第5話「夜のねぎ畑、星のメロディ」
夜の松戸。
風がねぎ畑の間をすり抜けて、ささやくように葉を揺らしていた。
ふたばはパジャマの上に薄いカーディガンを羽織り、静かに外へ出た。
「……今日は星がすごくきれい」
昼間は春の陽気で暖かかったけれど、夜の風はまだ少し冷たい。
その空気を胸いっぱいに吸い込むと、
昼のにぎやかさが嘘のように世界が静まり返っていた。
ねぎ畑の上には、無数の星。
まるで空全体が瞬く宝石で縫い合わされているみたいだった。
足もとをふわりと黒い影が横切る。
「みつば……ついてきちゃったの?」
「にゃぁ」
「ふふっ、心配性なんだから」
ふたばはみつばを抱き上げ、ねぎ畑の真ん中まで歩いていく。
夜露がスリッパの底を少し濡らすけど、それも気持ちいい。
畑の真ん中で立ち止まり、空を仰ぐ。
「……ねぎさんたちも、星、見てる?」
「にゃ〜」
みつばが答えるように鳴いた。
その声が夜気に溶けて、どこまでも遠くまで響いていく気がした。
ふと、どこからか音が聞こえた。
風の音でも虫の声でもない。
それはまるで――遠くで誰かがハミングしているような、小さなメロディ。
「……え?」
耳をすませる。
柔らかくて、少し切なくて、
でも不思議と胸の奥が温かくなる音。
風が吹くたびに、音が畑を渡っていく。
ねぎの葉がゆれて、光を反射しているように見えた。
「……これ、風の歌?」
ふたばはそっと目を閉じた。
すると、昼の原宿の笑顔、
メイド喫茶での優しい言葉、
そして家族やみつばの姿が頭の中に浮かんだ。
どれも“自分”の世界。
そして、全部がひとつにつながっているように思えた。
「ねぇ、みつば。
わたしね、いつかこの星の下で歌いたいの。
誰かが元気になれるような、そんな歌を」
「にゃぁ」
「やっぱり、みつばも賛成?」
ふたばは小さく笑って、空を見上げた。
風の音に合わせて、ゆっくりと口ずさむ。
「ひかり ひとつ 夜をわたる
わたしの声が 届くなら
風よ どうか 運んでね
明日も笑顔でいられるように」
歌声が夜空に吸い込まれていく。
星がきらりと瞬き、
まるで「聞いてるよ」と返してくれたようだった。
みつばがふたばの膝に乗り、ゴロゴロと喉を鳴らす。
その音が子守唄みたいに心地いい。
ふたばは空を見上げたまま、小さく呟いた。
「明日も、いい日になりますように」
ねぎ畑を撫でる夜風が、やさしく頬をかすめた。
それはまるで、星たちからの「おやすみなさい」みたいだった。




