金曜日
金曜日。
金曜日の朝は、学校全体の空気が少しだけ軽い。
登校してくる生徒たちの表情も、どこか明るい。
私はいつもより早く教室に着き、カバンを机に置いてから、行き交う生徒たちをぼんやり眺めていた。どこか浮かれた雰囲気が漂っている。
うちの学校では、金曜日の午後に特別選択授業の時間がある。
自分の興味のある科目を選べる制度だ。
もともとは、美術や体育系の進路を考えている生徒のために作られた時間らしい。ついでに、苦手科目を補習する機会としても使える。
とはいえ——。
当然、楽な授業を選ぶ生徒もいる。
金曜日になると、やたらと薄いカバンでキラキラ登校してくる人が必ずいるのだ。
うちのクラスは基本的に英語の先生の授業に振り分けられる。
もし別の科目を選んだら、別の教室へ移動する必要がある。
その英語の先生は、まだ社会人三年目くらいの若い先生だ。
男子の中には、わざと彼女の授業を選ぶ人も少なくない。
ちょっとふざけても、うまく制御できないから。
噂では、この制度が始まった最初の年、授業中にうっかり人前で泣いてしまったこともあるらしい。
そのせいで、男子を避けたい女子は、わざと理科や数学を選ぶこともある。
……私は今日は、特に行きたいところもない。
このまま教室に残るのもアリかな、と考えていた。
隣の席の**賈娣**も、今日は十分前に来ていた。
彼女は毎日ものすごく時間に正確だ。金曜日でも例外じゃない。
「佳佳、おはよう」
そう声をかける。
ちなみに彼女は自分の本名があまり好きじゃない。
「秋秋!」
彼女はいつも元気いっぱいだ。
そして絶対に私のフルネームでは呼ばない。
ちなみに彼女には弟はいない。妹が二人。
あの家の人口構成は、それがゲリラ戦の限界らしい。
「今日、何の授業選ぶの?」
「うーん……まだ決めてない。物理か化学かな……」
「そうなんだ。私は今日は外に出るの面倒なんだよね」
「じゃあ机を守る任務は任せた!」
「了解〜」
もうすぐ授業が始まる。
でも——柳青苑がまだ来ていない。
昨日、暗記して帰るよう言ったけど……
まさかそれが遅刻の言い訳になったりしないよね。
正直、昨日は私も色々あって帰るのが三十分くらい遅れた。
でも夜全体で見れば大した影響じゃない。
もし遅刻なんてしたら、もう面倒見ないけど。
チャイムが鳴った。
その直後、後ろのドアから慌ただしい足音。
先生より十秒くらい早い。
振り返らなくても分かる。
「今日、なんか機嫌よさそうだね」
佳佳が小声で言う。
「金曜日だもん」
今週末は家で二日間ゴロゴロしながら小説を読む予定だ。
最高じゃないか。
一時間目はちょうど担任の授業だった。
国語担当の程先生。
学校の理屈では「国語は誰でもできる科目」らしく、雑務がやたらと彼女に回ってくる。仕事量がとにかく多い。
クラスの問題に気づいていなくても、誰も彼女を責めない。
「じゃあ今日は、昨日の暗記課題を抜き打ちで確認しましょう」
え、そんなラッキーなことある?
ちゃんと準備したものが、ちょうど抜き打ちされる。
これ以上気分のいいことはない。
「趙楽之」
その名前が呼ばれた瞬間、教室が静まり返った。
そう。
私だけじゃない。
彼女の行動と自分の不運が関係していると気づいている人は、きっとたくさんいる。
裏ではもう、かなり噂になっているはずだ。
もし事態が大きくなれば、被害者は柳青苑だけじゃ済まない。
このクラスには、長期的ないじめ関係もあれば、
**いじめ側の気まぐれな“無差別攻撃”**もある。
大体の人は、文章を最初から最後まで暗記しているわけじゃない。
試験前に、当たりそうな段落だけ覚える。
案の定、趙楽之の暗唱は十数文字ごとに止まった。
私はふと思う。
最悪なのは——
次に柳青苑が当たることだ。
趙楽之のプライドは、自分より下だと思っている相手に恥をかかされることを絶対に許さない。
そして今この教室で、柳青苑がもっとスラスラ読める可能性を知っているのは、私だけだ。
最初の二段落は、ほとんどボロボロだった。
先生は手を振って座らせた。
叱りはしない。
でも顔がすべてを語っていた。
私は手を挙げた。
「あなたはいいわ。絶対できるでしょ」
先生は扇ぐように手を振った。
私は佳佳に小声で聞く。
「覚えてる?」
「正気?」
……だよね。
来るな来るな来るな。
どうかその名前じゃありませんように。
「柳青苑」
最悪の展開。
やっぱり。
むしろ最初に当たってくれた方がよかった。
私は振り返った。
彼女と目が合う。
肩はまっすぐ。
怯えている様子はない。
他の生徒はみんな小さく縮こまっている。
自分じゃないと分かるたびに安堵する。
なるほど、先生が彼女を指名した理由が分かった。
もし全員できなかったら、クラス全体が恥ずかしいから。
「ちょっと忘れました」
彼女が言った。
え?
