病院付き添ってくれない
私は頭をさすった。
さっき時計が落ちてきたけど、幸いそんなにしっかりした作りのものじゃなかった。
もともと軽いし。
でも、沈秋灵の表情のほうが面白かった。
さっきまで私のことを笑っていたのに、だんだん笑顔が消えていく。
今はめちゃくちゃ緊張した顔をしている。
顔をぐっと近づけてくる。
こんな表情、ずいぶん久しぶりに見た気がする。
そのとき、ふっとある考えが頭をよぎった。
深く考える暇もなく、口が先に動く。
「……ねえ、病院付き添ってくれない?」
言った瞬間、後悔した。
いや、頭なんて全然なんともない。
血も出てないし、腫れてもいない。
普通に「大丈夫だよ」って言えばよかったのに。
教室のときみたいに。
「いいよ」
沈秋灵はあっさり答えた。
あ、やっぱりいいよ。さっきのは私がちょっと大げさだっただけで、家で大人しくしてればいいし、二人で宿題でもやろうよ——
そんな言葉を頭の中では組み立てていたのに、結局口には出なかった。
頭の鈍い痛みはだんだん弱くなっていくのに、
心の中の退却ドラムだけがどんどん大きくなる。
「行こ」
沈秋灵は一分も無駄にする気がないみたいだった。
さっきの、なんだったんだろう。
病院なんて面倒なのに、なんであんなこと言ったんだろう。
私は彼女の後ろをついていきながら、喉の奥まで後悔でいっぱいなのに、何も言えない。
沈秋灵の生活リズムだと、だいたい九時過ぎには帰る。
病院なんて行ったら、下手したら十一時になる。
彼女は自分の荷物も取らず、スマホだけ持って配車アプリを開いた。
私たちはマンションの下で待つ。
秋の風がゆっくり吹いている。
……今ならまだ止められる。
呼吸。
深呼吸。
「もう痛くない」って言えばいいだけ。
私は口をもごもご動かす。
そのとき。
「まさか今さら、やっぱ行きたくないとか言わないよね?」
沈秋灵が突然言った。
私は固まった。
もし何も異常が見つからなかったら、
ただの大げさな騒ぎになる。
そのタイミングで配車の車が止まった。
ドアが自動で開く。
私がまだ迷っていると——
沈秋灵がぐいっと私を押し込んだ。
……いやちょっと。
知らない人が見たら普通に誘拐だよこれ。
しかも彼女、七、八分で行ける小さい病院を全部無視して、区の三甲病院の救急外来を指定していた。
ナビ表示:到着まで十八分。
私は車の中で黙り込む。
声も出せない。
そのとき。
沈秋灵の手のひらが、私の手の上にそっと重なった。
「大丈夫。怖くないよ」
心臓が胸の中で暴れている。
なんでこんなに跳ねてるんだ。
さっき時計が落ちる前、沈秋灵は私に聞いた。
——女の子、好き?
ちゃんと考えたことはない。
でも、この心拍数って正常なの?
私は手のひらをひっくり返して、彼女の手を握り返したくなる。
二人の手が重なっているのを、ただ見つめる。
どれくらい時間が経ったのかわからない。
沈秋灵の手は最初、上に置いてあるだけだった。
でも、いつの間にか静かに離れていた。
……ちょっとだけ寂しい。
と思ったら。
彼女は腕の位置を変えて、
今度は私の手を丸ごと握ってきた。
完全に。
幼稚園児の手を引くみたいな感じだ。
ナビ、残り三分。
……逃げないように?
いや違う。
この人、たぶん普段からこうなんだ。
沈秋灵は窓の外を見ている。
建物がどんどん後ろに流れていく。
顔は見えないけど、
ガラスに映ったぼやけた横顔は、あまり楽しそうじゃない。
まあ、そりゃそうか。
こんなの、かなり時間取られるし。
女の子が好きかどうかは、まだわからない。
でも一つだけ確かなことがある。
私はきっと——
女の子と手をつなぐのが好きだ。
車を降りると、目の前には青白い病院の建物。
救急外来の灯りが明るく光っている。
私は手を離すのが惜しくて、そのままにしていた。
沈秋灵も離さない。
……なんて見事な詐欺だろう。
病院って、後悔薬とか売ってないのかな。
私たちは受付に行き、トリアージの案内に従った。
沈秋灵が先に話しかける。
「この子、頭に物が落ちてきて。どこで検査すればいいですか?」
「まず座って。体温と血圧ね」
看護師が丸い機械を指した。
「腕入れて」
私は名残惜しく沈秋灵と手を離し、血圧計に腕を突っ込む。
もう片方の脇には体温計を挟まれた。
若い医者が通りすがりにライトで私の目を照らし、
大したことなさそうだと思ったのか、何も言わずに去っていった。
まあ救急だし。
遠くでは誰かが盛大に吐いている。
私みたいな「思いつき健康診断」は
たぶん一瞬でバレてる。
「家族の人、受付して」
看護師はそう言ってから、
私たちの同じ制服を見て、面倒くさそうな顔をした。
「自費?それとも保険?」
「自費で」
私が言った。
渡されたのは自費の受付用紙だった。
「書いたらあっちで支払いして、カード作ってまた戻ってきて」
沈秋灵は私の名前を書き、スマホを見ながら電話番号を写す。
急いで出てきたのか、眼鏡をかけていない。
数字を書くたび、まつ毛がぱちぱち動く。
残りは自分で書こうかと思った、そのとき。
隣の医者がぽつりと言った。
「心電図も取ろうか」
