心を込めた小さな石が教えてくれた本当の愛~か弱い婚約者だと思っていたら、王国を救う英雄でした~
初めてその子を見た時に、小さい子ねと、レスティアナは思った。
レスティアナ・アルドス公爵令嬢は12歳。
ルイード・バルト公爵令息に引き合わされた。
互いに名門の公爵家。ルイードはバルト公爵家の次男で、10歳。
黒髪碧眼で小さくて細くて。
母のアルドス公爵夫人に言われた。
「この子が貴方の婚約者になるルイードよ。仲良くするのよ」
こんな小さな子が?わたくしより背も低いじゃない。
痩せているわ。それに弱そう。
こんな子がわたくしの?
ルイードはバルト公爵夫人の後ろから顔を出して、
レスティアナが睨んだら、震えていた。
バルト公爵夫人が笑って、
「ルイード、ほら、挨拶しなさい」
ルイードは顔を出して震えながら、
「ルイード・バルトです」
そう言うと、再び夫人の後ろに隠れてしまった。
レスティアナは母に、
「この子がわたくしの?嫌だわ。もっと素敵な人がいいわ」
母は笑って、
「まだ幼いのだから、これから素敵に成長するわ」
この子が素敵に?どうみても、こんなか弱い子、素敵になるはずがないわ。
このユテル王国の18歳のディン王太子殿下はとても背が高くて素敵で、14歳のカイン第二王子殿下それはもう美しくて女性に人気があって。他にも知っている男性は皆、とても素敵よ。
それなのにこの子が???
母はレスティアナに、
「貴方は一人娘なのだから、この子を婿に迎えねばならないわ。しっかりと仲良くするのよ」
仕方がないから仲良くすることにした。
「貴方、趣味はなんなの?」
庭で二人きりにしてもらい、話しかける。
ルイードはもじもじしながら、
「僕は石を集めるのが好きなんだ」
「石????」
「そう、石。父上がお土産にとても綺麗な石を買ってきてくれるんだ。僕、楽しみで楽しみで。見せてあげるよ」
へ、変な子だわ。
部屋に連れて行って貰い、タンスの中に入っている綺麗な石を見せて貰った。
「き、綺麗だよね?」
「綺麗だけど…‥」
「あとね。本を読むのが好きなんだ。僕、身体があまり強くないから」
「そうなの」
石は確かに綺麗だし、本を読む事はいい事だわ。
でも、王太子殿下とか、知っている男性は素敵な人ばかりなのに、自分はこんな子が婚約者なんて。なんだかがっかりした。
わたくしは両親から可愛い可愛いと褒められる位に可愛いと思うの。
髪はふわふわの金髪だし。
家庭教師をつけてもらって、今、レディになる為に一生懸命勉強しているわ。
ディン王太子殿下やカイン第二王子みたいな素敵な人と結婚して、アルドス公爵家を継ぐ為に。
わたくしは一人娘、お婿さんを貰わなければならないから。
でも、実際の婚約者は、10歳のルイード。
お子様よ。
成長したって、細いし、か弱そうだし、趣味は石集めと本を読むこと???
