第十二話
夜会から三日が経った朝。
クロエラ邸の玄関に、また使者が訪れた。
「アルベルト殿下より、ライラ・ゼーレ・クロエラ男爵閣下へ。謹んでお届けいたします」
差し出されたのは、深紅の箱。開けると、そこには星の瞬きを閉じ込めたような、青白く光る首飾りが鎮座していた。
「……美しいですわね」
俺は優雅に微笑み、ヨルンに首飾りを手渡した。
(値踏みするに、これ単体で土地が一軒は買えるやつだ。しかも俺の銀髪と絶対に合う色を選んでやがる。計算高い王子め)
これで、夜会から届いた贈り物は七点目になる。翡翠の指輪、竜の鱗から作った小物入れ、王家の紋章入りの扇……どれも一級品で、どれも悔しいほど趣味がいい。
「ノックス。殿下への返礼は?」
「本日の朝食と同じ産地のジャム、一瓶でございます」
「よろしい」
(一千Gの首飾りへの返礼がジャム一瓶。でもこれでいい。対等な立場を崩さないためには、値段ではなく温度感が大事なんだ)
ノックスが満足げに頷く。贈り物のおかげで資産は安定し、オーレルへの追加投資も滞りなく進んでいる。だが、問題が一つあった。
「ノックス。わたくし、最近退屈ですわ」
「左様でございますか」
「ドレスは完成した。土地も手に入れた。資産も回っている。……次に何をすればよいかしら」
ノックスは少し考えてから、静かに口を開いた。
「……学院はいかがでしょうか、ライラ様」
「学院?」
「王都には、冒険者と魔法使いを育てる『国立ローゼンハイム学院』がございます。貴族から平民まで、才ある者を広く受け入れる場所です。……ライラ様のお召し物を見て、羨望する若者の顔は、いかなる夜会にも勝る刺激かと存じますが」
(……なるほど。ギルドメンバー達からのチャット嬉しかったな。人見知りでも承認欲求には勝てない⋯⋯。ドレスを見せる相手が毎日新鮮に補充されるのはいいな。確かに退屈しなさそうだ)
「入学の手続きを進めなさい。ただし、一つ条件がありますわ」
「条件、でございますか」
「わたくし、制服というものが好きではありませんの。私服での登校を認めさせてきなさい」
ノックスが一瞬だけ目を細めた。
「……承知いたしました。では、参りましょう」
※ ※ ※ ※
国立ローゼンハイム学院。
王都の丘の上に構える、石造りの重厚な校舎。
校長、ウルム・ローファンという男は、長年この学院を率いてきた生粋の学者肌だ。王子の名が出ようと動じない、頑固な老人。ノックスの事前調査によれば、かつて魔導院の院長すら一蹴したことがある人物らしい。その校長室で、俺は300Gのドレスをまとい、白髪の老人と向き合っていた。ウルムは入室してきた俺を一目見た瞬間、わずかに目を見張った。それだけで充分。
「クロエラ男爵閣下。入学はお受けいたします。しかし、私服登校は規則上、認めるわけには参りません。この学院では、すべての生徒が平等に制服を着用する。それが我が院の誇りです」
ウルムが静かに、しかし一切の妥協を見せずに言い切った。
「あら。平等、ですの?」
俺は扇をゆっくりと広げ、校長を正面から見据えた。
「では伺いますわ。この学院の生徒の中に、わたくしと同じ『虚空の涙』を胸に飾れる者が、何人おりますの?」
「……それは」
「わたくしを制服という鎧で覆うことは、この世界から夜を取り上げることと同義ですわ。校長。学院の誇りとは、生徒を均一に塗り潰すことではなく、各々の才を最大限に引き出すことではなくて?」
ウルムが眉をひそめる。だが、俺は続けた。
「わたくしの私服登校を認めてくださいませ。その代わり、この学院に……そうですわね、図書館の増築費用として五千Gを寄付いたしますわ」
「……五千G!?」
「蔵書が増えれば、生徒の学びも深まりますわ。これはわたくしの授業料の一部ですの」
ウルムは長い沈黙の後、深く息を吐いた。
「……一点だけ、条件がございます」
「どうぞ」
「他の生徒の学習を妨げないこと。そして、どのような服装であれ、学院の品位を損なわないこと」
「もちろんですわ。わたくしの装いが、品位を損なったことがございまして?」
ウルムは俺を頭から足まで一瞥し、観念したように小さく笑った。
「……ない、ですな。ご入学をお待ちしております、クロエラ男爵」
ノックスが学費の百Gと寄付金の五千Gを、それぞれ丁寧に封筒に分けてカウンターに置いた。
(よし。五千Gで私服登校の権利を買い取った。図書館も増えて生徒も喜ぶ。完璧な取引だ)
「ありがとうございます、校長。新学期までまだ二ヶ月ほどございますのね。では、楽しみにしていてくださいませね」
校長室を後にしながら、俺はノックスに耳打ちした。
「ノックス。登校用に、新しいドレスが必要ですわ。ミラに連絡を」
「既に手配済みでございます」
(さすがノックス。でも所持金が……)
【現在残金:126,697G】
(まあ、いい。王子の贈り物ビジネスが回っている限り、問題はない)
俺は冬の空の下、新しい舞台へ向けて、心なしか軽い足取りで馬車へと乗り込んだ。




