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君が褒めてくれたから…

作者: 樋口 涼

状況が怪奇的なので、念の為に15以上推奨にしています。

ひび割れ始めた唇を、噛み締めると血の味がした。

もう何日飲む事も食べる事もしていない。


「もう…こんな唇じゃ…」


君に愛を囁く事もできない。

…枯れ果てた体からは涙すら出やしない。


愛する人は膝の上。

サラサラと髪を撫でると、ハラハラと抜け落ちる。


「君も渇いたね」


どこで間違えたのだろうか。

自分で自分に問う。


年下の可愛い君。

無邪気な顔をして、懐いてくれていた。

二年程しか変わらないのに、先輩の様な顔をして教えたり、たまには教えて貰ったりもしたかな。

そんなに経って居ないはずなのに、懐かしく感じるね。


君が褒めてくれたから。

自分の声が好きになれた。


君が褒めてくれたから。

自分の手が好きになれた。


「なのにどうして」


愛する人は膝の上。

撫でる手もカサカサに渇いて、声すらも出せない。


「なのにどうして裏切った?」


君は褒めてくれたけど、他の誰からも求められなかった。

だから、君なら受け入れてくれると思ったのに。

他に好きな人が居るだなんて…。


部屋の中はまるでずっと洗っていない水槽の様に、暗く澱んだ空気が溜まり、息が出来ない。

膝の上には愛する人。

床の上には愛する人。


「二人で分ければ良いよね?」


床の方はあの人にあげるから、それで平等だよね?

頭を抱きしめて、キスをすれば君も笑ってくれるだろう。


なんだか、外から変な音がするけど、君との世界を邪魔させたりはしない。


コンコンコン。


玄関のドアがノックされた。

せっかく、インターフォンは切って居たのに。

こんな無粋な人間は、大家しか有り得ない。

片時も君と離れたく無いから、一緒に文句を言いに行こう。


立ち上がり、ドアを開ける。


「邪魔しないでください」


目の前には見た事が無い人が立って居た。

いや、すぐにしゃがんだけれど。


思いの外、周りには人が多くて、誰かがひっきりなしに叫んでうるさい。

持っていた包丁が軽く刺さっただけじゃ無いか。


遠くの方で大家と目が合った。

家の周りは赤いランプで囲まれている。


どこからバレたのか。

部屋は閉め切っていたのに。

飲まず食わずで頑張ったのに。


「抵抗せず大人しく…」


拡声器で制服を着た人が叫ぶ。

君と離れたく無いのに…。

君だけが…君だけが…。

褒めてくれたから。


愛してくれたから、愛したのに。

逃げるから…こうなった。


悪いのは君だ。


大勢の制服の人に囲まれて、抵抗虚しく捕まった。

転がり落ちた君を見て、集まっていた野次馬が叫ぶけど、君としっかりと目が合ったまま、別れの挨拶をするしか無かった。


滲んだ景色は雨だからか。

それとも涙か分からなかったけど、久しぶりの水に喉が潤いを感じて、余計に心の渇きを知った。


捕まった後は、精神鑑定を受けて病院へ行く事になったよ。

君には会えないのが寂しいけれど…。


そこの先生も分かってくれた。

褒めてくれた。

…愛されたのかな?


今日もまた、病院の扉をノックする。


コンコンコン…


「今日は診察の日では無いで…すよ…ね?」


驚いた顔で見る先生。

今度こそ、末永く一緒に過ごしましょう。

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