何だかがっかりした。
ルイードは頻繁に、アルドス公爵家にバルト公爵夫人に連れられて遊びに来るようになった。
話と言えば石の話、読んだ本の話。
お子様で本当につまらないわ。
わたくしはもっとロマンティックに、テラスでお茶を飲みながら、大人の話がしたいのに。
「ねぇねぇ。この石、君にあげようと思って持って来たんだ。綺麗な赤い石だろう。僕の宝物だからあげるよ」
「いらないわ」
「ね?君は僕の婚約者なんだから」
強引に握らされた。
こんな石、いらないのに。
でも、放り投げるのも駄目な気がして、仕方がないから貰って、引き出しに放り込んでおいた。
お子様のお守りをなんだかしているみたいで、とても嫌。
でも、遊びに来たら、婚約者だから相手をしなくてはならない。
翌年、悪い病が流行った。
レスティアナも高熱が出て、病が長引いて、しばらく寝たきりになった。
そんな中、ルイードが見舞いに来たのだ。
父も病にかかり寝込んでいる。
使用人達も半数が病にかかって休んでいる。
アルドス公爵領は病にかかった人たちが多かった。
それに比べて、バルト公爵領は病にかかった人が少ない。
バルト公爵領の人達はロンロの実をよく食べている。
だから高熱の病にかかりにくいと医者が言っていた。
ロンロの実はバルト公爵領の名産だ。
馬車一杯にロンロの実を積んで、ルイードがやって来たのだ。
庭に、バルト公爵家の馬車に積んで来たロンロの実を御者は降ろすと、ルイードを置いてさっさと帰ってしまった。
ルイードはロンロの実を手に抱えられるだけ一杯抱えて、屋敷の中に入って来て、アルドス公爵夫人に、
「これはお見舞いです。我が公爵領の人達はこの実を食べているので、病にかかる人はとても少なかったのです。どうか、皆さんで食べて下さい」
アルドス公爵夫人は涙を流して、
「有難う。でもルイード。早く帰らないとうつるかもしれないわ。幸い、わたくしはうつらなかったのだけど、夫と娘が病にかかってしまって」
「会う事は出来ませんか?レスティアナに。僕はレスティアナの婚約者です」
「駄目よ。病がうつるわ」
「それならば扉越しで慰めてきます」
レスティアナは熱は下がったけれども、体力が回復せずベッドで寝ていた。
扉をコンコンと叩く音がする。
レスティアナは返事をする気力がなかった。
声が聞こえた。
大きな声が。
「レスティアナ。ロンロの実を持って来たから、それを食べて早く元気になーれっ。
それからお見舞いの綺麗な石をアルドス公爵夫人に渡しておくから。僕だと思って。いつも回復を願っているよ」
レスティアナは、ルイードったら、ドアの前で大声で叫ぶなんて子供だわ。
そう思ったけれども、嬉しかった。
わざわざ、会いに来てくれたのだ。
返事をしたかったが、具合が悪くて返事が出来ない。
でも、とても勇気が貰えたような気がした。
ルイードは徐々に背が伸びて、レスティアナの背を追い抜かした。
相変わらず細くて、誕生日とか何かあるたびに、素敵な花とかアクセサリーの他に、小さな石をプレゼントしてくる。
引き出しが小さな石だらけになってしまった。
これ以上、石をいらないとも言えなくて。仕方がないので貰ってやっている。
そんなレスティアナが18歳、ルイードが16歳。
レスティアナは花がほころぶような美しい女性になった。
残念ながら憧れのディン王太子は結婚してしまったけれども。
夜会に行けば、カイン第二王子や他の貴族令息からダンスを誘われる。
婚約者のルイードとは最初にダンスは踊るが、彼はあまりダンスが上手ではない。
だから二曲目からは色々な男性とダンスを踊った。
相変わらず背があまり伸びず、冴えない男のルイード。
それに比べてカイン第二王子達はなんて、素敵な男性なのだろう。
レスティアナは自分の婚約者が平凡なルイードであることにがっかりしていた。
話をしていても、嚙み合わない。
彼は頻繁に屋敷に来て、父アルドス公爵について、懸命に領地の事を習っている。
屋敷に来て、色々と話しをするけれども。
将来、領地経営を共にしていかなければならない。
真面目な話はするけれども、その他にルイードがする話は面白くないのだ。
もっと華やかな王都の話をしてよ。
本の話なんてつまらない。