振り向くと、電子血圧計の画面に心拍数が表示されている。
110。
138。
101。
最後は126。
……いや違うんですけど。
沈秋灵が顔を近づける。
「身分証番号は?」
紙を見る。
ほとんど書き終わっていて、
最後の一行だけ空白。
字、すごくきれいだった。
私の名前を彼女が書くの、初めて見た。
……なんか、ちょっと嬉しい。
「それ、取っといてもいい?」
分診の医者と看護師が同時に私を見る。
「?」
血圧測定は終わっていた。
私は紙を受け取って自分で書き始める。
頭の中、情報が多すぎる。
後悔が真ん中で旗を振っている。
私は一度にたくさん処理できない。
一つずつしか無理だ。
さっきのは症状じゃないんです、先生。
「先、行ってくるね」
この待合室、意外と広い。沈秋灵は書類を渡すために、小走りで何度も行き来している。
普段はあんなに落ち着いているのに、病院だとやっぱり違うんだな。
医者は椅子に座って心電図を待つように言った。沈秋灵が戻ってきたとき、頬が少し赤くなっていて、なんでだろう……待って、まさか、私に心臓病があるって言うつもりじゃ……
前の人がカーテンから出て、次は私の番だった。
「大丈夫だよ」
沈秋灵はもう一度、私の手を軽く握ってから離した。
ベッドに横になって、医者が機械を使うのを待つ。何が出ても受け入れるしかない、これが彼女を騙して連れてきた代償だ。
機械から紙が出てくる。「特に異常はなさそうです」と医者が付け加えた。「ただ、心拍が少し速いです。しばらく観察しましょう」
うわ、冤罪だよこれ。
沈秋灵もそれを聞いて、ようやくにこにこ笑いだした。
その後、中年の医者が来て、めまいはあるか、吐き気はあるか、といった質問。
もちろん、全部「ない」と答えた。
最後に、私の頭を見て、怪我したところを押さえながら言った。
「CT撮りますか?保険を考えるならね。まだ若いですし」
突然、制服がちょっと浮いて見えた。
「保護者は?」
二人ともその場で固まった。保護者を連れてくるなんて誰も考えてなかった。
医者は私たちの反応を見て、表情が微妙になり、頭の中で色々な可能性を考えたようで、動きが止まった。
「じゃあ……電話してみる?」
沈秋灵がそっと私に聞いた。
もし保護者に連絡するのが優先なら、私の人生で最もやりたくないことの一つだ、沈秋灵の前で電話するなんて。
「連絡しないのは良くないです」
医者は水性ペンを手で握って揺らしながら言った。「連絡先はありますか?こちらから電話してもいいです」
指先がしびれる。この医者、いっしょに電話しようとしているみたいだ。呼吸を整えて、言った。
「両親は離婚してます。それぞれ家があります」
「おじいちゃんおばあちゃんは?」
「もういません」
医者は少し沈黙した。
「もう16歳だし……CT撮りたいですか?撮るなら、保護者にはこちらから伝えます」
「いい、いいです」
私はとっくに帰りたかった。
医者は象徴的に、少し活血化瘀の顆粒を出しただけ。
たぶん、どうでもいい甘いお茶みたいなもの。本当は問題ないと思っていたのに、今、頭の後ろでぽっこりと腫れができつつある。
「観察は続けてください。家には誰かいますか?」
「……」
診察室は静まり返り、外の足音だけが響く。
「います」
沈秋灵が口を挟んだ。
誰が?私の家に誰がいる?
「それでいいです」
医者はタイピングを終えて、臨時診察カードを取り出した。「受付で支払いと薬を受け取れば帰れます」
私は沈秋灵の後ろをついて、ぽかんとした顔。私の家に誰がいるの?
もうすぐ10時半、沈秋灵の帰宅時間はとっくに過ぎ、彼女の携帯も連絡がない。
「明日朝八時に来るから、電源切らないでね」
何が?八時?
沈秋灵はカードを入れて会計を済ませ、薬も受け取った。今日、ここは人が少ない。
「いくら?」
「いらない」
彼女の口調はまるでタピオカを買うみたいだった。
こんなとき、何て言えばいいんだろう、社会人らしく、何を言えば……どうすれば……
「もう怖がらせないから」
沈秋灵は低い声で言った。私と向かい合って立ち、私の手を握り、頭を少し下げ、耳が赤くなっている。「顔を触ったりもしないよ」
私の胸の中で、ギアとかネジとかが一瞬で崩壊した。
心臓がめちゃくちゃに動く。
いやだ……
頭の中はこの言葉でいっぱいになり、立ち尽くすしかなかった。
以前は彼女が週末に来るなんて思わなかった、平日も来すぎだと思ってた。
でも今は変わった、週末に会うのが当たり前で、少し冗談も言えるはずなのに、なんで触ってくれないの?
え?どこからそう思ったんだ?
帰り道、私たちの手は触れなかった。車の窓に映る自分の顔を見る。表情がひどすぎる。
何か言って救済すべき?
何を言えばいい?
何か言わなきゃだめだ。
私はぼんやりしたまま沈秋灵と一緒に家に帰った。彼女は素早く自分のものを整理した。
「じゃあ、また明日」
あ……
まだどうするか考えていないのに、ドアが閉まった。
彼女の足音が消えると、私は力を失ってその場にしゃがみ込んだ。
著者の日本語はN2レベルしかない。翻訳が終わったら改めて確認するつもりだが、怖い。




