第14話「ふたばと桜通りの休日」
春の日曜日。
松戸の空は、少し霞がかかったようにやさしい色をしていた。
ねぎ畑の向こうでは、地元の春祭りの準備が進んでいる。
「ふたば〜、そっちはリボン結び終わったかい?」
祖父が手を振る。
「うん!あともうちょっと!」
ふたばは、飾りつけ用のピンクの布を木の枝にくくりつけた。
風にひらめくリボンが、まるで桜の花びらみたいに舞う。
みつばは足もとでしっぽを立てて、そのリボンを追いかけていた。
「みつば〜、それ飾りだから取っちゃだめだよ」
「にゃっ」
「ふふ、わかってるくせに〜」
お昼近くになると、家族や近所の人たちが畑の広場に集まり始めた。
焼きそばの香ばしい匂い、綿あめの甘い匂い、
そして炊き立てのねぎ味噌おにぎりの湯気が立ち上る。
「お母さん、このねぎ味噌、すごくいい香り!」
「朝採れのねぎだからね。甘みが違うのよ」
母・和葉が笑って、おにぎりを包む手を止めた。
「ふたば〜!」
聞き慣れた声に振り向くと、
しずくがカメラを肩に提げて駆け寄ってきた。
「やっぱり来たんだ!」
「うんっ!春祭りって聞いて、撮らずにはいられないでしょ!」
しずくは桜色のブラウスに白いスカート。
風に乗って髪がふわりと揺れる。
「すっごく楽しそうだね。ねぎ焼きって初めて見る!」
「うちの名物なんだよ。ほら、ほのかちゃんも来てる」
「えっ、ほんと!?」
お店の制服ではない、私服姿のほのかが屋台を手伝っていた。
「いらっしゃいませ〜!焼きねぎ串どうぞ〜!」
「うわぁ、すっかり地元の人みたいだね」
「ふふっ、今日だけは“松戸メイド”です!」と笑うほのか。
祭りのステージでは、地元の子どもたちがダンスを踊っていた。
ふたばはその横で、ねぎの被り物をした祖父に吹き出す。
「おじいちゃん、それ、目立ちすぎ!」
「これが主役の証だ!」
「ふふっ、たしかに主役かも」
みつばは子どもたちに囲まれて、嬉しそうに撫でられている。
「にゃ〜、にゃ〜」
「かわいい〜!」
「この子、ふたばちゃんちの猫なんだって!」
午後。
風が少し冷たくなってきたころ、
ふたばとしずくは並んでベンチに腰かけた。
「ねぇ、ふたば」
「なぁに?」
「今日みたいな日、写真に撮るとね、
“日常のきらめき”が写るんだよ」
「へぇ、しずくらしい言葉だね」
「ふふっ。でも、ほんとだよ。
笑ってる人がいるだけで、世界がちょっと明るくなるんだ」
ふたばはしずくのカメラを覗き込み、
ディスプレイに映る自分たちの写真を見た。
ねぎ畑、桜、屋台、そして笑う家族と仲間たち。
どの一枚も、あたたかい春の光に包まれていた。
「しずく、ありがとう。
わたし、この松戸が、やっぱり一番好きだよ」
「うん、わかる。ふたばにぴったりの場所だもん」
夕方。
西日が畑を金色に染める。
ふたばはみつばを抱き上げ、
空を見上げながら小さくつぶやいた。
「ねぎ畑も、桜も、人も……ぜんぶ、春の魔法だね」
みつばが「にゃ〜」と鳴いた。
その声が、春風に溶けていった。