石の魅力って何よ。
領地経営の話は仕方が無いから、するけれども。
もっともっとわたくしは華やかな世界の話がしたいの。
相変わらず、誕生日や何か記念することがある時にプレゼントと共に、小さな石をくれるのだ。
だから、ついにレスティアナは、
「小さな石はいらないわ。もう引き出しに沢山あるもの」
と言ってしまった。
ルイードは悲しそうに、
「この石には私の心を込めてある。頼むから貰って欲しい」
だから仕方ないから貰ってやった。
引き出しに放り込んでおく。
ルイードはにこにこしながら、
「今日の君も美しいね。会うたびに綺麗になっていくね」
ルイードに褒められても嬉しくない。
もっと素敵な人に褒められたらとても嬉しいのに。
そんな中、隣国との関係が一気に悪化した。
隣国のロデール帝国が軍隊を集結させているという。
ロデール帝国とは何かあるごとに、小競り合いが続いている。
だが、今回は大掛かりな軍を編成して、本格的にユテル王国に攻め込もうとしていた。
ユテル王国の国王は、前線にレッドル将軍を兵1万率いて、出陣させるように命じた。
レッドル将軍は御年50歳。ユテル王国の戦力の要である。
しかし、ユテル王国には大きな危機を抱えた戦の時は、王族か高位貴族の若者が従軍して、士気を高めるという風習があった。
国王は頭を抱えた。
貴族達を集めて、会議を開く。
そこにはディン王太子やカイン第二王子も出席していた。
ディン王太子は皆に向かって、
「私は将来、国王になる身です。今回の戦は生きて帰って来られるか解りません。ですから私が出陣する訳には参りません」
カイン第二王子も、
「私は戦なんて行くのはいやです。公爵家の令息に行かせればよいでしょう。高位貴族であってもいいわけですし」
そう言ってカイン第二王子もはっきりと嫌だと断った。
生きて帰れるか解らない。
士気を上げる為には最前線で兵士達を鼓舞しなければならないのだ。
だから国王は皆に向かって命じた。
「王子達が出陣する訳にはいかない。五公爵家の誰かを従軍させて士気を上げさせるがよい」
「我々の息子を出陣させろと?」
「普通は王族が出陣して皆を激励するべきでしょう。特に第二王子殿下。貴方様が出陣を」
「先代の国王陛下は自ら出陣して、皆を鼓舞したと聞いておりますぞ」
「ここの所、大きな戦はありませんでしたから」
「しかし、我らの子をっ…あんまりです」
五つの公爵家は悩んだ。
何故なら、若者が従軍する習わしだからだ。
三つの公爵家には息子がいるが、二つの公爵家には娘しかいない。
レスティアナのアルドス公爵家も娘しか現在いないのだ。
かといって、長男を従軍させて死にでもしたら、
誰だって自分の息子を殺したくはない。
カイン第二王子は首を振って、
「私は嫌だ。死にたくない。お前達の息子を出陣させればいいだろう」
幼い頃から、王族は強くあれと剣技を叩きこまれ、馬の扱い等、色々と教え込まれているはずである。
それなのに……
五大公爵家でも、何かあった時に、男性には一応、それなりに身体を鍛えて、馬も扱えるように学ばせてはいた。いたが‥‥‥当然、今までの例からも王族が従軍するものだと思っていた。
そんな中、一人の男が立ち上がったのだ。
まだ16歳のルイードである。
「私は身体が弱く、馬は扱えますが、剣技はさっぱり駄目です。でも、王国の危機ならば私が従軍し、皆を鼓舞します。ユテル王国の危機ですから当然でしょう」
皆が驚いた。
いかにもか弱そうな少年が手を挙げて、自分が行くと言い出したのだ。
アルドス公爵が、
「君は我が娘と婚約を結んでいる」
ルイードの父、バルト公爵や兄のピエールも、
「お前が行くことはない」
「お前が行くのなら、私が代わりにっ」
「駄目です。兄上はバルト公爵家を継ぐのですから。私はまだアルドス公爵家と婚約を結んでおりますが、結婚はしていません。ですから私が行きます。もし、私に何かありましたら、レスティアナには新しい婚約者を探せばいいと思います」
国王陛下が、
「ルイード・バルト公爵令息。そなたに命じる。兵を鼓舞して見事帝国軍を押し返し、勝利しろ」
「かしこまりました」
レスティアナは家でその報告を聞いて驚いた。
よりによって、あんなか弱い本の虫のルイードが、戦に行くというのだ。
