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第2心 心象獣


今日は金曜、今日が終われば少しの休みが俺に与えられる、土日の休みはこの狭くて息苦しい学校から俺を解放してくれる心のオアシスだ。


いつもは暗い気持ちで過ごす学校生活も、今日ばかりは少しだけ心軽やかだ。


こんな日には少し授業に耳を傾けるのもいいだろう


珍しいことに俺が授業を真面目に聞いていると、クラスの中に少しの違和感があることに気がつく。


俺の席の斜め前にいるはずの人物が見当たらない、いつもは真面目で、授業には必ず出席しているはずなのに…


その人は昨日俺に突然声をかけてきたその人、姫神結衣である


それにいつも彼女と一緒に居るお付の女子数名もなぜか見当たらない、嫌な予感がする。


昨日の出来事が発端となってなにか悪いことが起こっているんじゃないかと思えて仕方がなかった。


俺の様なやつに優しくしようとするから、罰なのだとほくそ笑む嫌な自分と、彼女のような優しく善い人がそんな事で咎を受けるのは間違っていると叫ぶ自分が頭の中で声をあげているのを感じるも、俺は所詮は関係の無い関わりのない事だと諦観を望む俺がいるのが現実だった。


昨日のしこりが膨らむのを感じるも、すべてを片隅に押し込めて、いつも通りの日々を送ることに専念することにした。


授業を聞き、机に伏して目を閉ざし、の繰り返し。


そして、いつもの松の下で休み時間を…



芝生の上で腰を下ろし、目を瞑る、風切り音が気持ちいい、ただ今日の俺にはまるで俺の心の胸騒ぎを現したように感じ、気味悪く思えてきてしまった。


嫌な想像は膨らみ続け、俺は瞳を閉じていられなくなりそうだった、瞼の裏に不安が形を成して俺の頭の中をぐしゃぐしゃにしてきそうだったから。


瞳を開くと、眼前に校舎から歩いてくる1人の人影が目に映った。


あぁ、やっぱりだ。


姿が近づき、鮮明になる前から俺はその人物がここに来ることを薄々感じていた。


やはり、朝から姿を見せなかった少女、姫神結衣がそこにいた。


こちらにふらつく足取りで歩みよってくる、ずぶ濡れになった栗毛のロングヘアが雫を垂らしている


何かあった、言葉を待つこともなく、一目でわかることだ。


彼女は一言も発することなく、俺の隣に静かに腰掛けた、顔は濡れた髪で見えなかった、か俺はその顔を見ようとしなかったのかもしれない。


「あ、」


間の抜けた声が俺の喉から抜ける、少しでも声を掛けて、励ましてやりたかったが俺には高すぎるハードルだったらしい。


「ありがと、でも気にしないで」


冷たい言葉が彼女から聞こえる、俯いた彼女は今どんな顔をしているんだろう。


にしても、そんな風体で人の隣に来ておいて気にするなとはワガママなことを言うものである。


ただこの学校で他の人が滅多に来ない場所は限られる、ここに来ることも仕方がないとも言える。


「何か、あったの?」


馬鹿野郎!そんなの見りゃわかるだろ!

第一そんなことを俺が知ったところでどうしようもないだろ!


「…うん、ちょっと友達とケンカしちゃってね」


ケンカで水なんて…かけられるわけないだろ。


「俺なんかと話してるのが…バレたから?」


「君が悪いわけじゃないから…気にしないで。」


遠回しだが、それはほとんど俺のせいと言っているのと変わらないのでは…?


「あー、いままで頑張ってきたのにな…なんでこうなっちゃったんだろ…私、誰も傷つけないように、誰にも嫌われないように頑張ってたのに…」


きっと紛れもなく本心なんだろう、あのクラスで誰とも繋がりがなく、彼女のこともほとんど知らないからこそ吐露されている本心だろう。


「ちょっとキッカケだけで、壊れちゃった、薄々気づいていたけどね、みんな私か好きだから一緒にいるわけじゃないって、私がどこかでボロを出して、それで私を壊そうとしてるって事。」


