第6話「放課後メイド、ふたばの秘密」
午後3時15分。
チャイムの音とともに、教室が一気にざわめいた。
「今日も数学むずかしかった〜!」
野菊ふたばはノートを閉じ、軽く肩を回した。
「ねぇふたば、今日もバイト?」
声をかけてきたのは、クラスメイトの水野しずく。
明るくて、ふたばがいちばん話しやすい友達だ。
「うん!これから新宿。メゾン・ド・ラパンのシフトなの」
「すごいなぁ。あのメイド喫茶、可愛い制服で有名じゃん!」
「ふふ、ありがと。でも内緒ね、学校の子には言ってないの」
「わかってる〜、ふたばの“放課後シークレット”ね♪」
二人は笑いながら靴を履き替えた。
校門を出ると、春風がふたばの髪を揺らす。
「今日もがんばろ」
そう呟いて、ふたばは松戸駅へ向かった。
ホームに立つと、常磐線快速の電車が滑り込んでくる。
車体に夕陽が反射して、オレンジ色の光が差し込んだ。
「松戸から日暮里まで20分くらいかな……そこから山手線に乗り換えっと」
座席に腰を下ろすと、制服姿のふたばは小さく伸びをした。
窓の外を見ながら、心の中で仕事の段取りを確認する。
「今日の限定メニューは桜ラテと苺のタルト。笑顔で出迎えて……失敗しないように!」
日暮里駅に着くと、人の流れが一気に増えた。
エスカレーターを上がりながら、ふたばは胸のリボンを直す。
「よし、山手線……外回り、新宿方面!」
車内は会社員と学生でいっぱいだったけれど、
ふたばの心は軽やかだった。
電車が高田馬場を過ぎたあたりで、
「今日も“ふたばモード”でがんばろ」
と、小さくつぶやいた。
新宿駅に着くと、ネオンと人の波。
その中をすり抜けるように歩きながら、
ふたばは駅近くの路地にある小さなメイド喫茶
「メゾン・ド・ラパン」へと向かう。
控室に入ると、ふたばは制服に着替えた。
黒を基調としたエプロンドレスに、深い緑のリボン。
鏡の前でリボンを結び直し、深呼吸。
「よし……今日も笑顔で」
「おかえりなさいませ、ご主人様♡」
扉を開けた瞬間、店内には紅茶の香りと明るい声が満ちていた。
ふたばも自然と笑顔になる。
「ふたばちゃん、今日もよろしく〜!」
先輩メイドの玲奈が手を振る。
「はいっ!今日もがんばります!」
接客が始まると、時間があっという間に過ぎていく。
「こちら、ふたば特製のラテです♡」
「おぉ、かわいいハートだね」
「ありがとうございます♪
ラパンの魔法がかかってますから!」
お客様が笑ってくれるたび、
ふたばの胸の奥に小さな光が灯るようだった。
閉店後。
制服を脱いでロッカーにしまいながら、
ふたばはホッと息をついた。
「今日も楽しかったな……」
壁には“メイド人気ランキング”のボード。
ふたばの名前は三位のまま。
でも、少しずつ上に近づいている。
「次は絶対、No.1になってみせる……!」
帰り道。
新宿駅のホームで電車を待ちながら、
ふたばはバッグの中のスマホを開いた。
画面には、昼に撮ったみつばの写真。
「みつば、もう寝ちゃってるかな……」
電車が到着し、ふたばは常磐線の方向へ。
日暮里で乗り換え、松戸行きに揺られるうちに、
まぶたが少しずつ重くなる。
ガラスに映る自分の顔は、
制服姿からいつもの高校生に戻っていた。
「メイドのふたばも、ねぎ畑のふたばも、
ぜんぶ“わたし”でいいんだ」
電車が松戸駅に近づく頃、
ふたばはそっと笑った。
夜風の中、家の灯りが見える気がした。