「どうしてなんで?何故、貴方が行くことになったの?」
ルイードに問い詰めた。
ルイードはレスティアナの手に小さな赤い石を手渡して。
「必ず生きて帰って来る。でも、帰って来られなくなったら、君は私以外の人と結婚して幸せになって欲しい。それが私の願いだ」
急にそう言ったルイードが大人びて見えて、何だか悲しかった。
レッドル将軍は、ルイードが行くと聞いて驚いたみたいだが、その心意気を喜んでくれて。
「坊主。絶対に生きて帰ろうな。俺がお前を殺しはしない」
と頭をガシガシと撫でてくれた。
軍1万は国境に向かって出陣していった。
当日、レスティアナも両親と一緒に、ルイードを見送った。
バルト公爵夫妻やルイードの兄ピエールも来ていた。
生きて戻って来られるかは解らない。
ルイードはそれでも、馬に乗って堂々と出陣していった。
二週間後、激戦の末に帝国軍に勝利した。
双方、死者や負傷者を多数出したが、両国の間に、停戦の話し合いが行われた。
激戦の中、ルイードが行方不明になったと、戻って来たレッドル将軍から聞いた。
レッドル将軍は直接、アルドス公爵家にも訪れて、頭を下げて、レスティアナに謝った。
「申し訳ない。レスティアナ嬢。ルイードは皆を鼓舞して先頭で突っ込んでいき、生きているかどうか解らない。わしのせいだ。わしのっ。ルイードは本当に立派に戦った。ルイードは我が王国の誇りだ」
「そうなの。彼は立派に戦ったのですね」
「本当に申し訳ない」
涙が不思議と出なかった。
部屋に戻ると、引き出しを開けた。
彼に貰った小さな石が沢山沢山、引き出しの中に入っている。
その一つを手に取った。
ぱぁっと砕けて、ルイードの心が流れ込んで来る。
― 初めてのレスティアナと一緒に過ごす誕生日。こんな綺麗な子が僕の婚約者だなんて嬉しい嬉しい嬉しいっ。レスティアナが好きそうな花の髪飾りをプレゼントした。喜んでくれた。一生懸命、選んだ甲斐があった。レスティアナと上手くやっていけるといいな ―
もう一つの石を手に取った。
その石もぱぁっと砕けた。
― レスティアナは日に日に綺麗になっていく。三回目のレスティアナと過ごす誕生日。今回は青のドレスを作ってプレゼントした。このドレスを着て一緒に夜会に行ってくれると嬉しいな。でも、私はダンスが下手で下手で。でも、君に相応しいように努力しないと。これからもずっと一緒にいられるといいな ―
三つ目を手にしようとしたら、他の石が急に砕けて、部屋一杯にルイードの心が満ち溢れた。
どれも、レスティアナの事を思う言葉ばかりで。
最後に一つ赤い石が引き出しに残った。
― さようなら。レスティアナ。私は生きて帰って来られないと思う。でも、その方がいいのかもしれない。だって、私は君にふさわしくないから。せめて最後位は、君にふさわしい男らしい働きをして死のうと思う。遠くから君の幸せを願っているよ。幸せにレスティアナ。愛しているよ―
赤い石をぎゅっと握り締めた。
「お願い。砕けないで。わたくしの手からいなくならないでっ。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。貴方はわたくしを愛してくれた。わたくしの為に戦に行ったのね。貴方はロンロの実を持って、まっさきにアルドス公爵家に来てくれた。
熱病がうつるかもしれないのに。貴方は十分男らしくて、公爵家の為に勉強してくれて。王国を守る為に出陣して。
誰よりも十分男らしいのに。愛しているわ。貴方の事を愛しているの。だから戻って来て。お願いっーーー」
レスティアナは赤い石を握っていつまでも泣いていた。
どうかお願い、戻って来て。生きて帰って来てルイードと泣き叫びながら。
ルイードが行方不明のまま、日が過ぎていく。アルドス公爵家も勿論、ルイードの両親であるバルト公爵家も探した。人をやって、戦の跡地を探させたのだ。
大勢の人が死んだ。誰の物か解らない骨が転がっている戦場。
生きているのが絶望かと思われた。
レッドル将軍も探しに行ってくれた。
見つからない。
そんな中、レスティアナは王宮の夜会に出席した。
そんな気分じゃなかったのだが、カイン第二王子から招待状が来たのだ。
