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異世界に来たけど、まず服を買いました  作者: ぬしぽん


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第十三話

 翌朝。食堂に漂う芳しい香りで目が覚めた。


 ダイニングテーブルに着くと、ヨルンが銀のトレーを両手で抱えて現れる。


 「おはようございます、ライラ様! 今朝はノックスが王都の市場で仕入れてきた食材で、腕を振るいました!」


 並べられたのは、琥珀色のコンソメスープ、バターの香りが染み込んだ厚切りのパン、そして季節の野菜を丁寧に炒めた付け合わせ。最後にヨルンが小さな器を置いた。その中には、深い赤みを帯びたジャムが鎮座している。


 「イチジクのジャムです。ノックスが市場で見つけてきたんですよ。南の地方から入ってきた珍しいやつだって」

 「……ノックス、これを殿下への返礼に使いましたの?」

 「はい。同じ産地のものを一瓶、使者の方へ」


 (一千G超の首飾りへの返礼が、市場で買ってきたジャム一瓶。でも、それがいい)


 スープを一口含む。今日も安定して美味い。


 (ヨルンの料理には、もう慣れた。慣れたというより、これが当たり前になってきた)


 パンを千切って浸すと、吸い込まれるようにしっとりと柔らかくなる。コンビニのパンしか知らなかった頃の自分に教えてやりたい。毎朝こんなものが出てくる生活があると。


 「ヨルン。今日のスープ、少し香辛料が変わりましたの?」

 「気づいてくださいましたか! ノックスが昨日市場で仕入れてきた南方の香辛料を少し足してみたんです。お口に合いましたか?」

 「ええ。悪くありませんわ」

 (悪くない、というのがこちら基準での最大の褒め言葉だと、最近ヨルンも理解してきたらしい。成長した)


 ヨルンが嬉しそうに胸を張る。


 「ノックス。今朝の市場、何かめぼしいものはありましたの?」

 「南方の香辛料が新入荷しておりました。それと、先日ライラ様がご所望だった蜂蜜漬けの果実も。あとは……」


 ノックスが僅かに間を置いた。


 「魔導銀の精錬カスから作られた化粧品が、美容ギルドの露店に並んでおりました。ライラ様の技術が、市中に広まっております」

 「……ふふ。わたくしの残り香で市場が潤うなど、無粋な街も少しは美を理解し始めたようですわね」


 (自分の投資した素材が、ゴミですらブランド化して日常に溶け込んでいく。悪くない眺めだ)


 朝食を終え、ヨルンに外出の支度を整えてもらいながら、俺は今日の予定を確認した。二ヶ月後の学院生活に備えて、ミラの店で登校用のドレスを揃えなければならない。


※    ※     ※    ※


 ミラの店に入ると、カウベルの音と同時に奥からミラが飛び出してきた。


 「ライラさん! 待ってましたよ! 学院用のドレスですよね!? もう考えてあるんです!」


 目の下に薄い隈を作りながら、目だけが爛々と輝いている。どうやら昨夜から構想を練っていたらしい。


 「ミラさん。わたくしの条件は一つですわ」

 「なんですか?」

 「学院の廊下を歩くたびに、すれ違う生徒全員が振り返ること。……それだけですわ」

 

 ミラが一瞬だけ黙り、それから満面の笑みを浮かべた。


 「最高の注文です。任せてください!」


 一着目:藍色の変色ベルベット(通学・授業用)


 「これは授業向けです。落ち着いた色なんですけど、光の当たり方で青から紫に変わる特殊な染色をしてあります。座って授業を受けていても、ちょっと動くたびに色が変わって……教室全体が気になって仕方なくなるやつです」


 試着室でベルベットに袖を通すと、生地が身体に沿って静かに落ちた。重厚なのに重くない。鏡の前に立つと、シャンデリアの光を受けた生地が、確かに深い藍から紫紺へとゆるやかに変化していく。


「……いいですわね」

「でしょう! 一着百二十Gです」


 (百二十G。学院の学費より高い登校用ドレス。……まあ、毎日着るのだから安いもんか)


 二着目:白銀の防刃シフォン(実技演習・体育用)


 「これは体育や実技演習向けに作りました。シフォンって動くたびにひらひらして戦闘向きじゃないんですけど、裏地に魔獣の羽毛を織り込んであるので、どんな動きをしても型崩れしないんです。しかも軽くて暖かい。あと……剣を抜いても裂けません」


 最後の一言を、ミラが少し得意げに付け加えた。

 羽織った瞬間、ふわりと空気に包まれるような感覚があった。腕を大きく振っても、足を蹴り上げても、生地が身体に追従してくる。光沢のある白銀が動くたびに流れ、まるで水面のように揺れた。


「一着百三十Gです。素材が特殊なので少し高いんですが」

「構いませんわ」


 三着目:緑青の魔導刺繍サテン(式典・来賓用)


「これはちょっとフォーマル寄りです。学院の式典とか、来賓が来る日とか。胸元の刺繍に魔導銀の糸を一本だけ忍ばせてあるので、光の加減で刺繍がきらめくんです。さりげないんですけど、知っている人には分かる感じの」


 鏡の前に立つと、確かに刺繍が息をするように光を弾いていた。主張しすぎない輝きが、かえって品位を高めている。


「……ミラさん、これは特に良いですわ」


 ミラが照れたように頭を掻いた。


「ありがとうございます! 一着百十Gです」


 四着目:燃ゆるような紅絹(勝負服・煽り用)

「これは……正直、学院で着るには派手すぎるかもしれないんですけど」


 ミラが少し言いにくそうに言った。


「でも、ライラさんなら絶対に似合うと思って。生地は南方の絹で、光沢がとにかく強くて。太陽の下だと本当に燃えているみたいに見えるんです」


 袖を通した瞬間、鏡の中の自分が変わった。藍色や白銀とは全く異なる、圧倒的な存在感。銀髪との対比が鮮烈で、廊下を歩くだけで視線を集めること確実だ。


 「派手すぎるとおっしゃいましたの?」

 「あ、でもライラさんなら……」

 「わたくしにとって、派手すぎるという概念は存在しませんの」

 

 ミラがぱっと顔を輝かせた。


「やっぱり! 一着百四十Gです!」


 五着目は、夜明けの空のような淡い金色のドレスだった。


 「これが一番時間がかかりました」


 ミラが少し真剣な顔で言った。


 「金色ってすぐに下品になるんですよ。でも、この生地は東方の職人が特殊な技法で染めたもので、光沢が上品で、しかもライラさんの銀髪と合わせると……」


 試着した瞬間、ミラが息を呑んだ。


 「……やっぱり。鏡、見てください」


 鏡の中には、夜明けの光の中に立っているような姿があった。金色が銀髪を引き立て、まるで月が昇る瞬間を切り取ったような、静謐で美しい組み合わせだ。


(これは……少し、好きだ)


 思わず内心でそう認めた。


 「……いくらですの?」

 「百五十Gです。素材代がかかってしまって。……高いですよね」

 「安いものですわ。あなたの勤勉さへの対価としては」


 ミラが一瞬きょとんとして、それから声を上げて笑った。


 五着分の支払いを済ませながら、俺は総額を頭の中で計算した。

 百二十+百三十+百十+百四十+百五十=六百五十G。


 (六百五十G。学費六年分強か。……でもまあ、毎日着るものだから一日あたりで割れば安いもの)

 「ライラさん、また来てくださいね! 次はアクセサリーも揃えましょうよ! 五着それぞれに合わせた」

 「ええ。楽しみにしていますわ、ミラさん」


 【現在残金:126,047G】

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