これは…彼女の周りの真実なのか?それとと…彼女のが疑心が生んだ幻想なのだろうか…俺が知ってることはあまりにも表層でしかないから、彼女の発言の真意が掴めずにいる。


「私がいままで大切にしてきたのってなに?もうわかんないよッ!!」


凄絶な独白だった、彼女にかける言葉もなかった。


「ッうるさい!…うるさい…うるさい……」


へ…?俺は何も言ってない、何も言うことが出来なかったのだけれど…


俯きながら、1人で問答を彼女は続けている、まるでこの場に俺以外に話す人間がいるように。


彼女はずいと立ち上がり、ふらふらと頭を抑えながらどこかへと歩き始める


揺れる髪の間から一瞬だけ彼女の顔が見えた、とてもそれは正気の人間のそれとは思えない顔だった。

目を剥き、ガチガチと歯を鳴らしながらうわ言のように「うるさい」と繰り返している。


「わかってるよ!みんな私のことなんて嫌いなんだって!!」


「…だから、もう、誰もいらないッ!!私だって」


「みんなダイキライッ!!!」


悲鳴にも似た叫びが辺りに木霊する、狂気に染まった彼女の笑い声が木の葉を揺らし空気が揺らぐ。

彼女を中心として辺りに息が詰まるような圧迫感を強く覚える。


何か、ただではないことが起ころうとしている。


全身の毛穴が逆立つ、逃げろと脳が必死に警鐘を鳴らし続けている。


ただそこから目を離すことができかった。


彼女の身体に黒いヒビが入り、どんどん全身を黒く染めていく、呼気と共に黒い霧のようなものが吐き出され、それが彼女の周りを取り巻いて渦を巻く。


「あッ、ハハハッ!なんだか、いま凄く心が軽いのッ!!」


「きらい、キライッ!!」


何かノイズのようなものが混ざった声で空に向かい両手を広げて、まるで歌劇のように彼女は叫ぶ。


笑い声はその霧が彼女の全身を完全に覆い尽くすまで続き、霧は彼女を飲み込むと、しばらくの停滞の後、まるでその霧はまるで卵のように黒く艶やかな質感へ変わる。


卵の大きさはおおよそ彼女よりかは二回りほど大きく、どくどくと鼓動する様な音が聞こえてくる。


あぁ、なにかが産まれるのだと、その物体に亀裂が入った時に直感で察した。


確かな質感を持った卵の殻に微かに揺らぐ光を伴うひびが広がっていく、

バキッ、パラパラ、そんな音を立てながら、卵の中身が外へと現れようとしている。


未だ目を離せず、逃げたいのに逃げることができない、足が震えてすこしも立ち上がれる気がしない。


ぼとりと、音を立てながら、


大きな欠片が地面に落ちる、黒曜を思わせるその質感を持つ殻は地面に落ちた後に霧のように消えていく。


ゆったりと過ぎていた時間はその中身の咆哮によって急激に加速し、卵は内側から膨れ上がるように弾け飛ぶ。


欠片と風圧が俺に襲いかかり、身体は宙に浮いて吹き飛ばされた。


ごろごろとボールのように転がった後に松の木の幹に背を打ち付けて止まる、激しい衝撃でのんだ息をすべて肺から無理やり吐き出させられる。


一瞬の出来事だった、目の前がぐらぐらと揺らいで焦点が合わない、すぐ近くに黒い大きな人影が見える。


がたがたと何か固いもの同士がぶつかる細かく素早い音が耳を突き抜けていく、怖くて仕方がなかった。


恐怖と痛みで今にも意識が途切れそうだった、ただ彼女が一体どうなってしまったのかわからないことが気がかりで何とか意識を保っていた。


俺の目の前に居るのは先程までの姫神結衣ではない。


それはまるで悪魔のようだった、黒くやせ細り骨格がむき出したような人の胴体、長い髪が顔を隠し、ほとんど見えないながらもその下で歯をがたがたと鳴らしながら揺らぐ赤い双眸。


獣のように四足で這う怪物。


このような黒くおぞましい怪物を近頃どこかのオカルトサイトで名前を聞いたような気がする。


確かその名前は。



心象獣(しんしょうじゅう)


人の心から生まれる、おぞましい怪物のこと。




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