出ないわけにはいかない。
青のドレスを着て、金の髪を結い上げて、夜会に出れば、カイン第二王子が近づいてきた。
美しいカイン第二王子。
彼はいまだに結婚していない。
彼自身が色々な令嬢や未亡人と遊びまくっているからである。
カイン第二王子はレスティアナに手を差し出して、
「来てくれて嬉しいよ。私はね。君のアルドス公爵家に婿に行ってもいいと思っている」
「わたくしには、ルイードが」
「生きてはいないよ。そんな男、諦めて私と婚約を結んで欲しい」
酷い酷い酷い。
ルイードは命を懸けて、戦場に向かって行方不明になったのよ。
貴方は戦は嫌だって行かなかったじゃない。
前の国王陛下は自ら進んで戦場に行って皆を鼓舞したというわ。
本当は王族の役目なのに。
まだ16歳のルイードに押し付けた。
そんな貴方がわたくしと婚約?アルドス公爵家の婿になりたいですって。
この人に憧れた事もあった。
顔だけはとても綺麗だし、背も高いし、男らしい。
でも、この人は酷い人だわ。
にこやかに、レスティアナは微笑むと、
「まだ、二週間しか経っておりませんわ。わたくしはルイードを諦めたくないのです」
「王族と縁を結ぶ事は栄誉な事だと思うが?」
「わたくしは戦場の英雄であるルイードと結婚したいのです。失礼致しますわ」
王族に失望した。
彼が次代の国王でない事に安堵した。
ディン王太子殿下はまだマシな人だ。
王太子妃が産後の肥立ちが悪くずっと寝込んでいる。
ディン王太子は王太子妃を大事にし、2歳の双子の王子を可愛がりながら、公務をこなしている真面目な方だ。
次代の王だから戦にいかない。
彼はそう言った。
寝込んでいる妻と二人の王子を残して戦にいけなかったのだろう。
ディン王太子が、双子の王子達を抱っこしてこちらにやってきた。
「バルト公爵令息には、本当に申し訳ない事をした。私が戦に行かねばならなかったのに。行方不明になってしまうなんて。見つかるといいな」
双子の男の子達がしっかりとディン王太子にしがみついている。
レスティアナは頭を下げて、
「見つかりますわ。わたくしはルイードが生きていると信じております」
「こちらからも人をやって探させよう」
「有難うございます」
一月過ぎた。まだ見つからない。
そんな中、カイン第二王子が、ドクトリーヌ・ファリス公爵令嬢と婚約を結んだと聞いた。
アルドス公爵家と対抗派閥のドクトリーヌ。彼女は確か辺境伯に嫁入りが決まっていて、ファリス公爵家は彼女の弟が継ぐはずだ。
しかし、この婚約は国王陛下の命令だという。
それから三日後、あっけなく馬から落馬してカイン第二王子は亡くなった。
馬の扱いは上手かったはずである。
それなのに、落馬?
父、アルドス公爵がレスティアナに、
「殺されたな。カイン第二王子殿下」
「殺されたですって?」
「ファリス公爵令嬢は気が強い。それを無理やり、辺境伯との婚約を壊す形で割り込んだのだ。多分、殺されたのだろう。証拠は出てこないだろうが」
なんともいえずモヤっとしていると、ファリス公爵令嬢ドクトリーヌが訪ねてきた。
わざわざ対抗派閥のアルドス公爵家にである。
レスティアナに用があるとの事。
テラスで二人で話をすることにした。
黒髪を背に流したドクトリーヌは妖艶な美女だ。
歳は18歳。同い年とは思えない。
ほとんど今まで交流がなかった。
メイドが紅茶と菓子を出せば、ドクトリーヌは優雅な手つきで紅茶を飲み、
「貴方が第二王子を受け入れなかったから、大変だったわ。事故で亡くなってくれて助かったけれども。ああ、そんな事、言ってはいけないわね。泣いた方がいいかしら?」
「申し訳なかったわ。嫌な婚約だったのですね」
「当然よ。わたくしは辺境伯に嫁ぐ予定だったのに、あの男、わたくしの弟を押しのけて、ファリス公爵家に婿に来るって言ったのよ。酷いと思わない?弟は公爵家を継ぐ為に幼い頃から勉学に励んで来たのよ。それなのに」
「それで、貴方はわたくしに何の用があって来たのかしら?」
「そうね。辺境伯ブライアン様の所に、バルト公爵令息らしき男性がいるわ」
「えええ?ルイードが?」
「川辺で倒れていたそうよ。辺境伯領は川下にあるから、兵の死骸とか流されてきて大変だったって言っていたわ。でも、バルト公爵令息らしき男は生きているそうよ。記憶を失っているって言っていたけれども」
