第9話「21世紀の森と広場で」
日曜日の朝。
窓を開けると、やわらかな春の風がカーテンを揺らした。
「今日もいい天気だね、みつば」
「にゃ〜」
黒猫のみつばは、ふたばの足もとで気持ちよさそうに伸びをした。
ふたばは鏡の前で、淡いピンクのカーディガンを羽織る。
今日は原宿でもお店でもない――
親友・水野しずくの“ある場所”へ行く日だった。
八柱駅で電車を降りると、春の香りがふわりと漂った。
駅前から少し歩いた先にあるのが、
「21世紀の森と広場」。
広い芝生と木々が広がるこの公園は、
しずくがよくコスプレ撮影をしている場所だ。
「ふたば〜!こっちこっち!」
明るい声に振り向くと、
鮮やかな青いウィッグをつけたしずくが手を振っていた。
いつもの制服姿とはまるで別人。
キラキラとした布地のドレスに、金のリボンが光っている。
「すご……!ほんとに別の人みたい」
「でしょ〜?今日は魔法学園の衣装なんだ!」
「似合ってるよ。なんか、しずくじゃなくて本当に“キャラ”って感じ」
「ふふっ、ありがと。コスプレってさ、
憧れの人になれる服なんだよ」
しずくの撮影が始まる。
カメラマンの指示に合わせて、
光の角度を確かめながらポーズを取るしずく。
その姿を見て、ふたばは思わず見入ってしまった。
「……しずく、楽しそう」
レンズの向こうで笑う親友の表情は、
お店でお給仕しているときのふたばとも、
原宿でロリィタ服を選んでいるときの自分とも違う。
まっすぐで、迷いがなくて、
“好き”という気持ちそのものが輝いていた。
撮影が一段落して、しずくがふたばの隣に座った。
「ふたば、見ててくれた?」
「うん。すごくキラキラしてた。
ロリィタとはまた全然違うけど、なんか感動した」
「でしょ? コスプレって“なりたい自分”になれる服なんだよ」
「なるほど……」
「ふたばのメイド服は“お仕事の服”でしょ?
ロリィタは“自分らしい洋服”。
でもコスプレは“夢の服”なの」
ふたばは小さく頷いた。
「どれも違うけど、ぜんぶ“かわいい”の形なんだね」
「そうそう! かわいいって、人それぞれなんだよ」
帰り道、ふたばはスマホのカメラロールを開いた。
今日撮った写真には、
しずくの笑顔と、青いドレスが光る木漏れ日が映っている。
「ふふっ、わたしも何か作ってみようかな」
「え、何を?」
「まだ内緒。でも、みつばにも似合うと思うんだ〜」
しずくが首をかしげて笑う。
「ふたばの猫ちゃんの?どんなの作るの?」
「うーん、リボンとか、かわいい小物とか?」
「それ絶対似合うよ!」
ふたばは照れくさそうに笑った。
しずくのコスプレ姿を見たあとの空は、
さっきより少しだけ広く見えた。
夕方。
松戸に戻る頃には、空がオレンジ色に染まっていた。
ねぎ畑の向こうで風が吹き、
ふたばは小さくつぶやいた。
「かわいいって、ひとつじゃないんだね」
手の中のスマホには、
しずくの笑顔と、自分の知らなかった世界の光。
ふたばはその画面をそっと見つめて、
ふわりと笑った。




