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第1心 あきれかえる程に平和な日常


今日も退屈だ、代わり映えのしない日々、何も変わらない教室、つまらない授業。


呆れ返るほどに平和な日常に俺、新庄 明(しんじょう あきら)はほとほと退屈していた。


今日はテスト返しの日、ここでも変わらず平均的な点をたたき出し、クラスの中で起こるくだらない点比べの祭りにも巻き込まれることもなく、授業が終われば一人でクラスを抜け出して校庭へ出る。


他の連中とつるむのはあまり好きじゃなかった、他の奴らと話したところで、その話に共感することも下手な相槌を打つのもなんだか単調な作業のように思えてしまうから。


俺のいつもの定位置は校舎はずれの1本の松の木の傍ら、ここら辺は他の奴らはまず来ないし、うるさい喧騒が聞こえてくることもほとんどない。


ただ近くにある小さな池に注がれる小僧の水の流れだけが静かに聞こえてくるだけだ。


ここで本を読んだり、昼飯を済ませたりするのがこの学校で俺の唯一心休まる一時なのだ。


ただ最近、ここに俺以外の奴がいる時がある。


地味な女で、長い黒髪は手入れもされず、ボサボサでその表情を伺えることはほとんどなく、俺がこの場所に現れるとバツが悪そうにさっさと手荷物をまとめて何処かへといそいそと立ち去っていく。


変なやつだ、俺以外にこんなところにくるやつがいるなんて、きっとどこにも居場所のない哀れな奴なんだろう


と心の中で嘲笑してやると、俺の心のどこかで少し安堵のような、スっとするような変な感覚があって少し気持ちが悪い。


今日はなんだか、いつもより考えにふけっているような気がする、すこし頭が疲れてきた…。


俺は松の木の下でごろんと寝転がり、目を瞑る。


ひんやりとした芝が、頬を撫でる春のそよ風が気持ちいい。


こう心地がいいと、ついうたた寝に入ってしまいそうになってしまう。


この後は体育の授業だし、別にうたた寝でもして時間を過ごすのも悪くないかもしれない、別にテストの点が悪くなければ誰に怒られることもないのだから、実技の時間なんて無駄なことだろう。


そうだな、ここは1つ眠ってこの心地いい時間をゆったりと楽しむことにしようか。


深く息をつき、まどろみの中に意識を沈めていく。



せっかく寝付けそうだったのに、誰かが近づいてきたのを感じる、俺の優雅なひとときを邪魔する不届き者の足音がゆっくり近づいてくる。


どうせ生徒指導の教師だろう、あいつの説教はやたら同じ内容を足りない頭で必死に伝えようとするせいで小うるさいだけで中身がない、貴重な時間を失うことになってしまう。


ため息をついて、声をかけられるのを待つ。


「明くん」


驚いた、俺にかけられた声は野太い生徒指導の教師ではなく可憐な少女の声だった、それは何度も聞いたことのある声だった。


俺のクラスで1番好かれている女子、姫神 結衣(ひめがみ ゆい)のもので間違いない。

いつも誰かと話しているから、よく声は聞いているのだ、間違えるはずはない。


でもそんな人気者の彼女がなんでこんなところに?足音も1人だった、なぜ?


俺を探していたのか?馬鹿な。


「もー、明くん、探してたんだよー?」


彼女は俺の予想を軽々裏切り、言葉を連ねていく。


何も声がでない、なんと答えればいいのかわからない、俺の持つ彼女への劣等感や嫉妬みたいな感情が喉に突っかかって声が出てこない。


内心彼女の一挙手一投足に怯えていた。


「むぅ…無視しないでよ」


彼女は何も反応を返さない俺のすぐ横に座った、芝の香りに、なにかの甘い花の香りが混ざる。


俺が離した距離を彼女はずんずんと無配慮にちじめてくる、あまりに唐突な出来事で俺はほとんどフリーズしている。


「ふーん、あくまで無視するわけね」


彼女は俺の頬を指先でつんつんとつついてくる、くすぐったい、指先から柔らかくて繊細さを感じる、細い指が、俺に触れている。


「ま、べつにいいんだけどね、明くんと話したかったわけじゃないし」


???、余計訳が分からない、彼女は一体何を……


「ちょっと明くんが羨ましくなっただけ、明くんって、周りのことなんて全然気にしてないからさ。私はいっつも周りのことばっか見て、嫌な奴って思われないようにどんな話でも笑って、悲しんで、ってなんだかすごい薄っぺらに思えてさー」


……人気者の彼女にも、そんな悩みがあるんだな、もっと君は楽天的で能天気な人間なんだと、勝手に思っていた。


考えは言葉にはならない、俺の声なんて別に彼女にとって価値はないだろうから、必要なんてないんだろうと、思った。


「…明くんがいつもしてることしてみたら、少しは明くんみたいになれるのかなって思ったけど…自分はやっぱり明くんみたいにはなれないみたい」


当たり前だ、自分は自分でしかない、誰かを模倣したところでその人になれる訳ではない、俺が彼女のように振舞ったとしても、彼女にはなれないのと同じことだ。


俺より恵まれているはずの彼女が、俺を羨ましがっている、変な話だ。


きっと俺が彼女なら、その生活にはなんの不満も抱かないし、毎日が楽しく過ごすことが出来たはずだ。


俺は本当は彼女が羨ましかった。


「…ごめんね、ちゃんと話したこともないのに、こんな話しちゃって。」


彼女はひとしきり吐き出したい事を吐き出せたのかスっと立ち上がり俺から離れていく。


「また、ここに来てもいいかな?」


俺は何も答えなかった、別にどっちでも…いや、どちらかと言えば嫌だったが、わざわざ言葉で伝えたい程に強い思いではなかった。


ただ無言を貫く俺の事は気にしないように、足取りは一定にゆったりと校舎の方へと消えていった。


俺の緊迫した心臓の鼓動をかき消すように、煩い学校のチャイムが休み時間の終わりを告げる。


あっけにとられ、何も返すことが出来なかったことを少し恥ずかしく思うが、すぐに関係のないこと ただ迷惑をかけられただけだと思い直し考えるのを俺はやめた。


いったい、なんだったんだろう?


心の隅に少しの興味と恐れを残して、俺の非日常は何事もなく終わった。



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