第18話「ふたば、初めての試作会」
新宿の朝は、どこか甘い香りがしていた。
メゾン・ド・ラパンの厨房からは、
香澄の焼くスポンジケーキの香ばしい匂いが漂っている。
「ふたば、こっち手伝ってくれる?」
「はいっ!」
ふたばは袖をまくり、エプロンをつけて厨房に入った。
お給仕ではなく、今日は特別な“試作会”の日。
香澄が考案した新メニューを、スタッフ全員で試すことになっていた。
「春の限定スイーツ、“桜のショート”を試してみたいの。
メイドのみんなにも味見してほしくてね」
香澄は淡いピンク色のクリームを泡立てながら微笑んだ。
「桜のショート……名前だけでかわいいです!」
ふたばの目が輝いた。
隣では悠がホイッパーを回していて、
その手つきが意外と慣れているのに驚く。
「悠くん、上手だね。
なんか……プロっぽい」
「小学生のころ、母さんがケーキ屋で働いてて。
その手伝い、ちょっとだけしてたんだ」
「へぇ〜!いいなぁ。私、お菓子作るの今日が初めてだよ」
「ふたばらしいな」
「ど、どういう意味!?」
「いや、なんか“楽しそうにやってる”って感じ」
ふたばは頬をふくらませたけれど、
すぐに笑って「まぁ、そうかも」と肩をすくめた。
香澄が型に生地を流し込み、悠がオーブンをセットする。
ふたばは洗い物をしながら、
「お店の裏側って、こうやって作られてるんだ」としみじみ思った。
やがて、タイマーの音が鳴る。
オーブンを開けると、甘くやさしい香りがふわりと広がった。
「うわぁ……!かわいい色!」
「焼き色もバッチリね」
香澄が満足そうに頷く。
ふたばはクリームを泡立てる手を止め、
しばらくその景色を眺めていた。
“お給仕するだけじゃなくて、作る人もこんなに楽しそうなんだ”
そう思うと、胸の奥がぽっとあたたかくなった。
「ふたば、デコレーションやってみる?」
「えっ、いいんですか!?」
「失敗してもいいから、好きに盛りつけてごらん」
「う、うんっ!」
ふたばは慎重に、いちごをひとつずつ並べていく。
その姿を見て、悠が小さく笑った。
「ほんと、楽しそう」
「そ、そんなに見ないでよ〜!」
頬を赤くしているふたばの手元には、
小さな桜の花びらを模した飾り。
仕上げに粉砂糖をぱらりとかけた瞬間、
香澄が拍手をした。
「かわいい!まるで春そのものね」
「ほ、ほんとに?」
「うん。きっとお客様も喜んでくれるわ」
試作会の最後、
スタッフ全員で出来上がったケーキを味見する。
ふわふわのスポンジに、ほんのり桜の香り。
そして、ふたばが並べたいちごの甘酸っぱさがやさしく広がった。
「……おいしい」
「うん、やるじゃん、ふたば」
悠の言葉に、ふたばは照れながら笑った。
「みんなで作るって、こんなに楽しいんだね」
「そうだね。ラパンの“かわいい”はチームプレイだよ」
香澄の言葉に、ふたばは小さく頷いた。
その笑顔は、いつもの“お給仕スマイル”よりも
少しだけ大人びて見えた。




