ』が入り込んだようですわ」
「あぁ!? なんだと、お嬢ちゃん!」
「月給百G? ……ふふ、笑わせないで。あなたたちのその薄汚い命に、そんな価値があるとお思い? ノックス。わたくしの提示額を、この無学な方々に教えて差し上げて」
「はっ。……主より、月給十G。および、最高級の宿舎と食事の支給でございます」
一瞬の沈黙の後、男たちが激昂した。
「十Gだと!? 舐めてんのか! そんな端金、一晩の酒代で消えちまうぜ! 帰るぞ、野郎ども!」
「お待ちなさい」
俺の冷たい一言が、出口へ向かおうとした彼らの足を止めた。
「……十Gが端金? ええ、そうですわね。あなたたちが今までやってきた、泥にまみれて数枚の銀貨を奪い合うような野蛮な仕事に比べれば、確かに少ないかもしれませんわ」
俺は机の上に、オーレルに作らせた【黒鋼と魔導銀の隠し装甲プレート】を、無造作に放り投げた。
「ですが、これはどうかしら? このプレート一枚で、あなたたちの安っぽい命が十回は助かりますわよ。さらに。わたくしが用意する食事は、一流の料理人が作る滋養強壮の極み。そして何より――」
俺はポーチから、黄金色に輝く特等純金貨を一粒、指先で弄んだ。
「十Gは基本給。わたくしの敷地に指一本触れさせなかった月には、別途でボーナスを差し上げますわ。……一括払いで、金貨百枚ほどかしら?」
男たちの動きが止まった。
「ひ、百……?」
「ええ。ですが条件があります。わたくしの騎士を名乗るからには、その汚い身なりを改め、彫像のように美しく立っていること。……それができない無能なら、今すぐ消えなさい。わたくしの庭を汚す権利すら、あなたたちにはありませんの」
圧倒的な美の威圧感と、提示された異常なまでの好条件に、男たちは顔を見合わせた。
さっきまで百Gよこせと喚いていたリーダーが、ゴクリと唾を飲み込み、その場に片膝をつく。
「……悪かった、お嬢……いや、ライラ様。その十Gとやら、喜んで受けようじゃねぇか。あんたの影にすら、鼠一匹通さねぇことを誓うぜ」
(よし。交渉成立だ)




