第17話「再会のキッチン」
昼のメゾン・ド・ラパン。
店内に流れるクラシックの音が、少しだけ緊張を和らげていた。
ふたばはカウンター越しに、見慣れない背中を見つめていた。
白いコックコートに黒い前掛け。
髪を少し後ろで結んだその人は、丁寧にグラスを磨いている。
――どこかで見たことがある。
そう思っていると、その青年がふと顔を上げた。
視線がぶつかった瞬間、ふたばの口から思わず声が漏れた。
「……桐谷くん!?」
青年――悠が、少し照れたように笑った。
「やっぱり、野菊さんだ。……久しぶり」
「え、なんで!? どうしてここに……」
香澄パティシエが笑顔で近づいてきた。
「ふたばちゃん、紹介するわね。今日から厨房に入る新しいスタッフ、桐谷悠くん」
「えっ……本当に!?」
「うん。偶然なんだけどね、知り合いの紹介で応募してくれて」
悠はタオルを置いて、少し恥ずかしそうに頭をかいた。
「内緒にしてたわけじゃないけど……びっくりさせたよね」
「びっくりどころじゃないよ!」
ふたばは思わず笑ってしまった。
「てっきりお客さんとしてまた来たのかと思った」
「さすがにそれは、二回目は勇気いるよ」
二人の会話に、ほのかがニヤリと笑って口を挟む。
「へぇ〜、学校の同級生だったんだ。ふたばちゃん、まさかの“秘密バレた人”と共演か〜!」
「ちょ、ちょっと!その言い方!」
「はは、ごめんごめん。……でも、今度は一緒に働けるんだね」
悠はほんの少し真面目な顔で言った。
「正直、あの日見たとき、ちょっと衝撃だったんだ。
誰かのために笑える仕事”って、すごいなって思って。
それで、自分もここで働いてみたくなったんだ」
ふたばは一瞬、言葉を失った。
胸の奥がじんわりと温かくなる。
「……うれしい。なんか、ちょっと照れるけど」
香澄が穏やかに微笑む。
「いい刺激になるわね。ふたばちゃんも悠くんも、
それぞれ違う“かわいい”を作ってくれるはず」
その日の営業。
悠は慣れない手つきながらも、真剣な表情で厨房に立っていた。
ふたばがホールから戻ると、ちょうどカップを並べていた悠と目が合った。
「お疲れ、ふたば。ホットの追加、出せそう?」
「うん、お願い!」
息の合ったやりとりに、瑠依先輩が小さく頷いた。
「二人とも、いいコンビになりそうね」
ふたばと悠は同時に「えっ」と顔を見合わせ、すぐに笑い合った。
閉店後。
店の前の通りは、夜風がやさしく吹き抜けていた。
ふたばと悠は並んで駅へ向かう。
「なんか……不思議だね。学校じゃ全然話したことなかったのに」
「うん。けど、こうやって同じ空間で働くと、
前から知ってたような感じがする」
ふたばは少し考えて、小さく笑った。
「ねぇ、もしまた学校で会っても、内緒ね?」
「もちろん。お店のことは“ふたばだけの秘密”だから」
二人の間に、静かな春の夜風が吹いた。
遠くで電車の音が響く。
――不思議と、胸が少し弾んだ。