「会いに行くわ。会いに。探していたのよ」
「それなら、わたくし、ブライアン様に会いに行くから、一緒にどうかしら?」
「いいの?」
「ええ。その代わり。これは貸しよ。いつか返して貰うわ」
「解ったわ」
両親に断って、護衛騎士をアルドス公爵家からも二人連れて、ドクトリーヌと同じ馬車で辺境伯領へ向かった。
赤い石を握り締めて。
もうすぐ、会える。
ルイードに会える。
一週間かかる馬車の旅は大変だったけど、やっとたどり着いて、
辺境伯ブライアンは気さくな男性で、
「遠い所をようこそ。ああ、ドクトリーヌ。会いたかった」
「わたくしもよ」
二人は抱き締め合って抱擁して。
そして、ルイードがいるという部屋に案内して貰った。
ルイードは青い顔をして、ベッドに寝ていて。
レスティアナは駆け寄る。
「ルイード。貴方、生きていたのね」
ベッドからゆっくりと起き上がってルイードは、レスティアナを見て一言。
「誰だ?君は?あいにく、私は記憶が曖昧で」
そっと、赤い石をルイードに握らせた。
― さようなら。レスティアナ。私は生きて帰って来られないと思う。でも、その方がいいのかもしれない。だって、私は君にふさわしくないから。せめて最後位は、君にふさわしい男らしい働きをして死のうと思う。遠くから君の幸せを願っているよ。幸せにレスティアナ。愛しているよ―
赤い石からルイードの言葉が響いて、そして赤い石は砕けた。
「わたくしの方こそ、貴方にふさわしくないかもしれない。でも、わたくしの幸せは貴方と共にいる事よ。一緒に帰りましょう。そして共にアルドス公爵家を盛り立てていくの。わたくしは貴方を愛しているわ」
涙がこぼれる。
生きていてくれた。
生きて目の前にいるルイード。
ああ、お願い。一緒に帰りましょう。ルイード。お願いだから。愛しているから。
泣くレスティアナの髪をルイードは優しく撫でてくれた。
「君が誰だか解らない。でも、不思議な石から聞こえてきた言葉は私の声だ。私は君を愛していたんだね。いや、きっと今も愛している。だって、君を見ていると涙が止まらないんだもの。一緒に帰っていい?こんな記憶が戻らない私でも帰ってかまわない?」
「帰りましょう。ルイード。帰って、これからも沢山、思い出を作っていきましょう。貴方の心を込めた石をわたくしにもっともっと頂戴。これからも色々な記念日ごとにわたくしに頂戴。大事にするから。だって、今まで貰った石は砕けてしまった。貴方の心を石が伝えたら砕けてしまったわ」
「石も満足したんだろう。私の言葉を君に伝える事が出来て。今度は砕けない石をプレゼントするよ。先行き、生まれてくる私達の子供に、こんなに私達は愛し合っているんだよって伝えられるように」
「ルイード。貴方、記憶が?」
「まだ戻っていなけど、そうしたいって思えたんだ。帰ろう。私達の家に。帰ろう」
ルイードと抱き合って泣いた。やっとやっと見つかった。
愛しているわ。一緒に帰りましょう。
ドクトリーヌと辺境伯に礼を言って、アルドス公爵領に帰る馬車に乗る。
馬車の中でずっとルイードの手を握り締めていた。
ルイードも優しく握り返してくれる。
もう、この手を離さない。
レスティアナはそう強く思うのであった。
ルイードは割とすぐに記憶が戻った。
後遺症も無く、今は、アルドス公爵家に住み込んで、レスティアナとの結婚を楽しみにしながら、公爵家の為に働いている。
レスティアナはふと思うのだ。
小さい頃は、ルイードの事が子供っぽくて、大人っぽい王太子殿下やカイン殿下に憧れていたけれども。人の価値って、どれだけ誠実に動いてくれるかって所よね。ルイードは本当に誠実で素晴らしくて。それに比べたら、カイン第二王子はどうしようもなかった。カイン第二王子に言ってやりたいわ。貴方が殺されたのは自業自得ですってね。
まぁ亡くなった人には言えないけれども。
ルイードがお茶にしようと呼んでいるので、テラスに行ってお茶にすることにした。
愛しいルイードの顔を見ながら、お茶を飲む。
なんて幸せで。なんて平和な。
春の日差しが暖かく降り注ぐ、そんな昼下がりの日であった。




