第7話「秘密を知ったクラスメイト」
翌週の金曜日。
放課後の教室には、西日が差し込んでいた。
野菊ふたばは教科書をまとめながら、
「今日は少し早めに出ようかな」と心の中でつぶやいた。
そのとき、隣の席の男子、桐谷悠が声をかけた。
「野菊さん、もう帰るの?」
「うん。今日はバイト、ちょっと遠くてね」
「へぇ、どんな仕事?」
ふたばは一瞬言葉を詰まらせる。
「えっと……接客系。カフェ、みたいな感じ?」
「カフェか。なんか似合うね」
「そ、そう?ありがとう……」
ふたばは笑ってごまかしながら、教室を出た。
背中に感じる視線に、少しだけ胸がざわめいた。
松戸駅のホーム。
夕方の風がスカートを揺らす。
「よし、常磐線で日暮里まで行って……山手線で新宿!」
今日もメイド喫茶「メゾン・ド・ラパン」のシフトだ。
電車の窓に映る自分の顔を見ながら、
「今日も笑顔でいこう」と小さく呟く。
学校の自分と、メイドの自分。
その境界線が、最近少しだけ曖昧になってきた気がしていた。
新宿の夜はいつもきらびやかだ。
ビルの灯り、音楽、行き交う人々。
その中をすり抜けるように歩いて、
ふたばは「メゾン・ド・ラパン」の扉を開けた。
「おかえりなさいませ、ご主人様♡」
優しい照明の下で、ふたばは自然と笑顔になる。
いつも通りの仕事。
けれどこの日は、ちょっと違った。
視線を感じて顔を上げると、
――そこに、桐谷悠の姿があった。
「……野菊さん?」
「えっ……桐谷くん!?」
ふたばの心臓が跳ねた。
悠は驚いた顔で、でもどこか優しく笑った。
「ほんとに……ここで働いてたんだ」
「み、見ちゃったんだね……」
「うん。でも……似合ってるよ」
ふたばの頬が熱くなった。
「だ、だめだよ。学校の人には内緒なんだから」
「言わない。誰にも」
「……本当に?」
「うん。約束する」
ふたばは少しだけ安心して、ほっと息をついた。
「じゃあ、せっかくだし“ふたばの魔法ラテ”頼んでね」
「ふたばの……魔法?」
「おいしくなぁれ♡ってするの」
「……はは、それ見られるのは得した気分かも」
ふたばは笑って、トレーを持って奥へと消えた。
翌朝。
登校したふたばは、いつもより少し落ち着かない。
教室のドアを開けると、悠が窓際の席でこちらを見た。
「おはよう、野菊さん」
「お、おはよう……」
「昨日のラテ、ほんとにおいしかったよ」
「そ、そう?……ならよかった」
「頑張ってるんだね。なんか、見直した」
「えっ?」
「いや……すごいなって思っただけ。俺、まだ夢とかなくてさ」
「そっか……。でも、焦らなくていいと思うよ」
「うん。ありがとう」
ふたばは小さく笑った。
悠も照れくさそうに笑い返す。
ほんの少しだけ、二人の距離が近づいた気がした。
帰り道、春風が吹き抜ける。
ふたばは小さく呟いた。
「秘密を知られちゃったけど……なんだか、悪くないかも」
遠くで電車の音が響く。
その音が、ふたばの心をやさしく撫でた。