背中に冷たいものが走る。
まさか背中を見せるつもり……?
その瞬間——
朗読が始まった。
流暢さは、さっきの人の数段上。
……何この演出。
盛り上げてからの展開とかやめてよ。バカ。
私は肘を机につき、頬杖をつきながら聞いていた。
教室いっぱいに、聞き慣れた声が広がる。
まあ……。
こういう見せ方も、別に嫌いじゃないけど。
彼女の普段の成績は中の下くらい。
きっとクラスのみんなも驚いている。
自分より成績の悪い人が、実は努力していた。
それって、案外気持ちいいものじゃない。
先生は遠慮なく褒めた。
……それは、さっき当たってできなかった人には一番刺さる言葉だ。
抜き打ちはそこで終了した。
佳佳が耳元でささやく。
「柳青苑、変わったよね」
「そうだね」
「秋灵、すごく嬉しそう」
趙楽之の顔は真っ黒だった。
クラスのみんなはこっそり喜びながら、でもバレないようにしている。
たぶん、この状況で堂々と笑ってるのは
私だけ。
「私も嬉しいよ」
佳佳が言う。
「ずっと思ってたの。そろそろ公開ビンタしてやればいいのにって。柳青苑だって趙楽之に負けてないよ」
彼女は、仕返しがエスカレートする可能性なんて考えていない。
ただ復讐小説の第一話を読んでいるみたいな気分なのだ。
それはそれで、ある意味すごい。
ふと、教室の隅から視線を感じた。
振り向く。
趙楽之。
どうやら、私たちが楽しそうにしすぎたらしい。
でも彼女は、私には来ない。
あの人は獲物を選ぶタイプだ。
弱い者いじめ。
成績上位は、先生の宝物。
私は学年一位。
佳佳も常にトップ10。
陰で何かするかもしれないけど——
正直、今さら隠す意味もない。
何か起きたら、誰がやったかすぐ分かるから。
佳佳はその視線に気づいていない。
のんびりした顔をしている。
……そういうところが、腹立つんだろうな。
前髪がまつ毛にかかっていた。
揺れる元気がなくなっている。
そろそろ切った方がいい。
私は軽く指で払った。
彼女はさらに嬉しそうになった。
歯がずらっと見える笑顔。頬がほんのり赤い。
……こういう時、照れるんだ。
今まで気づかなかった。
さて。
ちゃんと授業を受けよう。
二時間目と三時間目の間の休み時間は十五分。
基本は、トイレ用の人間的配慮。
そして——
案の定。
平和は二分も続かなかった。
突然、本が一冊宙を舞った。
さっきの朗読の声みたいに、
空気に残響を残して。
誰がやったかなんて、足の指でも分かる。
趙楽之は一言も言わない。
やることだけやって、トイレへ行った。
あまりにも一瞬。
誰も状況を把握する前に終わる。
まるで歩いていたら突然犬に噛まれて、振り向いたらもう犬の尻も見えないみたいな。
速すぎて誰も全体を目撃していないのに、
全員ちゃんと理解している。
柳青苑は本を拾った。
私は黙って見ていた。
もしかしたら将来、何か起きた時、
安全ワードなんて使う暇もないかもしれない。
本のページは裂けていた。
もうきれいには閉じない。
表紙にも新しい傷。
彼女は手で軽く押さえて整えた。
それで終わり。
……ずいぶん適当だ。
今日は昼に教室移動がある。
だから趙楽之のいつもの昼休みは、柳青苑と会えないかもしれない。
彼女は処理を終えて、頬杖をついた。
斜め前。
つまり——私の方向。
佳佳が肩を叩く。
「ねえ」
「何?」
「柳青苑、この二日くらい、よく秋灵見てない?」
……この人が気づくってことは、
かなり見てるってことだ。
佳佳がさらに小声になる。
「私の推測だけど……」
眉を動かしながら言う。
「もしかして、秋灵のこと好きなんじゃない?」
「バカじゃないの」
「冗談冗談」
私たちはクスクス笑いながら、軽く押し合った。
賈娣=佳佳
「娣」という字は、中国では「弟」という意味を含んでいて、昔は「次こそ男の子が生まれるように」という願いを込めて女の子に付けられることがあった名前だ。
つまり「次は弟が来る」というニュアンスがある。
今の時代ではほとんど見かけない名前で、少し侮辱的に聞こえることもある。
だから彼女自身も、クラスのみんなも、その名前では呼ばないことになっている。




